共生条約シミュレイション

 それからもドグーさんは、度々畑の土から現れた。


「あなたがた。イモへの水やりを止めてください」


「あっ、ドグーさん。やっほー」


 西川が友好的に手を振ると、ドグーさんは一旦律儀にお辞儀をして、それからクレーム申しつけタイムに入った。


「おかげでまた土の環境が変わり、今度はインテリアの小石が勝手に動いて、天井や壁に張り付いてしまっています」


「知らねーよ! 自分の畑に水やってなにが悪い。この機会に模様替えでもしてろ」


 北堀が気丈に言い返す。もはやこれが恒例の流れになりつつあった。


 ジャガイモのタネイモを植えた日は、西川はギリギリまで「いいのかなあ」と尻込みしていたが、成績のためにも仕方がないと僕が説き伏せた。

 タネイモが植わったために土の成分が微妙に変わったらしく、しばらくするとドグーさんが現れて、文句をつけてきた。


「床がふかふかになって、転びやすくなりました」


 ジャガイモが成長して根が伸びてくると、これまた地底に響いたらしく、またドグーさんが来た。


「振動警報機が誤作動しました」


 ジャガイモの芽かきをした日にも、またまたドグーさんがやってきた。


「五分おきにクシャミと欠伸が交互に出ます」


 それでも北堀は土の状態をマメにチェックして、ジャガイモ優先の畑を維持している。西川と僕も、北堀に従う。

 ドグーさんからのクレームは、もちろん気にはなる。どうにかしたい気持ちもあるが、僕らはこの学校の学生だ。立場上、ドグーさんの生活よりこの畑のジャガイモを守らなければならない。


 今日もドグーさんはぶーぶーと文句を言い、そして地上の乾燥に負けて地底へ帰っていった。ドグーさんがいなくなったあとの膨らんだ土を、北堀はぽんぽんと叩いて整えた。


「困ったな。ジャガイモは土の下に実るものなんだから、こんなにしょっちゅうボコボコ出てこられるとジャガイモが傷みそうだ」


「そうだよね。ドグーさんが出てこないようにするには、ドグーさんの要望を受け入れるしかないんだけど……要望を受け入れてしまうと、ジャガイモ作りを中止しないといけない」


 僕はあの土偶顔を頭を思い浮かべて、ため息をついた。


「大体なんなんだよ、地底人って……。なんでこの畑だけがそんなハンデを負ってるんだ。地底人に実習の邪魔をされる、大ハズレの畑じゃないか」


 折角土に詳しい北堀と、実習を楽しくしてくれる明るい西川と組めたのに。良いチームの良い実習になるはずだったのに、この畑の立地のせいで台無しだ。

 西川が眉間に皺を寄せた。


「ドグーさんも、ひと言物申さないと気が済まないんだろうね」


「そのうち本気でキレて、報復のために畑を荒らされたらどうする?」


「やばー。ジャガイモ収穫できなかったら、救いようがないほど評価が落ちるじゃんな」


「ドグーさん、文句は言うけど穏やかだから、今のところは大丈夫だけど……穏やかな人って、溜め込んでるぶん爆発すると大変だから」


 僕ら北堀班の三人は、ジャガイモに咲いた花を見ていた。

 地底のことは分からない。僕らが土になにをすると、下の層へと連鎖が起こって地底に影響が出るらしいが、なにをどうするとなにが起こるのか想像もつかない。今のところ、少し不便になる程度の問題しか起こっていないようだが。

 この畑が理由で、ドグーさんの命に関わるような問題が起こる可能性も……あるのだろうか。もしそうなったら? 僕らの知らない地底兵器を用いた彼らと、本格的な戦争になったら?


 ネガティブをこじらせる僕の前では、ジャガイモの花が揺れている。ほんのり紫がかった白い花が、心地よさそうに風と陽の光を浴びていた。人間のしがらみなんて、関係ないとでも言うかのように。


 凛と咲く花を見つめ、北堀が言った。


「この調子で生育してくれれば、六月頃に収穫できるかな。終わったら一旦土を休ませて、秋に向けて次の土づくりをするぞ」


 もうすぐ新ジャガが穫れる。僕は気持ちを切り替えて、班員ふたりの顔を見た。


「二期作作戦で、秋ジャガを作るんだよね。品種はどうしようか。……でもまたジャガイモに向けた土をつくると、ドグーさんに怒られそう」


 切り替えたつもりが、上手く切り替わらなかった。二期作作戦は変更して、収穫後は違う作物にするか? なんの作物なら、ドグーさんにご迷惑がかからないのか? でも地底への影響なんて想像すらできないし、考え出したらきりがない。

 北堀と西川も、畑の前で難しい顔をしている。僕らはこんなに悩んでいるのに、ジャガイモの花はそよそよと、優雅に咲いていた。


 そこへボココッと、土が盛り上がった。本日二回目、ドグーさんの再登場である。


「ちょっと失礼しますよ」


「おい、ドグーさん。土をボコボコさせないでくれ。俺たちのジャガイモが傷になったらどうする」


 北堀が凄むと、ドグーさんはぷいっとそっぽを向いた。


「ジャガイモには触れないように出てきています。それよりいい加減、勘弁していただきたい。今度は微生物が音楽に目覚めてしまいました」


「微生物が音楽を……?」


 困惑する僕を見上げ、ドグーさんが続ける。


「地底人の農業は『静けさ』が美徳。音を立てると作物が萎えるという迷信があるのです。迷信と分かっていても、微生物が騒がしいと不安になるものです。あの子たちを落ち着かせるためにも、早くこの畑を片付けてください」


「秋に向けて次のジャガイモも作るんで、もうちょっと耐えてください」


「なんですって。今度こそ好き勝手な土づくりはさせませんよ」


 ドグーさんはジャガイモの苗の下で胡座をかいた。


「このジャガイモ、地下から見たところ、もう膨らみはじめています。早く収穫してとっとと土を戻してください」


「まだ花が咲いたばかりなんだから、収穫するのは早すぎますよ」


 僕がジャガイモの花を指差すと、ドグーさんは短い腕を振り上げて怒った。


「花などに振り回されて、これだから地上人は! 我々地底人は、地上に出る葉や花は虚飾とみなす。植物は、根にこそ魂が宿るのです」


 地底人には地底人の植物観があるらしい。そういえば先程も、地底人の作物の話をしていた。

 西川が興味ありげに、ドグーさんに顔を近づける。


「地底にも植物があるんだね。地底の農業って、どんな感じなの? どんな作物があるの?」


 素直な好奇心を向ける西川に、ドグーさんもこれまた素直に応じた。


「例えば、粘性のある根菜のボテイモ。地底でのみ栽培される、ジャガイモの一種です。他には音や振動に反応して小刻みに震える振動豆のビビマメ、根っこ果実のモジャフルなど……様々ですよ」


「ウケるー、全然知らん」


「地底作物は、土との対話で育てるため、肥料よりも語りかけが重要です。これらの作物の殆どは、ぬる漬けにして保存します。地底は発酵文化が発達しておりますからね」


 訳が分からないが、遠い異国の知らない文化の話は、分からないなりに面白い。ついつい「ふうん」と聞き入ってしまう。

 妙な沈黙のあと、北堀が言った。


「す、すっげー……」


 そう零す北堀は、おもちゃのお店に入った子供のように、目をキラキラと輝かせていた。


「すっげー! 土の下には俺の知らない生活があって、地底の土が育てる作物は、地上の作物とは全く違うんだ! そうだよな、それじゃ作物の生育の条件も異なるわけで……!」


 土壌オタク北堀は、これまでにないほどイキイキとした目をして、畑に前のめりになった。


「ドグーさん、その作物はそれぞれどんな土壌を好んで育つんだ? pHは? 水分量は? 土の構造は? ボテイモから順番に全部教えてくれ! 全部知りたい!」


 土への想いが溢れた北堀の前では、敵対していたはずのドグーさんも土を知る仲間となる。ドグーさんは、急に食いついてきた北堀に驚いていた。


「ご興味が……おありですか? 地底の作物に?」


「あるに決まってる! 土のことはなんでも知りたいんだよ」


 北堀が一層食いつき、ドグーさんは面食らって仰け反った。しかし驚きつつも、律儀な性分のままに答える。


「ボテイモは、強アルカリ性の常に濡れていると言っていいほど湿潤な土を好みます。微生物は多く活動的な状態が理想。水もちが良い、さらさらドロドロした土で育てます」


「そうなのか。同じ土の状態にすれば、地上でも育てられるのか?」


「難しいでしょうね。太陽光は敵です。土が乾くと、ボテイモのタネイモも砕けてしまいます」


「ふむ……じゃあ畑をマルチで覆って光を遮って、水の蒸発を防げば……」


「それに、地底と地上では微生物の種類が異なります。土の環境が違う」


「微生物の違いは解消できるのかな。種類が違っても育つものなのか、検証したいな」


 北堀の横顔は、真剣な眼差しでドグーさんと、その足元の土を見つめていた。

 そうだ、と、西川が手を叩いた。


「ねえ、秋に向けて作る次のジャガイモ、ボテイモにしない?」


「えっ!?」


 僕はぎょっと目を剥いたが、北堀はぱあっと明るく顔を上げた。


「それいいな!」


「ええ……!? ちょっとふたりとも……!?」


 僕は目を白黒させた。そんな、地上の誰も知らない未知の作物を、実習で作るのか?

 でも、たしかに今ちょうど、次のジャガイモの品種を決めようとしてたところだった。ボテイモなる未知の作物は、もジャガイモの一種らしい。それなら先生に提出したシートと計画が変わったわけでもない。

 アリなのか……?


 沸き立つ北堀と西川を見て、ドグーさんはしばしきょとんとしていた。しかしやがて、はにかみながらもご機嫌な声色で言った。


「そういうことでしたら、ボテイモのタネイモを分けてあげましょう」


「本当!? やったー!」


 西川が一段と大きな声を出す。僕はドグーさんの横線の目を二度見した。


「ど、ドグーさん? 僕らのこと、嫌ってたんじゃ?」


「嫌いというか、あなたがたには辟易してはいますよ。何度言っても、なんと言われようと、自分たち優先で。でも、それほどまでにこの土を想っている。そんなあなたがたの土への情熱を、わたくしは身を以て知っている」


 ドグーさんは大きな目で、僕を見つめ返した。


「あなたがた地上人は、寿命が短い。この土は、若き地上人がその限られた時間をさいて向き合った、努力の結晶なのでしょう」


 ドグーさんは、度々僕らの畑に現れた。いつもクレームばかり言いに来た。

 でも、そうやって何度も来てくれた人だから、僕らがどれだけ真剣だったかも、見てくれていたのだ。


「長くこの高校の生徒たちを見てきましたが、地底の作物に関心を持ってくれたのは……地底人に歩み寄ってくれたのは、あなたたちが初めてです。協力したくなりました」


「タネイモ貰えるの、すっごく嬉しい! ドグーさん、ありがとー!」


 西川がドグーさんを抱き上げた。ドグーさんは大人しく抱え上げられている。


「仕方ない。ボテイモを育てるシーズンまでは、今の土でも我慢してあげましょう」


 なんだか僕がまだ呆然としているうちに、トントン拍子で話が進んでいく。

 北堀は期待に満ちた目で土を見つめ、西川はキャッキャとはしゃいで、ドグーさんを頭上に掲げてくるくる回っている。僕はその光景の中に取り残されていた。

 陽の光に翳されるドグーさんが、「うっ」と呻いた。


「では今日のところは地底に戻ります。西川さん、下ろしてください」


「はーい! ドグーさん、またね!」


 西川がドグーさんを畑の上に下ろすと、ドグーさんはドドドと土の中へと埋まっていった。


「ボテイモを育てる際には、湿度たっぷりのぬるぬるドロドロな土にしてください。そうすると私の家は程よく加湿され、静かで心地よい空間になるので、何卒」


 言いながら埋まっていき、あっという間に姿が見えなくなった。

 僕らに協力したくなったから、ボテイモのタネイモをくれる。と、ドグーさんは言ったが、ボテイモを育てる土がドグーさんにとって都合が良かっただけかもしれない気がしてきた。

 でも、それでいいのだ。お互いに納得できる落としどころを、見つけられたのだから。

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