第9話
母さんの命日、俺は日和さんと灯火と一緒にお墓までやってきた。
すると俺たちよりも先に来ていた男性がお墓の前で静かに手を合わせていた。
「
日和さんが声をかけると、男性はこちらを向く。
かなり痩せている、身なりは綺麗だが生気というものがあまり感じられない。
「雪兎」
「……大きく、なったな」
この人が俺の父親なのだろう、俺とどことなく似ている、どこか懐かしいような感覚がした。
昨日、灯火に想いを吐き出していなければ、恨みつらみを感情のままにぶつけていたかもしれない。
「……」
言葉が出てこない、もう今まで俺を放っておいた恨みなどを言うつもりもない。
父親も同じように、なんと声をかければいいのか戸惑っているようだった。
「とりあえず、お墓の掃除をして手を合わせましょうか」
日和さんがそう言って、掃除に取り掛かる。父親もテキパキと掃除を進めていた。
俺はぼーっとしたまま動けないでいた、初めて会う自分の父親。
灯火のおかげで、憎しみなどを言いたい訳では無い、ただどう接していいか分からない。
そうこうしているうちに掃除が終わる。
父親が静かに手を合わせる、それに続き日和さん、俺、灯火も手を合わせる。
いつもは学校での出来事やバンドのこと、楽しかったことなどを母さんに伝えている。
だが今日は何を伝えればいいのか分からなかった。
「じゃあおうちに帰りましょうか、話したいことも沢山あるだろうし」
日和さんがタクシーを呼んで俺たちの家へと向かう。
その間も俺は何を話せばいいのか分からず、終始無言だった。
隣に座る灯火が外を眺めながら、そっと手を握ってくれていた。
「ユキも幸成さんもコーヒーで良かったかしら?灯火ちゃんは紅茶ね」
日和さんが手際よく飲み物を準備してくれた。
すると、父親が頭を下げて静かに話し始めた。
「雪兎、今まで本当にすまなかった、……私が雪兎の実の父親だ」
「いや、父親だなんて言える立場ではないことは分かっている。どんな理由があったとしても、私はお前を放棄してしまったのだから」
「日和さんのこともそうだ、私が弱かったばかりに長い間辛い想いをさせてしまった」
「どんなに謝ったところで私の罪は許されるものでは、……ない」
ああ、この人も俺と同じように苦しんでいたんだ。
俺がこの歳になるまでの16年間、この人は罪の意識に囚われ続けていたのだ。
「……正直いうとさ、俺はあなたを憎んでいた。俺を捨てて日和さんに全てを押し付けて、自分は逃げたあなたを」
長い間自分の奥底にあった思いが自然と言葉になってしまった。
しかし、もう俺はこの人を苦しめたい訳じゃない。
そのあとに俺は言葉を続ける、憎しみではなく今感じている感情を。
「でもさ、今俺は幸せなんだよ、日和さんがいて、灯火がいる。バンドだって楽しい」
日和さんが優しい声で俺に話しかける。
「あのね、ユキが重荷だなんて私は思ったことないよ」
「どんどん大きくなっていくユキを見て、私は嬉しかった。辛い時もあったけど、ユキがいてくれたから私は頑張れた」
日和さんが俺を優しく抱きしめる。
「私にとってユキは本物以上に家族なんだよ、たとえ生みの親じゃなかったとしても」
「あなたは私の大事な息子、それは絶対に変わらない」
「だから、負担をかけたとか迷惑だったなんて思わないで」
日和さんは体を少し離し、両手で俺の顔を包み込む。
しっかりと俺の目を見ながら、慈しむように優しく言葉を紡ぐ。
「今日は姉さんの命日、そしてユキの16回目の誕生日」
「ねえ、知ってる?誕生日ってね、その人が産まれてきてくれてありがとうってお祝いするんだよ」
「……誕生日、おめでとう。そして、産まれてきてくれてありがとう」
日和さんはとても優しい声で、俺が一番欲しかった言葉を俺に告げた。
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