第2話 夢を見れないのなら

今日から日本では、夢を見ることが禁止となるらしい。僕はそれをたった今テレビで知った。なんでも、夢と現実の境が曖昧になる人間が増えているんだと。無意識のうちに己の記憶すらぼかしてしまうとは、夢とは案外恐ろしいものなのだな。続けて、最近世間を騒がせた連続殺人犯もその傾向があった、ととってつけ加えたような報道が流れる。僕はそれを横目にテーブルの上の花柄の封筒をそっと撫でた。ーーどうやら僕は今日、これを燃やさなければいけないようだ。

愛らしい人だった。いつも柔らかく笑う春の木漏れ日のような人で、友人からも上司からも、家族にすら冷たい視線を向けられていた僕にとって、まさに全てと言っても過言ではない人だった。彼女は手紙を書くことが好きだった。まるであなたみたいと言いながら、僕には到底似合わないロココ調の便箋に丸文字で想いをしたためていた。僕はいつもすこし可愛らしすぎないかと否定するばかりであったが、彼女はそんなことないと柔らかに微笑み、毎回僕の卑屈さを受け止めてくれた。彼女は、本当に優しい人だった。

それは彼女がいなくなった今でもそうだ。線香の匂いが服に染み付いた頃から、眠れない僕を心配して毎夜夢に出て僕を寝かしつけてくれるのだ。いつも生前の彼女と行った、 美術館のルネサンス展で待ち合わせて、デートをした後家に帰って彼女の胸の中で眠るのだ。最近は彼女に会うために、休日は寝てばかりだった。そんなことを繰り返している間に、彼女と行った美術館はいつの間にかえらく現代アートのような姿に変わってしまっていた。

だがそんな日々も今日で終わりらしい。彼女が僕の記憶の中で生き続ける限り、僕は彼女の夢を見続ける。ならば僕は明日も生きるために、愛しい彼女を殺さねばならない。自分のせいで僕が囚われていると知れば、きっと彼女は泣いてしまうだろうから。いや、逆に叱られてしまうかもしれないな。僕は愛する人を悲しませてまで、自分勝手には生きられない。僕の幸せとは、即ち彼女の幸せである。せめて最期まで綺麗な人でいて欲しかったから、ともに燃やす薪の代わりの百合の花を買いに僕は花屋に行く準備を始めた。

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