第25話・『黒い人影と祝いの言葉』
◆
八菜邸は、
彼は趣味で、庭園を屋敷内に造っていた。
けっして大規模なものではないが、音選組全隊士・二百名近くが集まれるほどの広さはゆうにあった。
【
本日十四時──
音選組四番隊隊長・
四番隊副隊長・
四番隊隊士・
四番隊隊士・
彼らの処刑が決行される。
◆八菜邸・牢獄──
蜘蛛屋は後ろ手と胴を縄で縛られ、冷えた廊下を進む。六番隊隊長の
後ろでは長谷川、松井、奥田が蜘蛛屋と同じように、六番隊隊士に連れられ廊下を進んでいた。
「キィーヒィッヒッ!! 蜘蛛屋ぁ、頑張れよぉ〜!!」
出口から光が射し込んでいる。
蜘蛛屋は急に足がすくんだ。外に出れば、処刑場はもう近い。その証拠に、牢獄の通路まで隊士たちの声が微かに届いている。
ふと蜘蛛屋は天井から視線を感じ、上を見た。無数の黒い人影が浮いていた。背筋が凍った。
(何だこれは……錯覚かよ?)
「あっ……あっ!」
長谷川の声が聞こえたので、蜘蛛屋が振り返る。すると、長谷川、松井、奥田たちも、天井を青ざめた顔で見ていた。
どうやら蜘蛛屋の錯覚ではないようだ。
「何を見ている……天井に何かあるのか?」
六番隊の隊士のひとりが長谷川に尋ねたが、彼は返事をすることなく固まっていた。
白鳥は、天井と後ろを交互に見たあと、
「行くぞ、時間がない」と言った。
蜘蛛屋は、もう一度天井の人影をチラッと見た。
(焦んじゃねえよ……お前らが何もしなくても、オレたちはもうすぐそっちの世界だ)
四人は白鳥たちに半ば引きずられるようにして、牢獄の外に出た。
◆八菜邸・庭園──
雲のない濃い青空。
整えられた木々を風が撫でていく。
同時に白い砂がふわりと舞った。
この
音選組全隊士が集結している。
現在、十三時五十六分。
五番隊隊長・
十番隊隊長・
副隊長・
一番隊隊長・
八番隊隊長・
十三番隊隊長・
副隊長・
隊士・
蜘蛛屋たち四人の膝の上には、大きな石板が数枚重ねられ、もはや身動きを取る事すら出来なかった。
「……ぐわあああぁぁぁ〜!!」
顔を歪ませ、痛みに泣き叫ぶ四人。
リグロはその光景を、局長の
(おいおい……趣味悪いだろ……)
リグロはうんざりしていた。彼はこの場に来たくなかったが、獅子原に”どうしても”と頼まれた。
「お前が戦った、蜘蛛屋という男の生き様を見届けてほしい!」
獅子原がリグロの肩を掴み、目を大きく見開いて言ってきたのだ。その熱に、リグロは押し切られた。
(本当は響を出る前に、観光でもしたかったんだけどな〜)
リグロは近くにいる隊士の顔を、一人ずつ見ていった。
獅子原は怖い顔をしているが、どこか苦しそうだ。
菅原は哀しそうな表情を浮かべている。
鷹尾──彼だけは無表情で何を考えているかが分からない。
蜘蛛屋の背中からは、信じられない量の脂汗が出ていた。背後には白鳥が立ち、刀をすでに振り上げている。
焦りと恐怖の中にいた蜘蛛屋が、ふと正面の獅子原たちに気づいた。その中にリグロを見つけた事で、蜘蛛屋の感情が
「褐色の剣士っ! 何でここにいやがる! オレは……てめえのせいで〜!!」
蜘蛛屋は首だけを前に伸ばし、唾を飛ばしながら吠える。
(あ〜……切れてる。だから来たくなかったんだよ。でも、これに関しては蜘蛛屋が正しいな)
リグロは獅子原を見た。彼には人を惹きつける魅力があるが、他者との感覚のズレが大きい。リグロはそう感じていた。
(そりゃ、自分が殺そうとしていた相手に、こんな場面を見られたくはないよな……)
「おい、獅子原! てめえは何がしたい! 何のために、その野郎を連れてきた!」
獅子原は少しだけ眉を動かして、困惑した表情を見せた。
鷹尾が腕に巻いた西洋式の時計を見た。
「二分前。そろそろだ──
「ああ……」
獅子原の背すじが、ピンと伸びた。
次の瞬間──獅子原から王者の圧が滲み出て、その顔に威厳が帯びた。
「斬首役、準備しろぉ!!」
獅子原は腹の底から声を出した。大地がひっくり返るような声は、全隊士の体内でビリビリと響いた。
「うわああああ!!」
「母ちゃ〜ん!!」
「やめてくれ〜!!」
長谷川、松井、奥田が叫ぶ。
蜘蛛屋は、獅子原に向かって声を飛ばす。
「……獅子原、オレを殺すのかよ!!
彼はグシャグシャの顔で泣きながら、懇願するように叫んだ。
リグロの横にいた菅原が「馬鹿野郎が……」と、悔しそうに呟いた。
犀田の目には涙が溜まり、犬岡は悔しそうに唇を噛んだ。
白鳥の刀を持つ手が少し緩むが、また柄をしっかりと握りしめた。
リグロは見逃さなかった。
鷹尾の表情がほんの一瞬だけ変わり、憂いたものになった。だがその一秒後には、元の無表情になっていた。
声心館道場出身者には、やはり蜘蛛屋への特別な感情があったのだ。
しかし局長の獅子原は、威厳のある表情のまま、堂々と正面を見据えていた。
「……!?」
蜘蛛屋は気づいた。獅子原は表情こそ変えないものの、その握った拳からは血が滴っていた。
(……何だよ、獅子原。やっとお前は、局長として、前に進む気になったんだな)
突然、蜘蛛屋がくすくす笑い出した。隊士たちが顔を見合わせ不思議がる。
「今日はめでてえな〜!──獅子原、正将軍昇任おめでとう!!」
「……」
獅子原はそう言われた途端、眉を下げ表情を少し崩した。
「局長だろ! さっきの面構えに戻せ!」
「蜘蛛屋……」
言われて、獅子原はまた顔を作り直した。
蜘蛛屋の目の端には、黒い人影が映り込んでいた。
(分かってるから……最期に少しひたらせろ……)
蜘蛛屋は静かに目を瞑った。昔の思い出が走馬灯のように蘇る。
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