第21話 「ドキドキと筋肉痛」

「ただいま」


 帰宅した私は玄関で靴を脱ぎながら、お母さんに声を掛ける。


 返事はない。


 買い物に出かけたかな? なんて思いながら洗面所に向かう。

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 ハンドソープで手を洗うと、予想以上に指がビリビリと染みて驚いた。


 お湯で泡を流しながら、指の状態を確認してみる。


 右も左も指の第2関節と、掌に近い指の付け根の皮が剥け掛けてる。


 これはビリビリするわけだ。


 たぶん、薄かぶり壁をゴールした時に、ゴールホールドから手を離す瞬間に擦っちゃったんじゃないかな?


 ネクストのホールドはまだ真新しいから、表面がザラザラしてて、まるで鑢(やすり)みたいだもん。


 うがいもガラガラとして、私は自分の部屋へと上がる。


 勉強机の椅子を引き腰掛ける。


 たったそれだけの動作で背筋やら太腿やらの筋肉がメキメキと悲鳴を上げる。


 しかも、昨日と悲鳴を上げてる筋肉が違うみたい。


 これは凄いね。


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 私はゴソゴソとバッグの中からスマホを取り出す。


 蓮君にLINEしないと。


 バッグを床に置き、アプリを起動する。


 トーク履歴の「蓮」をタップする。


《帰宅しました。今日もありがとね》と送信。


 まだ登るって言ってたから、返信は来ないよね。


 私はそっとスマホを机の上に置く。


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 汗だくになったジャージとTシャツをバッグから取り出して、お風呂場に向かう。


 結ってたポニーテールを解き、温かなシャワーを頭に流していく。


 シャワーヘッドを持ち上げると、やっぱり肩が、腕が、背中が筋肉痛で痛い。


 シャンプーをし、ボディソープで体を洗う。


「つっ……!」


 指と掌だけじゃなく、肘の外側、膝や向う脛までピリピリ染みてる。


 擦った憶えはないけれど、擦り傷になってるみたい。


 今回のピリピリは、きっと名誉の勲章に違いない。


 だって、薄かぶり壁の課題もオンサイトできたんだもん。


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 お風呂場を出て、バスタオルで体を拭く。


 普段は気にしたことないのに、筋肉が痛みという形で主張してる。


 そして、ドライヤーで髪の毛を乾かす。


 うわっ! ドライヤーってこんなに重たかったっけ!?


 筋肉がジワジワ痛み、腕を上げる動作が辛すぎる。


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 髪を乾かし終えた私は、重たい足を引きずって自分の部屋へと戻る。


 そうだ、アイシングしないと。


 階段を上る前にキッチンに寄る。


 冷凍庫の中から小さめの保冷剤を2個出して、タオルハンカチに包む。


 指と掌がヒンヤリ冷えてきて気持ちいい。


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 改めて階段を上がって、部屋へと戻る。


 椅子に腰かけ、机の上のスマホを手に取る。


 画面をタップすると、LINEの通知が。


 蓮君からだ。


《お疲れ。今日も頑張ったな》


 労いの言葉に胸がホワッと温かくなる。


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《こちらこそ、今日もありがとね。指、ビリビリたよ!》って返信を送る。


 すると、すぐにピコンと着信音。


《ビリビリか。ちゃんとアイシングしてたか?》だって。


《もちろん! 全身筋肉痛だよぉ!!》なんて返信してみる。


《そっか。今日はタンパク質摂って、しっかり寝ろよ》っていう、やけにクールなのに優しい返事が来た。


 でも一応、心配はしてくれてるのかな?


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《りょうかい。ところで、蓮君って高校どこ?》って尋ねてみる。


《北高校だけど。どうかしたか?》だって!


 だってだって、北高校って言ったら市内じゃ一番の進学校だよ!!


 思わぬ答えに驚く私。


《北高校かぁ》ってしか返す言葉が見つからない。


《壁を登るのに高校は関係ない》なんて、またクールな返信が。


 確かにそうだけど……カッコよすぎない!?


 ---


《それに、クライミングは見えてても見えてなくても登れるだろ》だって。


 ズキュン。


 この一言に胸を撃ち抜かれたみたい。


 なんだろう?


 急に胸がドキドキしてきちゃった。


 蓮君、カッコイイ!!


 また顔が熱くなってきた。


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 私は保冷剤を握ったまま返信を打つ。


《明日もネクスト来る?》


 送信をタップする指が震える。


 意を決して送信をタップ。


 画面をスワイプする。


 すぐに既読になった。


 間もなくピコンと着信音。


《行く。ミウは?》短い言葉にドキッとしちゃう。


 こんなこと聞かれて行かないわけがない!!


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《もちろん行くよ。明日もよろしくね!》って急いで入力。


《了解。明日は薄かぶりと強傾斜な》だって。


 やっぱり鬼じゃん!!


 私のドキドキ返して!!


 でも、顔はニヤニヤしちゃう。


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《お手柔らかにお願いします!!》と返信してみる。


《ミウ次第だな》って返信。


 何それ何それ!?


 私、今日も限界まで頑張ったよね!?


 ゴールホールドから落ちたんですけど!!


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 でも、鬼コーチには逆らえない。


《明日も頑張ります!!》って送ってやった。


 最後、ピコンと返信が届く。


《しっかりストレッチして、ちゃんと寝ろよ》だって。


 気遣いの言葉。


 クールなのに優しい。


 悔しいから、私は敬礼の絵文字だけ送信。


 ---


 スマホを机に置いて、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。


 ドキドキが止まらないのも悔しい!!


 足をパタパタしてみる。


 ちょっと子供っぽいかも?


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 私はゴロンと仰向けになって深呼吸をする。


 深呼吸の5回目で私は眠りに落ちた。


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