第40話

翌日は朝早めに家を出て、卒業論文を久々に書こうと思い大学の図書館へ向かう。


一応勉強が本分の学生である。そうして、異変に気づいた。


六、七歳くらいの子供がきゃあきゃあと、学生が外で休める広場ではしゃぎ回っている。


子供たちから視線をずらすと、明らかに学生でも大学の関係者でもなさそうな老人の集団がゲートボールをしつつ和んでいる。


少し離れた距離には別の変な集団もおり、人相の悪い男が一人、メガホンを持って叫んでいる。


「この地上は我らのものである!」

 

高史の表情が引きつる。


「地上の皆さんはいつも楽しそうにしていますが、死んだ人間のことを忘れ楽しんでいます。非天国へ行った我々は、あなたがたが羨ましくてしょうがない。よって、この地上を占拠しようと思います」


ストレートな主張である。それよりも非天国ってなんだろう。ああ、いつか知明が言っていたっけ。


天国には行けず、地獄にも行っていない人間がいる場所。


じゃあ穴から出てくる幽霊も非天国の亡者なのか。


でも、かかわりたくねえ、と思いながら高史は横切る。


子供もゲートボールをしている人々も、占拠宣言をしている人たちも、部室にある穴から出てきた人々だろうか。いや。でも佳奈が札を貼ったはずだ。どうなっている? 


図書館へ行くのをやめ急いで部室へ向かう。


二階の通路にあるトイレの前を通り過ぎたところで、女子の悲鳴が聞こえ立ち止まった。


三人の若い男がトイレの前にいる。男と男の隙間から、一人の女子が膝をつき震えていた。


見たことはないがこの大学の学生であることは雰囲気から察しがつく。どこかの部活に所属しているのだろう。


「いいじゃん、その体。イカスねえ。ちょっと触らせろよ」

 

ドクロのプリントの入った黒いTシャツを着ている男が舌を出し女子学生に舐める視線を送っている。ただ、女の子に幽霊は見えないはずだ、と思う。


「俺の好みだぜ。気絶させちゃおうか」

 

タンクトップ姿の男だった。続いて、既になぜか上半身裸の男が言う。


「久しぶりに気持ちのいいことできるぜ」

 

台詞にぎくりとする。自分たちは女、女、といつも叫んでいるけれどちゃんと常識は持っている。しかし彼らに自分たちのような常識はあるだろうか。それこそ、人として一線を超えてはいけないという、その境界はあるだろうか。


やっぱり女子学生には男がまるで見えていないようだ。しかし、なぜか固まって動けず怯えている。


これはまずい。触れないから今ここでなにかされることはないだろうけれど、佳奈のように体調に変化を起こしてしまっていたり、悪い影響がこの女子学生に及んでしまったりする可能性もある。


「ちょっと、なにをやっているんですか」 

 

ビクビクしながら言うと、男たちは振り返った。あまりの目つきの悪さにびっくりする。


「おなんだおまえは。邪魔するなよ」

 

Tシャツを着ている男が言う。


「その子には触れられませんよ」


死んでいる奴らだよな。確証はない。死者と生きた人間の外見の見分けがつかないから、もし生きている人間が大学に混ざり込んでいてもわからない。でも女の子は見えていないようだからやっぱり幽霊だ。   


「うるせえな、すっこんでろ」

 

上半身裸の男が高史の肩をどつこうとするが、男は高史をすり抜けて転んだ。ほっとした。


「ほら。言っているでしょう。あなたがたはここではなにもできませんよ」


「なにもできないだと? よく知ればいい」


Tシャツを着ている男が勢いよく飛びかかってきた、と思ったら急に姿が見えなくなった。どこにもいない。残り二人はニヤニヤとしながらこちらを見つめていた。


瞬間、高史の思考がおかしくなる。女子学生が視界に入ったとたん急にムラムラし始める。

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