第20話
翌日になり、大学をさぼって海へと続くK駅まで電車に揺られた。
メンバーはすでに来ており、各々夏らしい格好をしている。
六月なのに肌寒いがようやく女子と遊べるチャンスが来たのだ。
夏を謳歌したいという気持ちがあるのだろう。
高史もアロハシャツにハーフパンツだ。朝、芳子に疑惑の目で見られたが、衣替えだと言っておいた。
潮が香った。空は分厚い雲に覆われ、雨は激しく降っている。
「着替え持ってこいとか言ってたけど、まさかこの雨の中、泳がねえよな」
康宏が嫌がっている。
「景色を楽しむだけだ」
慎一が答えた。
「おまたせ!」
高い声が聞こえて一斉に振り返った。
真紀が笑顔で立っている。今日は半袖の青いワンピースだ。おおっ、と声があがる。
しかし青いワンピースを見たところで、どんなことを言えばいいのかわからない。
褒めればいいのか、褒めたとして知り合ってまだ間もない女子になんと言えばいいのか。困惑の雰囲気が流れる。
「青だね」
高史は見たままを言うのがやっとだった。誤った発言はこのご時世、セクハラになりかねない。
しかしなにが女子にとって誤りになるのかわからない。女性には一体どんな一言を言えば、みんな等しく騒がず喜ぶのだろう。
「ちょっと今日のために親しい人に選んでもらって」
「へえ」
興味を示すふりをする。
「行こうか」
慎一が言って、真紀とメンバーは歩きはじめた。
最初、駅から徒歩三分ほどの水族館へ行った。受付で七人分のチケットを買う。
係の人が見てあれ? という顔をされたが、特になにも言われなかった。
平日で雨なのでショーもなく閑散としている。真紀はとてもはしゃいでいて、メンバーの目は魚ではなく彼女をずっと追いかけている。
女子が一人いるだけで随分雰囲気が変わり、華やかになる。
これまで女子と普通に接してこられた男子は、きっとこんなことは当り前のことなのだろう。なんと羨ましいことか。
館内をひととおり見て、休憩所があったのでなにか食べようと誠が言い出した。高史がみんなの食べたいものを聞いて、注文をする係になる。
「黒沢さんはなにがいい」
真紀はしばらく黙り、それから笑顔で言った。
「私は目で楽しむよ」
部室でもお茶を飲んでいなかったから飲食ができないのだろう。そういう決まりがあるのかもしれないし、そういう体質こそが幽霊なのかもしれない。
しかし、空気を悪くしそうでなにも言うことはできず、高史はメンバー全員に合図を送り、無言の確認をとったあとでメモ用紙を破った。
「食べないの」
「うん。俺たちもいいや」
「……ごめんね。あわせてくれたんだ。ありがとう」
真紀の表情が一瞬曇り、すぐ笑顔になる。
はああ、と六人で溜息をついた。仕草がいちいち可愛いのだ。
「じゃあ、そろそろここを出て海岸へ移動だ」
慎一が椅子から立ち上がりメンバーはその背中についていく。途中で立ち止まり振り返った。歩調が合わず、真紀が必死な表情でついてくる。
「映画を散々見てきたのになにも生かされていない。歩幅を考えないといかん」
慎一はこっそりと言った。
「ええっと、映画や漫画によると俺たちは道路側だ、道路側」
「車で来ればなにも気にしなくていいのに」
高史は倫の耳元で声を小さくして言った。
「会って間もない男六人の中に女一人で車に乗るのはムリがあるだろ」
「七人以上で乗れる車が買えないってことかね? 言ってくれれば貸せたぞ」
「そうじゃない。複数の男に囲まれるのって、女にとっては恐怖みたいなんだ。俺たちにまったく非がなくても。まったくなにもしていなくても。例え表向き紳士でも」
映画とネットで得た知識だ。女性を気遣う知識ばかり増えている。
倫は真紀を見遣った。
「怖がってなんかいないじゃないか。真紀ちゃんは笑っているぞ」
「笑っていても心の奥では不安と警戒心が絶えずあるらしいぞ、一般の女には。生物としての本能もあるのかもしれない。男の性欲が女が想像している以上にあるのと同じように、女の警戒心っていうのは、男の比じゃないんだってさ。車なんて密室の中に女一人入れてみろ。泣かれるか逃げられるかもしれない」
「そういうものかね」
「そうだ。それに、車だと俺たちも女子と関わる勉強ができない」
追いついた真紀が不思議そうな顔で高史と倫を見ている。
「なんの話しているの」
「気になるかね? 男に囲……」
高史は倫の口を塞ぎ、余計なことは言うなという気持ちを込めて尻を叩いた。
「気にしないで」
水族館から出て傘をさし、慣れない歩調でぎくしゃくと海岸まで歩いた。
階段の時はどうなんだ、といちいち集団で固まって確認しあっていると、不意に、真紀が声を出してメンバーを振り向かせる。
眼前に広がる海を笑顔で見渡していた。相談している間に海岸についてしまったのだ。
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