第11話 残された傷跡

ラストのみ際どいシーンがあるので問題あれば年齢制限用にします。

ーーーー


「器械の片付けと明日のオペ準備終わったので、神野先輩が起きたら、最終確認をお願いしてもいいですか?」


「お疲れ様、遅いから気を付けて帰れよー?」


「すいません……先輩のことお願いします」


 ぺこりと頭を下げて帰る浅川を見送り、再び堅祐は眠り姫の額に手を当てた。

 真弥の疲労は思った以上に蓄積していたらしく、全く目覚める気配をみせない。


「朝から熱あるんじゃあどうしようもないか。オペの器械とか、マヤさんじゃないと最終チェック出来ないし」


 でも、ここに彼を置いていくなんて出来ない。


「マヤさん……そろそろ起きて」

「ぅ……」


 真弥はまるで美しい人形のようだった。今までに抱いてきた女達とは全然違う、存在するだけで完璧に整った人間。

 柔らかい前髪を掻き分けて、吸い寄せられるようにその白い額にそっと口づけする。耳元でもう一度起きて、と囁くとくすぐったいのか軽く身じろぎされた。

 

 やばい、と口を抑え、勝手にキスしたことを怒られると思い慌てて顔を離す。すると真弥がタイミング良く重い瞼を開いた。


「あ、れ……花巻先生」


「マヤさん、起きました? 浅川さんが器械処理と部屋準備したから確認してって伝言」


「も、申し訳ありません。先生に迷惑を……」


 我に返った真弥は慌てて帽子をかぶり、先ほど緊急オペをしていた外科の部屋に向かった。

 カメラの順番、使う番号、物品チェックとガス滅菌の最終チェック。全て終わらせたところで、真弥はほっと息を吐き出し、手術台に手をついて再度下がらない熱と戦っていた。


「マヤさん、そんなに仕事詰め込まなくてもいいんじゃないですか」


「仕事中は名前で呼ばないでくれませんか?」


 鋭く制されても堅祐は臆さなかった。それどころか、今は二人きりという環境が自信に拍車をかける。


「今は誰もいないよ。それに、他の先生には呼ばせてるじゃないですか。俺だって、マヤさんって呼びたい」


 細い身体を背後から抱きしめても一切動じることなく、真弥は淡々と明日の申し送りを書いていた。


「その腕、放してもらえます? 早く終わらせて帰りますから」


「……はぁい」


 このままもっと触れて側にいたいけれども、本気で嫌われたくはない。大人しく腰に回していた両手を離してノロノロとオペ室スタッフ用入口で待機することにした。

 十五分後、全て戸締りをしてきた真弥は堅祐の顔をじっと確かめるように見つめてきた。


「堅祐、今日……お前の部屋に行ってもいい?」


「えっ、ほ、本当にマヤさん来てくれるの?!」

  

 最初は聞き間違いかと思ったくらい、思いがけない言葉に心臓が飛び出そうだった。

 でもこないだみたいにがっついたらきっとまた離れてしまうだろうし、真弥は熱で倒れたばかり。

 マンションが近いから今は身体を休ませるという目的で介抱するか、それとも……

 ぐるぐると一人で考え込む堅祐の葛藤を悟ったのか、真弥はふっと口元に穏やかな笑みを浮かべた。


「堅祐」

「はい?」


 黙考する堅祐の唇にそっと触れるだけのキスを落とした。


「明日は、俺……休みだから」


「それは、期待してもいいってことですか?」


 俺の質問には答えずに、マヤさんは妖艶な瞳でくすりと微笑んだ。



「んっ」


 部屋の中に真弥を引き入れた瞬間、その細い手首を掴み、壁に貼り付けた。

 待ち焦がれていた赤い唇を軽く吸い上げ、逃げないように股の間に膝を入れる。


「落ち着けって……」


 軽く身じろいだ真弥の肩から黒いショルダーバックが滑り落ちた。その音で堅祐は我に返り、真弥の手首を押さえつけていた手を離す。

 自由になった真弥は嫌がる素振りもなく、堅祐の肩からジャケットを引きはがしてきた。


「マヤさん……」


「こんなトコで盛るな」


 唇が軽く触れる至近距離でそう囁き、真弥は堅祐の着ている薄いニットの中に手を差し入れてきた。

 ひんやりした長い指先がゆっくりと上に這い上がってくる。盛るなと言う癖に、真弥の方が遥かに挑発的だ。


「ちょっと、マヤさん待って、したくなるから」


「風呂場まで待てる?」


 今度はカチャカチャとベルトを外す音まで聞こえてきた。このまま身を委ねていると玄関でフェラされそうな勢いだったので、慌てて悪戯する手を引きはがした。


「いつまでも主導権なんて握らせませんよ。せめて、風呂に入ってからがいいです」


 真弥の手を引きバスルームの脱衣所でキスをしながらお互いの服をゆっくり脱がせる。

 四年前の真弥は頑なに一緒に風呂に入ることを拒んだ。一緒に仕事をしている間に見えない距離が縮まったのかと思うと嬉しい。

 しかし、その喜びも真弥の左腹部にある傷を見て一瞬で消え去った。それは怪我ではなく、明らかに手術の痕だった。

 傷はいびつで、縫合も下手くそ。こんな縫い方ならば、もう一度傷を開いて綺麗に縫合してやりたいと思うくらい。


「こんな傷、あったっけ……」


「ん……お前と会う前からな」


 その話題には触れたくないのか、真弥は堅祐をバスタブの淵に座らせるとシャワーのカランを捻った。


「う、わっ」


 一瞬だけ冷たいシャワーが降り注いで驚いたが、すぐに暖かいお湯に変わった。冷えた身体にお湯をかけてどちらからともなく唇を突き出す。

 甘いキスに酔いしれていると、少し頭を上げている堅祐の雄を真弥は形を確かめるようにやんわりと撫でた。


「この話は終わり。俺の過去を探っても綺麗な話は無いよ」


 躊躇なくそれを口に含み、生暖かい舌で根元から先端まで愛撫する。緩急ある刺激に堅祐の息が上がった。


「だって……マヤさんのこと知りたい……好きだから……」


 好きという言葉に対しての返答は相変わらず無い。

 一体彼がお友達という条件だけでどうしてここまで素直に身体を出してくれるのかはわからない。

 これが俗にいうセフレなのだろうか。でも俺は、セフレではなくて、マヤさんの全てが欲しい。


「マヤさん、立って」


 タイルに膝をついていたままの真弥の両脇に手を入れて、泡で滑らないようにシャワーをかけてゆっくりと立たせる。

 目の前に立つ真弥との視線が交錯する。何度もキスをして細い身体をぎゅっと抱きしめた。


「お友達に、こんなことしませんよ……」


 その返答が正しかったのかは分からないけど、明日休みと了承してくれた真弥の気持ちを汲み取り、互いの燻る熱にそっと手を伸ばした。

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