ありがとう!ウルトラの母

松本章太郎

第1話 まさかのお願い

 裕太は素晴らしい人、私にはもったいない夫なのだが、特撮が好きなので困っている。休日になると録画した昔のヒーロー番組を嬉しそうに見て、細かい設定や撮影の裏話まで熱く語る。

 そんな姿を見るのは嫌いじゃない。むしろ、少年のように目を輝かせる裕太を見ていると、どうしても笑ってしまう。でも、その「好き」が、まさか私にまで飛び火するとは思ってもみなかった。

「今度のイベントでね、ウルトラの母の着ぐるみを着てほしいんだ」

 夕飯のあと、私が食器を片づけていると、裕太がいきなりそんなことを言い出した。

「え? なにそれ?……どういうこと?」

 あまりにさらっと言ったもんだから、私には意味不明なつまらない冗談にしか聞こえなかった。

 でも、裕太の顔は笑っているけれど、目だけは妙に真剣だ。まるで“重大な任務”でも持っているみたいな表情だ。で、私は思わず茶碗を拭く手を止めた。

「何で私が着ぐるみを着なきゃいけないの?」

 私に頼むからには、私にしか出来ない何かを期待しているはずだ。「何でもうまくこなすこと?辛抱強いこと?それとも子供たちとすぐ仲良くなれること?」とそれは何だろうかと頭を巡らしていた。

 だから、裕太がどこか照れたように笑って「だって、身長がぴったりなんだ」と答えた瞬間、胸にすっと冷たい風が吹き抜けていった。「ああ、そうなのね、私の値打ちは身長ね。確かにちょっと低いわね」と心の中でつぶやく。

 真美は眉を寄せた。が。まあ気を取り直して弱々しく言った。

「でも、ウルトラの母って、怪獣と戦うのよね?アクションなんてできないよ、私、運動苦手だし」

 それでも、裕太は両手を合わせて続ける。

「立ってるだけでもいいんだよ! 手を振るとか、お辞儀するとか、できるよ、頼むよ、真美」

 「何か、あんまり期待されていないみたい」とちょっと寂しくなったが、必死に頼むその姿を見ていると、まるで宿題を忘れて叱られた子どもが、許してもらおうとしているように見えてきて、なんだか可哀想になってきた。

 「まあ、裕太の喜ぶ顔を見るのも悪くないかな」と思い直した私は「う、うん。そこまで言うなら、やってあげようか」と言ってしまった。

 そう返事をした瞬間、裕太の顔がパッと輝く。

「ほんと!? 助かるよ!」

 真美には無邪気な喜び方が嬉しかったが、胸の奥でじんわりと不安が広がっていった。

「ウルトラの母は、強くて、勇ましくて、子どもたちに希望を与えるヒロイン。私は、気が弱くて、目立つのが苦手で、戦うどころか、いつもオロオロしている。大丈夫なの?」

 そう考えて真美は思わずため息をついた。


 イベントの前日、試着をしに行くことになった。妙にテンションが高い裕太は「楽しみだね!」「母はかっこいいんだぞ!」とまるで遠足を控えた子どものようにそわそわしていた。

「着ぐるみねえ」真美はその言葉を思い浮かべるだけで、どこか大変そうで心配になったが、その一方で、「ウルトラの母ってどんなキャラクターかしら?名前しか知らないんだけど」とちょっと好奇心もうずいていた。

 いよいよご対面だ。大きな布の袋からウエットスーツが取り出される。赤と銀に塗り分けられた先っちょには、プラスチックの銀色の大きなお面がついている。「これがウルトラの母か」

 真美は思わず息をのんだ。思っていたよりもずっとリアルで、そして小さかった。

「これに、こんなのに、私が入るの?」

 声は少し裏返っている。

「うん、そうだよ」

 裕太は軽い調子で言う。その無邪気な笑顔が、真美には、どうしようもなく優しく、同時に少し怖く見えた。

 母の“体”に指先で触れてみる。少し冷たくて、しっとりしていて、弾力がある。

「この銀色、ちょっと渋い感じで、赤いラインを入れるとわりといい感じね」と言う。

 そのお面を眺めてみる。ウエットスーツに取り付けられているので、頭からウエットスーツを被るとちょうど顔の部分がお面になる仕組みだ。

「このお面、紐がついていないのね。どうやって頭に固定するのかしら?留めなくても頭が動き回ったりしないのかしら」

 よく見ると、こののっぺりした銀色のお面のどこを探しても鼻らしきものがない、このことに気がついた真美は「鼻の穴がないわ。息できるの?」と裕太に尋ねる。

 裕太は指で口のあたりを指し示し、「ほら、ここ。細いスリットがあるだろ。ここから空気を吸うんだ」と答える。確かに、マスクの口元には横に細い線のような隙間がある。

「へえー、そうなんだ」という真美の呑気な声が響く。

 オレンジ色のプラスチックの卵のような眼、この眼には電球みたいなのが入っているようだ。スイッチを入れると光る。「すごい、すごい」と真美ははしゃいでいる。

 頭の横には、あの大きな「羽」状の突起。白くて軽そうに見えるけど、触ってみると意外としっかりしているが、真美が押してみるとゆらゆらと揺れた。

「おもしろ、ほらね」

 また揺らしてみる。真美はウルトラの母を気に入ったようだ。

「よくできてるね」

「よく見るとウルトラの母って愛嬌があって可愛いわね」

「この黄色い目の角度がちょうどいいからかな。なんだか優しそうで、怒ってる顔に見えないし」

「この頭の横の巨大な羽根みたいなのもいいわね。お下げ髪をしてるみたいに見えちゃう」

「でもね、この赤いラインはもう少し絞ったほうがいい気がするわ」

「下半身の銀と赤のバランスもちょっと赤が強すぎない?もう少し細くすると、全体のラインがきれいに見えるんじゃないかしら」

 まるで、自分の服を選ぶような調子で、真美は“ファッション目線”で眺めている。自分が入ることを忘れている。

「これなら、私、案外似合うかもね」

「ワードローブに加えようかしら」

 そう言って自分が可笑しくなりクスっと笑っている。

「でも、この巨大な頭はクローゼットに入らないわね。取り外しできるようになっていれば便利なのに。ねえ、そうでしょ?」

 こんな真美を見ていた裕太は、ほっとして微笑んだ。

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