第14話 ローブを編む代償3

ランスロが辺境デザートに着任してから、もう半年が経とうとしていた。




 先の大きな戦いで、ランスロが宝剣プライスラスの剣戟で魔物の大軍を全滅させてから、魔物は現われなくなっていた。そして、辺境デザートの町を守るための城の建設が始まっていた。




 テントの中でランスロが考えていたことが声に出た。




「この地は王都イスタンから遠く離れていて、再び魔物が出現した時に、それを撃退できる十分な兵力を置くことが難しい。どのすればいいのか。」




 その時、ランスロの他には誰もいないはずのテントの中で声がした。




「騎士様、十分な兵力を置くことが難しいことは、魔王ゲールにもわかっているので、ここに魔物達を侵入させます。それを完全に防ぐためには、結界が必要ではないでしょうか。」




 ランスロが言った。




「誰ですか。」




「今、御前に。」




 目の前にとても背が高い、たいそう高齢の老人が姿を現れた。

老人は、不思議な雰囲気を漂わせていた。

ランスロは気がついた。




「あなたは、グネビア様に杖を授けていただいて、御前試合での私の戦いを助けていただいた方ですか。」




「そうです。公爵家の御子息で騎士のあなたが『グネビア様』と呼ぶ、平民の娘さんの祈りを知り参上した魔法使いです。」




「いつもはレディと呼ばせていただいているのでが、なぜだかわかりませんが心の奥の記憶で『グネビア様』と呼んでいます。どうぞ、結界の張り方をお教えください。」




 魔法使いは、ランスロが「グネビア様」と呼びたいと思う理由を知っていたが、そのことにふれずに続けた。




「それでは、騎士様。この町を囲むように6つの魔法石を詠唱をしながら埋めてください。ヘクサグラム(六芒星)といいます。机の上に魔法石が置いてあります。魔法石の配置図と詠唱する言葉を書いた紙もあります。」




 ランスロが机の上を見て確認し、再び視線を戻すと魔法使いは消えていた。




机に近づくときれいな青い色をした魔法石が6つあった。さらに紙を手にとって見るとヘクサグラムの作り方と詠唱の言葉が書いてあった。




 ランスロは声を出して読んだ。




「次元の壁よ、創世より誕生した最も偉大な魔法使いクレストの命を聞け。…大魔法使いクレスト?、もう亡くなられたはずだけど。」




 それに応えるかのように声がした。




「ははは、騎士ランスロ様、今はただの残留思念です。」






 ランスロの報告書が宮殿に届き、国王がその内容に目を通していた。



「さすがランスロだ。大勝利の後、魔物は全く現われなくなったそうだ。城の建設も順調に進んでいて、さらに、城下の町をヘクサグラムの結界で囲んで守るそうだ。ただ、私に一つの要望をしてきた。」




 そう言うと、そばに控えていた公爵に聞いた。




「そなたの息子が領主になることを辞退してきた。辺境デザートには巨大なオアシスがあり、さらにさまざまな国との交易の拠点。魔物さえ出没しなければこの王都イスタンを上回る繁栄が訪れることは必然。領主を辞退する特別な理由でもあるのかな。」




 公爵は答えた。




「私は騎士のマスターとして、常々息子に言い聞かせていることがあります。それは『騎士に求められること、は臣民を守るためにだけ生きる。』ということです。既に辺境デザートには永遠の平和が約束され、騎士がいる必要はなくなりました。さらに、自分が立身出世することで、騎士に求められていることを忘れないようにと厳しく伝えています。」




 公爵は国王に杓子定規な理由を言ったが、ほんとうの理由もうすうす感づいていた。


(あの少女が大切なんだな。それほど会いたいのだな。)




 代償として、ランスロとの間の運命の糸をとられ続けている不安を感じながら、毎日グネビアはアラクネの糸を集めていた。




 希望もあった。


ランスロが「グロリーブルーアイ。」と叫んで、宝剣プライラスを振ったということだった。最初に聞いた時は直感でランスロの気持ちを感じたけれど、今は確信していた。




(ランスロ、それは「私のことが大好きだ」と、みんなに宣言したのと同じことよ。私しかわからないけど。)




 集めたアラクネの糸はだんだん貯まって、家の中で隠しきれなくなり、ついに母親のエリザベスが気づいた。




「グネビア、あなたが隠していたとすればごめんなさい。この透き間に銀色のきれいな糸があるわね。なにか編み物をするの。」




「母様、隠していてごめんなさい。まだ全然足りないのだけど、私が愛する人の命を守るローブを織るためのものよ。」




「そう、伝説と同じみたいね。はるか昔、恋人の命を守るために、神しか使ってはいけない、月の光が溶けた銀の糸でローブを織ることを、神と競った女性がいたわ。」




「それで、最後はどうなったの。」




「女性は勝ったの。そして恋人はそのローブを着て不利な戦いに望み、命は救われた。ただし、悲しい運命が待っていたわ。」




「どうなったの。」




「神は負けたことを大変悔しがりました。負けたことを認めたくない神は、神しか使ってはいけない、月の光りが溶けた糸でローブを織ったことをとがめ、女性に恐ろしい呪いをかけたわ。」




「それはどのような呪いなの。」




「蜘蛛にされてしまったの。アラクネという女性の伝説です。




「アラクネ!!!」




 グネビアは大変驚いた。










 王女マギーは自分の部屋で考えごとをしていた。


 グネビアとランスロの2人が絶望するくらい引き離したことに、最初は心の底から喜んでいた。ところが、ランスロは騎士として辺境デザートでの任務を即座に果たしてしまい、1年しか経っていないのに帰還する。




 独り言が口から出た。




「ああ、ほんとにうまく行かないわ。1年ぶりにあの2人は会って気持ちを確かめ合い深く結ばれる。騎士ランスロの強さを見くびっていたわ。」




 王女が知らないうちに、部屋の中に魔物の蝶が羽ばたいていた。




「王女様、2人を引き離す大チャンスがやってきますよ。」




「おまえの言うことは、全くあてになりません。消えなさい。」




「そうは言わずにお聞きください。こうすればいいのです。」




 魔物の蝶は王女の耳のそばでささやいた。




 それを聞いて王女は確信をもって言った。


「ほほほ、今度は絶対にうまくいきそうね。」


 

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