D+5d PM(第6話)
その日のホテルは古い西洋の邸宅のような作りで深い森に囲まれていた。フロントには、また、葉月からの手紙が預けられていた。今度の宛名は相沢拓磨だ。消印の場所と日付は裕也宛のものと同じだった。やはり、拓磨も、綾と二人で部屋に入ってからそれを読むことにした。すぐ側に森が見える大きな出窓がある部屋だった。拓磨はその窓際に置かれたソファに座り、隣に綾を座らせて封筒を開けて、手紙を読み始めた。
「拓磨さん。私はあなたに自分をさらけ出してきました。私が自分をこんなにも見せた人は、あなた以外にありません。だから、あなたは私がどのように育ったどんな人間かを良く理解できたでしょう?私は、自分がいる全ての場面で、その中心にいることを望む人間です。そして、それはあるときから実際に望み通りになって、そうあり続けました。私のバスケットボールの試合を見に来ていたあなたを見つけたとき、それはとても遠くからでしたが、それでも、あなたの美しさを認め、そして、こんなふうに思ってしまいました。この人は私に相応しいと。裕也さんの親友であるあなたには、近づこうと思えば裕也さんを通じて簡単にそれができたのかも知れません。でも、私はそうしませんでした。それは、私からあなたに近づくのではなく、あなたから私を求めさせたかったからです。そして、私は、あなたと同じ大学に進みさえすれば、裕也さんの幼馴染みである私は、自然にあなたの前に現れ、あなたは私を求め始めるだろうと、高をくくっていました。でも、そうはなりませんでした。あなたと綾の結びつきには私の入る余地などなかったのです。私には分かりませんでした。なぜ、綾があなたとこれほど強く結ばれているのかが。
あなたたちの結婚式で、周りの人たちが心のこもった祝福をする中で、私はあなたたちをじっと見ていました。あなたたちが見つめ合って、喜びの絶頂を噛み締め確かめ合うのを見て、私は少し何かわかったような気がしました。そして、私は、自分のあなたへの想いを大人しくさせることにしました。それは、成就しない願いを持ち続けることが苦しかったからです。それまでの私には、そんなに苦しかったことなど一度もありませんでした。でも、初めてのそれに、なんとか自分を抑えて対処しようとしました。ところが、ある日、ロゴシス遺伝子のことを知って、これだったんだと思いました。あなたの瞳の光、そして、綾の瞳にもそれより少し弱い光。あなたたちはこれで結びついているのだと。あなた達の結びつきは愛ではないのだと。Café Lumièreであなたと二人きりになって、あなたの瞳の光を見た時、私はとうとう自分の欲望を抑えきれなくなって、あなたに告白してしまいました。あなたが愛のために夢中で私を求めてくれることを願って。でも、あなたが求めたのは、私の物語だけでした。こうして、ロゴシス遺伝子は私を翻弄しました。でも、私が綾に負けたのは、その遺伝子のためではありません。それはあなたたちが愛し合っていたからです。私はそう思いたいのです。それでも、残った私の執着は自分が主人公になろうともがきました。そして、あなたに作ってもらった物語の主人公になろうとしたのです。私は綾を狂わせてしまいました。綾を、あなたと私への疑いで追い込んだのです。綾の精神はそれにこらえきれず狂ってしまいました。そして、一つのことを証明しました。それは、綾がとても深くあなたを愛しているということです。
拓磨さん。私がこんなことをあなたに言うのはおかしいのですが、綾はあなたを今も愛しています。だから、あなたも綾を愛し続けてください。
私は、取り返しのつかないことをしてしまいました。
ごめんなさい。心から、ごめんなさい。でも、赦されないことは分かっています。」
拓磨は、葉月の手紙を読んで、頭の芯が痺れるような感覚を覚えた。葉月への怒りはある。しかし、今のそれは漣のようなものだ。それより、この手紙によって、拓磨はこれからの自分と綾へのことに思いを馳せずにはいられなかった。自分たちは心から愛し合っていた。そうに違いない。今、自分は綾を愛している。これも間違いない。しかし、綾はどうなのだろうか。今も自分を愛してくれているのだろうか。そして、自分の愛は綾に届いているのだろうか。今、隣にいて、視線が虚空にある綾に問いかけたとしても、何も返ってくるはずもなかった。
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