第3話 Aクラス


 私たち化物が“怪物化”するためにはかなりの体力を使う。

 そのため通常、“化物化”が解除されて“ヒト化”した化物はしばらくの間身動きが取れなくなる。

 だが、翼竜だった化物は意識を持ったままヒトの姿で降り立った。


 彼女が右手を上げて指を鳴らすと、巨大亀がそれを合図に戦闘を中止し、みるみると身体を収縮して“ヒト化”する。

 翼竜と巨大亀の正体は、黒髪の若い女性の化物と年老いた男性の化物だった。


 生徒達も何が何だか分からないまま攻撃をやめ、その場に立ち尽くした。


「これで模擬戦を終了する」


 どすの効いたしゃがれ声で老人が言うと、ボックス席から肌が青白い長身の男が出てきて紙の束を宙に放った。


 その内一枚がゆっくりと舞い降りて私の手に収まった。真っ先に、紙の最上部の“成績表”という太文字が目に入る。


「これなんだろう」


「さぁ? ラビのはBたすとか書いてあるけど、ジェルはどう?」


 ラビジェルに言われてもう一度紙に目を落とすと、太文字の下に“A-”、その下には私の名前が書かれていた。


「私のはAマイナスだって。ラビちゃんのはBプラスじゃない?」


「じゃあラビのが大きいね」


「あ、うん……」


 何故そうなるのかは聞かずに乾いた笑いで会話を終了させ、大人達がまた何か言わないかと耳を澄ませる。


 ざわめきがある程度落ち着いてから、老翁は再び口を開いた。


「今配ったものは見てわかる通りお前たちの成績表だ。上から順にAからE、Oの6クラスに分けられており、プラスはそのクラスの上位、マイナスは下位、なければ中間層だ。今後の参考にせよ。……Oとなった者は学校から出て研修所に通え」


 もう一度ざわめきが起こると、老翁は咳払い一つで静まり返らせた。


「裏面に教室の地図が載っている。一時間後までに移動しろ」


 それとだけ言って老翁と女性は巨大亀が出てきた門から出ていき、ボックス席の男はその裏へと消えていった。


 三人の姿が完全に見えなくなると、生徒たちはまた喋りだす。私たちも例外ではなかった。


「えっ! ジェルとクラス違うってこと??」


「そうなっちゃうね」


「しかもジェルが上ってこと!?」


「そうなっちゃうね?」


 嘘だ、と嘆くラビジェルを煽り、少し小突きあってから一緒に教室へ向かった。

 AクラスとBクラスは同じ建物の二階と三階だった。上のクラスほど低層階になっている仕組みらしく、一階の下駄箱や特別教室からの距離が近くなっている。


「うわ、上のクラス贔屓じゃん」


「何かごめんね? もう一階段頑張って」


 悔しそうに顔を歪めるラビジェルに私は笑顔を向け、手をヒラヒラと振って道を別れた。


 だだっ広い教室には十六の机と椅子があり、上から見ると四×四の正方形に並んでいるようだった。


 まだ誰も来ておらず、席の指定もされていない。

 どうするものかとウロウロしていると、一分も待つことなく次の生徒が教室に入ってきた。


「あのときの……」


 私が呟くと、その少年は私の方に目を向けた。


「え」


「あ、いや、闘技場で見かけたなって、思いまして」


「あー、あれか。そんな目立ってた?」


「うん」


 入ってきたのは、竜の翼で飛んで戦っていた魔法陣の少年だった。

 あのとき感じた異様さの片鱗もなく砕けた態度の少年に、私の緊張はするりと解けた。


「みんなも見てたし凄かったよ。私なんてあなたが戦ってるのを見てようやく状況が分かったよ」


「俺実戦に慣れてるから。青竜って家門知ってる? 俺そこの後継なんだ」


「知らないわけない!」


 私が前のめりに言うと、少年は驚いたように一歩後退りした。


 青竜家門と言えば、化物界の東地区全域を統括するこの星の守護者であり、莫大な資金を有する名家だ。

 外から――主に東側からの侵略に対応し、直系は幼い頃からその最前線で戦って鍛えるという。


「気づかずに接しててすみません……」


「いやここ学校だからさ、普通にクラスメートとして接して」


「ありがとうございますっ」


 ペコペコと頭を下げる私を困ったように見つめ、彼はふと思い出したかのように口を開いた。


「そういえば名前聞いてなかった、何ていうの?」


「私はエンジェル・キャットって言って、仲のいい人からはジェルって愛称で呼ばれてる。あなたは?」


「俺は青竜せいりゅう 龍東りゅうと。エンジェル、よろしくな」


「うん、よろしくね」


 そう交わしたくらいから次々にヒトが来始めて、教室は色とりどりの髪や翼で賑やかになった。


 指定の時間になると、闘技場で巨大亀になっていた老翁が乱暴な音を立てて前扉から教室に入ってきた。


「席につけ!」


 楽しいおしゃべりをかき消す怒声を浴びると、私は一瞬萎縮して辺りを見回し、次に龍東の顔を見た。

 彼も私の顔を見たが、席に着けと言われてもそもそも席がわからないのは彼も同じなようだった。


 困惑する生徒たちをよそに、老翁は大きくため息をついて私たちをキッと睨みつける。


「早くしろ!!」


 数人の生徒が適当な席に座る中、そんなこと言われても……と誰かの呟く声が聞こえると、老翁はその女子生徒に向けて先が鋭く尖ったナイフを投げつけた。

 女子生徒は体を右に倒してナイフを回避し、老人を睨みつける。その体は怒りに震えていた。


「何すんの!?」


 ナイフが頬をかすめていたのか、彼女の左頬から血が滴った。

 老翁は彼女を心配する素振りも見せなかった。


「舐めた口を聞くな! 言うことが聞けんのか!」


「意味わかんない……老害にも程があるでしょ!」


 老翁は女子生徒から罵声を浴びると、今度はナイフではなく、教卓の下から取り出した槍を彼女に向けた。


 女子生徒の顔が恐怖で引きつった。


「舐めた口を聞くな」


 再び老翁がそう言うと、彼女は泣いてその場にへたり込んだ。

 周りの生徒数人が駆け寄り心配そうに声をかけるのを、老人は心底くだらなさそうに見下していた。

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