クラスのちょっと危ない雰囲気の美少女に言い寄られる百合

汐海有真(白木犀)

第1話 「えー、彼氏さん、きびしい♡」

「か、金をせびられた〜!?」


 実月みづきちゃんの大きな声が、お昼休みの教室に響き渡る。わたしは人さし指を自分の口元に添えて、「しーっ」と言った。


「あ、ごめん……びっくりしてさ。え、詳しく聞いていい?」

「うん、大丈夫よ」


 わたしは柔らかく頷いた。クラスメイトたちの視線が、わたしと実月ちゃんの方に集まっている気がする。女子校だというのもあって、みんな噂話に敏感だ。まだ五月上旬で高校一年生のクラスは始まったばかりだし、なるべく目立たずにいたい――わたしは小さな声で、実月ちゃんへと事の顛末を話し始める。


加瀬かせくん、どうしてもすぐに欲しいギターがあるんだって。でも、高くて手が出ないみたいで……絶対に返すから、お金を貸してほしいって言われたの」


 わたしの説明に、実月ちゃんは「なるほどな……」と困った顔で相槌を打ってくれる。


 加瀬くんは、違う高校に通っている二年生の先輩だ。放課後の電車で座席に座って読書をしていたら、いきなり隣に座っていた彼から話しかけられたのでびっくりした。少しの雑談のあとで連絡先を聞かれたので伝え、メッセージのやり取りをするようになり、一週間ほど経ってから電話で告白された。話しかけられたこと以上にびっくりしたが、からオッケーして、付き合うことになったのが二週間ほど前のこと。


 実月ちゃんはわたしと目を合わせて、口を開く。


「そもそも、灯里あかりってそのカレシとデートしたことあるっけ?」

「いや、ないの。電話したりとかは、あるけれど……」

「え、待って。付き合ってから一度も会ってないとか、まさかないよね?」

「いや、そのまさかよ。明後日初めてのバイト代が入るから、明後日の放課後に付き合ってから初めて会うの」

「会って、お金を貸すってこと?」

「うん」

「ちなみに幾ら……?」

「五万円よ」


 わたしの言葉に、実月ちゃんはぶんぶんと首を横に振りながら、がしっとわたしの両肩を掴んで、「やめとけやめとけ!」と言う。


「灯里、ぜっっったいカモられてるって! うちらの学校、お嬢様〜な中高一貫って評判じゃん! 金持ってるって思われてるよ!」

「ええっ……でも、そんなに悪い人じゃないと思うんだけれど……」

「灯里、あんたは性格が良すぎる! 理解して! 世の中には悪い奴もいっぱいいんの!」



「――私も、そう思うなあ」



 ふわりと、花のような香りがする。

 わたしと実月ちゃんは同時に、声のした方を見た。


 ――才木さいき美海みみさん。


 ウェーブかがった黒色の長髪には、きれいなピンク色のインナーカラーが入っている。口紅を塗っているのか、唇はくっきりとした赤さに染まっていた。わたしたちの学校では髪を染めるのも化粧をするのも校則で禁止されているけれど、とにかく成績優秀のため先生たちも注意するのを諦めているような、そんな美しい女の子だ。


 美しい、といっても、澄んだ湖のような美しさとはちょっと違う。

 まるで夜の海のような、どこか底の見えない、危なげな美しさというか……


「……盗み聞き? 急に話に入ってこないでよ」


 考え事をするわたしの隣で、実月ちゃんはどこか面倒臭そうに言う。どうやら、実月ちゃんは余り才木さんのことが好きじゃないみたいだった。わたしと一緒で、才木さんと同じクラスになるのは初めてのはずだけれど……でも確かに、二人の相性が余り良くなさそうというのもわかる。実月ちゃんは、ルールを結構大事にするタイプだから。


 実月ちゃんの反応に、才木さんはくすくすと笑う。


「えー、別にいいじゃん、根本ねもとさん。折角同じクラスになれたんだしさ、仲良くしようよ?」

「…………」

「無視しないでよー」


 実月ちゃんが才木さんと喋りたくなさそうだったので、わたしが代わりに口を開く。


「さっき、そう思う、って言った……?」

「ああ、うん。世の中にはやべえのもいっぱいいるよー。ていうか、ちょっと聞こえてきちゃったんだけどさ、灯里ちゃんって彼氏さんがいるの?」

「あ、うん、そうよ」


 肯定しながら、少し驚いた。才木さんと話すのは初めてなのに、苗字の「新多にった」ではなく「灯里ちゃん」と呼ばれたからだ。実月ちゃんのことは、さっき苗字で呼んでいたはずだけれど……不思議に感じているわたしへ、才木さんはさらなる質問を投げかける。


「その彼氏さんにお金を貸してほしいって言われたって、ほんとう?」

「うん……」


 わたしが頷くと、才木さんはおかしそうに微笑んだ。


「えー、彼氏さん、きびしい♡」


 それから、夜空のように真っ黒の瞳でわたしを見据えて、言う。



「――私だったら、そんな思いさせないのになあ」



 見つめていると吸い込まれてしまいそうな、黒い目だった。

 何も言えずにいるわたしに、才木さんはふふっと笑う。


「なんてね♡ でも、付き合う相手はちゃんと選んだ方がいいと思うなあ。忠告、だよ?」


 そう言って、才木さんはわたしに手を振ると、教室の外へと歩いていく。

 今まで何も発言していなかった実月ちゃんが、溜め息をついた。


「……実月ちゃん、もしかして才木さんのこと得意じゃない?」


 わたしの問いに、実月ちゃんは「……まあ」と曖昧に頷いた。


「こういうこと言うとダサいけどさ、めっちゃ校則破ってるあの子に、定期テストの順位勝てたことないんだもん……」

「ああ、そっか。わたしは実月ちゃんの成績、充分すごいと思うけれど……」

「ああもう、灯里は相変わらず女神か!」

「め、女神……!?」


 びっくりしていると、実月ちゃんに抱きしめられる。ちょっと照れくさかったけれど嬉しくて、実月ちゃんのショートカットの黒髪をそっと撫でた。

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