第28話

俺はちょっと早めにスタジオに向かう。

美少女はもうスタジオに来ていた。


「おはよう」


「……おはようございます」


美少女はとりあえず挨拶は返してくれた。

おお、この子意外とまともな人だった。素直にそう感じた。


「もう来てたんだね、練習室空くまで休憩スペースでも行こうか」


「……ええ」


やけに素直に俺の後ろをついてきた。飲み物を買って休憩スペースに向かう。

テーブルの対面に座り、俺はレモンティーを飲んでいると、


「先日は失礼しました、ぶしつけに言葉をぶつけたこと、謝罪いたします」

「少々感情が高ぶっておりました」


「……」


「こちらが謝罪しているのに、何の言葉もないのですか?」


「……あ、ごめんごめん、あの時の印象と違ってたからちょっと驚いてた」


美少女はそういってあの日のことを謝罪してきた。

いや、まあそこまで謝られるようなことでもなかったのだが。

俺はちょっとびっくりして無言になってしまった。


「私、神宮司沙耶じんぐうじさやと申します」


「あ、俺は天宮雪兎です、よろしく」


ようやく名前が聞けた、それにしても神宮司って結構いいところの家じゃなかったっけ?

俺の家からは少し離れているが、明らかに大きい家がある、その家が確か神宮司だったはずだ。


「改めて、になってしまうのですが、私をあなた方のバンドに加えて欲しいのです」


確か生徒会長?も言っていたな、確か高槻フェスを見て一緒にバンドがやりたいと。


「私の楽器はこれです」

神宮司さんは横に置いていた楽器ケースをあけ、中の楽器を見せてくれた。


……ヴァイオリン?


バンドでヴァイオリンというのはあまり見かけない。

まあでも構成的にありかなしでいうとありだ、そういったバンドの曲も聞いたことがある。

うーん、どうしたものか?一旦、メンバーみんなの意見を聴いてみないとなんとも言えない。


後から他のメンバーもスタジオに集まってきた。

俺は先ほどまでの話を簡単に伝える。


「……」

「……ヴァイオリン」

灯火と天音はやや考え込んでいるようだ。


「いいじゃないですか!かっこいい!というかオシャレですよね!」


未来は結構ノリ気だ、まあ確かにヴァイオリンが入るとぐっとオシャレにはなるだろう。

問題は天音だ、ヴァイオリンが入ると一番影響を受けるのはギターだろう。

多分、今までの曲のアレンジも見直さないといけない。


せっかくヴァイオリンが入るのであれば、ソロ部分もあったほうがかっこいい気がする。

その他の部分はどうなのだろうか?というか、ヴァイオリンありで作曲なんてしたことがない。


俺は別に音楽が詳しいというわけではない、昔から聴いていたバンドサウンドしかほとんど知らない。


……まあ、一度合わせてみてから考えることにしようか。


「天宮くーん、練習室空いたよー」


「はーい、ありがとうございます!じゃあ行こうか」


練習室が空いたようなので、みんなで向かう。


神宮司さんが持っているのは、一般的に言われるエレクトリックヴァイオリンだった。

普通のヴァイオリンじゃないんだな、なぜこんなヴァイオリンを持っているのか、俺は少し気になった。

どうやら、ギターと同じくアンプにつないで演奏ができるようだ。

得に問題ないようにセッティングを進めていた。

各自チューニングなども済まし、練習できる準備が整う。


「よしっ!じゃあ1曲合わせてみようか」


「神宮司さんはHeavenly Lightの曲は分かる?」

「ええ、ネットに上がっているのを聴いていましたから」


「じゃあ、高槻フェスで最後にやった天音の曲やってみようか」


灯火のカウントで曲に入る。

入った瞬間にきれいなヴァイオリンの音が響く。


あ、これ結構いいかも……と初めは思っていたのだが。

あれ?これ俺たちの歌部分弾いてる……。


更には、天音がギターソロに入った瞬間、ヴァイオリンがより一層強く響く。


……ん?


天音のソロがヴァイオリンにジャックされた。はあ、どうしたものかなーと思いながら曲が終わった。


「いかがですか?」

神宮司さんはどうだ、見たかとばかりに胸を張っている。


自分で言うだけあって、かなり上手い、正直想像をはるかに超えてきた。

それはそう、なんだけど。


「あの、歌部分弾かれると困るというか、あとギターソロは取らないでほしい、まあ音が重なってかっこよかったけど……」


それが正直な感想だった。

天音が困ったような、どこか気を落としたようにしゅんとしている。

大丈夫だ天音、そのギターソロは天音だけのものだ。


神宮司さんは終始ヴァイオリンを鳴らしており、そのまま歌の主旋律を全部弾ききってしまった。

コンサートなんかだと、ヴァイオリンだけ、もしくはピアノと合わせて主旋律を奏でる、というのが一般的なのか?


だが、これはバンドだ。周りと合わせてもらわないと何ともならない。

その後、他の曲も合わせてみたのだが、同じように神宮司さんオンステージのような感じだった。


「やっぱりこのバンドでヴァイオリンはちょっと向いてないかな……」

「俺もヴァイオリンのことよく知らないし、どうやってアレンジすればいいのか分からないんだよね」


神宮司さんには悪いが正直な感想を伝える。


「……そう、ですか」


「わかりました、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


「……では、失礼いたします」


神宮司さんが寂しそうに去っていく。本当に申し訳ないことをしてしまった。

あんなに一緒にやりたいと言ってくれたのに、俺はその気持ちに応えることができなかった。

なんとかできないものか。


そう思いながら俺は家に帰り、ネットでヴァイオリンが入っている音楽を聴き漁った。

アレンジ次第では、うまくヴァイオリンを取り込めそうな気もする。


……そもそも、神宮司さんはなぜ俺たちとバンドがしたいと思ったんだろうか?


まあ、その辺も聞いてみないとわからないよな。よしっ、明日本人に聞いてみるか。

そう思いながらベッドにもぐりこむのであった。


――

翌日、俺は神宮司さんの学校に向かう。


正門前で神宮司さんを待っていたのだが、なかなか出てくる様子がない。


あの人何なのでしょう、先生を呼びに行ったほうがよいのでは?なんて声が聞こえてくる。

俺は思い切って、ちょうど正門を出てきた女の子に尋ねる。


「あ、あの神宮司さんという方をご存じでしょうか?」


「……あなたはどちらさまでしょうか?神宮司さんとどういったご関係で?」


ちょっと会いに来ただけなのに、かなり警戒されている。

さすがはお嬢様学校というべきか。このままでは不審者として通報されてしまう。


と、そう思いながら見知らぬ女の子と話していると、ちょうど神宮司さんが学校から出てきた。

良かった、と思いながら俺は神宮司さんに話しかける。


「良かった、少し話したいことがあって……」

といったところで、神宮司さんは俺の言葉を遮る。


「あら、天宮さんではありませんか」

「先日はありがとうございました」

「では、わたくしはこれで失礼いたします」


神宮司さんはそれだけ言うと、その場を去ろうとする。


「ちょ、ちょっと!ちょっと待って!」

「少し話がしたいだけなんだって!」


「こちらには特に話はありませんので」

そう言い残すと神宮司さんは歩いて行ってしまった。


うーん、やっぱりショックだったのだろうか?ここで彼女を放っておいても、俺たちには何も問題はない。

ただ、どこか気になる。あんなにお嬢様な神宮寺さんが、なぜ俺たちに声をかけてきたのか?


お嬢様からすれば、あんなバンドで奏でる激しいロックなど、別段興味などないのではないか?

なにかもやもやする。


だが本人に拒絶されたのだ、話もできない状況ではしかたない。

何かがひっかかりながらも、俺はおとなしく家に帰るのだった。

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