第29話 閑話 執着2ー真弥視点ー


 准看学校に入学した俺は叔父の言いつけ通り、家から学校に通い、そのまま喫茶店のバイトを続けさせてもらった。

 毎週土曜日に必ず神楽さんが俺の作るクロワッサンとコーヒーを飲みに訪れ、チップと言い俺のポケットに必ずお金を入れて帰る。

 正直、申し訳ないとは思いつつも、彼のチップのお陰で俺は他にバイトを掛け持ちする必要なく学業に専念出来た。


 最初は額が多すぎて怖いから店に寄付すると言ったのだが「真弥くんに渡したものだから店は受け取れない」と言われてしまい、毎週末に必ず10万円を手にして帰ることになる。

 この支援のお陰で、一時期膨らみまくっていた叔父の借金も殆ど相殺出来たという。


「真弥くん、喫茶店のバイトはこんなに羽振りがいいのかい? お陰で助かったよ」

「いえ、時給800円です。プラスは神楽さんからいただいてます」

「か、ぐら!? あの、若頭の!」


 顔色を無くした叔父はガタンと椅子から降りると震えながら床に頭を擦り付けた。


「も、申し訳ない……! 真弥くん、どうか神楽さんを敵に回すことだけは……!!」

「お、叔父さん、顔をあげてください。何故か分からないけど、あの人は俺に優しくしてくれますから」

「す、すまない……本当に、済まない……!」


 よほど神楽さんが怖いのだろう。こんなに小さく震える叔父は見たことがない。

 下っ端に殴られてあざを作り帰宅した時もこんなに狼狽えたことは無かった。


 しかし、ギャンブルに溺れた人間は再び同じことを繰り返す。


 准看護学校を卒業して新しい職場で勤め始めたとある日にまた叔父の借金が発覚した。

 今回は別の闇カジノに手を出したようで額が桁ひとつ多い。

 叔父は何度も借金滞納を繰り返しており、流石の東龍会も今回は赦しはしなかった。


「真弥くん、本当にごめんなさい……あなたにこんなことを頼むなんて」


 俺は黒いスーツに身を包み、仕方がないですよとため息をついた。叔母が悪いわけではないし、東龍会から俺を名指しで指定されたので断ることも出来ない。

 それに、神楽さんからは高校の頃からもう三年近く支援をいただいているので、呼び出しに応じない理由はない。

 ただ、その呼ばれた場所がEDENという聞いたことのないバーだった。

 二十歳になったので別に酒の相手をすることも問題ない。俺が酒の相手になるまで神楽さんは待っていてくれたのだろうか。


 家の前に横付けされた黒塗りのベンツに乗り込み、俺は東龍会の強面の男二人に左右を囲まれたまま目的地に連れて行かれた。


「いらっしゃい。ああ、神楽さんの連れね」


 出迎えてくれたバーテンダーは確か何かの雑誌で見たことがある有名な人だった。

 それに会員制になっているこのバーは客も大人しく酒を堪能している。

 カウンターはこのバーテンダーさんのお気に入りしか座れないらしく、わざと開けられていた。

 てっきりそこに神楽さんが来るのかと思ったが、俺が連れて行かれた先は黒い布で仕切られた別のエリアだった。

 バーなのにやけに広い。それにシャワールームまで完備されている? 

 キョロキョロしていると目の前を歩いていた男が冷めたように笑った。


「可哀想にな、お前さんなんでここに来たのかわかってねぇだろう?」

「え、あ……神楽さんが呼んでいるって……」

「まあ男は初めてだろうから、俺たちが前準備担当だ」

「いきなり神楽さんに出せる身体かどうか確認しないといけないからな」


 この人達は、何を言っているのだろう。

 俺は先ほど視界に入ったシャワールームに連れ込まれ、乱暴にスーツを脱がされた。


「まあ身体は問題無さそうだな。あとは仕込み具合か」


 一人の男に両手を拘束され、もう一人の男は俺の身体を無骨な指で触れてきた。全身鳥肌が立つ。なんでこんなことを!


「か、神楽さん……! 神楽さん!」

「残念だけど、神楽さんは来ねえよ」

「い、いやだ……いやだっ──!!」


 泣いても喚いても解放して貰えず、見た目はごく普通のバーという監獄に軟禁された。

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