第五話 幸せな夢


その晩、夢をみた。

仲睦まじい様子の男女が、楽しそうに笑い合っていた。

2人の服装は現代のものではなく、もっと古い時代のようにみえる。

女性がゴホゴホと咳をして、男性があわてて水を飲ませる。

2人の話から察するに、女性は療養の為に、この緑生い茂る別荘で暮らしているようだ。

中々大きな建物で、裕福な家の出のようだ。

一方で、使用人の数は多くなく、服装もかなり質素な事から、大事にされているかというと疑問だ。

(私に少し似てるかも……)

女性の顔は、私の面影がある。

気になって男性の顔をまじまじと見てみる。

しかし、何度目を凝らしてもうまく顔が認識できない。整った顔をしていることはわかるが、ピントがあったと思った瞬間に、泡のようにまたたくまに消えてしまう。

不思議に思った瞬間、ふわっと風が吹き、ひらひらと花びらが舞う。

女性の頭の上にその一枚が落ちる。

男性が花びらを取ろうとし、2人の顔が近づく。

男性が女性の瞼に唇を落とし、照れたように笑う。

その瞬間大きく風が私に吹き、目を瞑る。

次に目を開けると見知った家の天井だった。




「まずは情報を集めよう」

放課後、綾人くん、蓮くんと染谷神社の境内でこれからの作戦会議をする事になった。

「俺たちの目的は、ひなこから異形の脅威を取り除く事だ」

蓮くんが地面に木の棒で私らしき女の子?を描く。

「お前、絵が下手すぎないか……?」

綾人くんが真面目な顔で言うので、私は思わず笑ってしまう。

蓮くんは、コホンとわざとらしく咳をして、うるさいと言う。

「関係ない話は後にすること。話を戻すが、その為には稀血と異形の情報を得る必要がある」

地面にガリガリと文字を書き込む。

「稀血は祖父さんが情報を持っているかもしれないから、俺が調べてみる。が、数日県外に旅行に行っているから2日後にならないと話が出来ない」

「俺も稀血についてもっと情報がないか聞いてみる。兄貴なら知ってるかもだし」

「兄貴っていうと、西園寺凌か。……問題ないのか?」

「念のため、ひなこの事は言わないでおく」

「助かる」

蓮くんは再度地面に視線を移す。

「次に異形についてだ。これは綾人が最も情報を集めやすいとみている。祖父さんももしかしたら何か知っているかもしれないが」

2人のやりとりを聞きながら、ふと初めて異形にあった日の事を思い出す。

「そういえば、初めて異形にあった日に化け物を見たって噂を聞いたんだよね」

「噂か……確かに、異形の数が増えているのであれば何か情報を掴めるかもしれないな」

蓮くんが噂、と書き足す。

「うん、もう一度聞いてみる」

「頼む。何か少しでも情報が今は欲しいからな」

蓮くんが私の頭に手を乗せて、髪をくしゃっと触る。

「ひなこ、髪なおしてやる」

蓮くんが手を離したと同時に、綾人くんの手が伸びてきて、私の髪を整える。

「あ、ありがとう」

(なんだろう、ドキドキする)

私はそっと自分の胸に手を添えた。




「じゃあ2人とも、気をつけて帰ってくれ。綾人、ひなこの事よろしく頼む」

3人で話し合い、今後の方針と基本的に行きは蓮くんが、帰りは綾人くんが私を送ってくれる事となった。

神社の前で、蓮くんと別れ、私は綾人くんの方を向いてお辞儀をする。

「面倒と思いますが、よろしくお願いします」

綾人くんはキョトンとした後、ぷはっと笑う。

「ははは、こちらこそよろしくお願いします」

自然と手を差し出され、そっと手を乗せると、きゅっと握られる。

そのまま綾人くんは歩き出した。

「……綾人くんて、なんか、慣れてるよね」

私だけが照れてるみたいで、なんだか悔しくてぽそりと呟くと、綾人くんは、ん?と返してくる。

「その、女の人と手を繋ぐとか、普通こう、照れたりとかさぁ」

私がモジモジと呟くと、うーんと首を捻られた。

「女子と殆ど話さないから正直わからないな」

「そうなの?」

「あぁ、よく話してたのは……」

綾人くんはぴたりと話すのを辞める。

掌の力が少しぬけ、不思議に思い、彼の顔を見上げる。

その瞳に、一瞬暗い影が写っているのをみた。

「……うん、昔少しメイドと話してたくらいだ」

ニコリと不自然なくらい微笑む彼をみて、私は触れてはいけない何かを感じ、そっかと返す。

「ひなこは、俺に触られるの嫌なのか?」

「い、いや!そう言うわけじゃなくて」

急にじっと見つめられて、一気にドキドキする。

綾人くんといると、忙しい感情の変化にくらくらする。

「じゃあ、これからも触れていいか?」

「……はい、大丈夫です」

そう言うと、綾人くんは満面の笑みで、よかったと言う。

この男、ズルすぎる。

家に着くまで、私たちは手を離さなかった。

握った手の温度が、やけに鮮明に感じられた。


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