第25話・『黒い人影と祝いの言葉』

八菜邸はつなてい・庭園──


 八菜邸は、盤台藩ばんだいはん出身の呉服屋・八菜彦之丞はつなひこのじょうが有する大屋敷だ。

 

 彼は趣味で、庭園を屋敷内に造っていた。


 けっして大規模なものではないが、音選組全隊士・二百名近くが集まれるほどの広さはゆうにあった。


 【駒元こまげん十七年 九月三日 水曜日】


 本日十四時──


 音選組四番隊隊長・蜘蛛屋甚平くもやじんべい

 四番隊副隊長・長谷川直成はせがわなおなり

 四番隊隊士・松井一之輔まついいちのすけ

 四番隊隊士・奥田寛兵衛おくだかんべい


 彼らの処刑が決行される。


◆八菜邸・牢獄──


 蜘蛛屋は後ろ手と胴を縄で縛られ、冷えた廊下を進む。六番隊隊長の白鳥しらとりは、蜘蛛屋の胴から伸びた縄の先を持ち、無言のまま歩く。


 後ろでは長谷川、松井、奥田が蜘蛛屋と同じように、六番隊隊士に連れられ廊下を進んでいた。


「キィーヒィッヒッ!! 蜘蛛屋ぁ、頑張れよぉ〜!!」


 神裂かんざきの牢屋前まで来ると、彼が煽ってきた。蜘蛛屋は一瞥いちべつもしない。言い返せる元気もない。というよりかは、そんな煽りはもうどうでも良かった。


 出口から光が射し込んでいる。

 蜘蛛屋は急に足がすくんだ。外に出れば、処刑場はもう近い。その証拠に、牢獄の通路まで隊士たちの声が微かに届いている。


 ふと蜘蛛屋は天井から視線を感じ、上を見た。無数の黒い人影が浮いていた。背筋が凍った。


(何だこれは……錯覚かよ?)


「あっ……あっ!」


 長谷川の声が聞こえたので、蜘蛛屋が振り返る。すると、長谷川、松井、奥田たちも、天井を青ざめた顔で見ていた。


 どうやら蜘蛛屋の錯覚ではないようだ。


「何を見ている……天井に何かあるのか?」


 六番隊の隊士のひとりが長谷川に尋ねたが、彼は返事をすることなく固まっていた。


 白鳥は、天井と後ろを交互に見たあと、


「行くぞ、時間がない」と言った。


 蜘蛛屋は、もう一度天井の人影をチラッと見た。


(焦んじゃねえよ……お前らが何もしなくても、オレたちはもうすぐそっちの世界だ)


 四人は白鳥たちに半ば引きずられるようにして、牢獄の外に出た。


◆八菜邸・庭園──


 雲のない濃い青空。

 整えられた木々を風が撫でていく。

 同時に白い砂がふわりと舞った。


 このみやびな場で、今から処刑が行われるのだ。


 音選組全隊士が集結している。


 現在、十三時五十六分。


 五番隊隊長・犀田さいだ


 十番隊隊長・せい

 副隊長・じゃく


 一番隊隊長・犬岡いぬおか


 八番隊隊長・熊野くまの


 十三番隊隊長・龍ケ崎りゅうがさき

 副隊長・涼志野すずしの

 隊士・まなぶおさむ壊惨丸かいざんまる


 錚々そうそうたる面々が一堂に会し、それぞれの心境で蜘蛛屋たちを見守っていた。


 蜘蛛屋たち四人の膝の上には、大きな石板が数枚重ねられ、もはや身動きを取る事すら出来なかった。


「……ぐわあああぁぁぁ〜!!」


 顔を歪ませ、痛みに泣き叫ぶ四人。


 リグロはその光景を、局長の獅子原悠誠ししはらゆうせいたちと一緒に眺めていた。


(おいおい……趣味悪いだろ……)


 リグロはうんざりしていた。彼はこの場に来たくなかったが、獅子原に”どうしても”と頼まれた。


「お前が戦った、蜘蛛屋という男の生き様を見届けてほしい!」


 獅子原がリグロの肩を掴み、目を大きく見開いて言ってきたのだ。その熱に、リグロは押し切られた。


(本当は響を出る前に、観光でもしたかったんだけどな〜)


 リグロは近くにいる隊士の顔を、一人ずつ見ていった。


 獅子原は怖い顔をしているが、どこか苦しそうだ。

 菅原は哀しそうな表情を浮かべている。

 鷹尾──彼だけは無表情で何を考えているかが分からない。


 蜘蛛屋の背中からは、信じられない量の脂汗が出ていた。背後には白鳥が立ち、刀をすでに振り上げている。


 焦りと恐怖の中にいた蜘蛛屋が、ふと正面の獅子原たちに気づいた。その中にリグロを見つけた事で、蜘蛛屋の感情がたかぶった。


「褐色の剣士っ! 何でここにいやがる! オレは……てめえのせいで〜!!」


 蜘蛛屋は首だけを前に伸ばし、唾を飛ばしながら吠える。


(あ〜……切れてる。だから来たくなかったんだよ。でも、これに関しては蜘蛛屋が正しいな)


 リグロは獅子原を見た。彼には人を惹きつける魅力があるが、他者との感覚のズレが大きい。リグロはそう感じていた。


(そりゃ、自分が殺そうとしていた相手に、こんな場面を見られたくはないよな……)


「おい、獅子原! てめえは何がしたい! 何のために、その野郎を連れてきた!」


 獅子原は少しだけ眉を動かして、困惑した表情を見せた。


 鷹尾が腕に巻いた西洋式の時計を見た。


「二分前。そろそろだ──ゆう


「ああ……」


 獅子原の背すじが、ピンと伸びた。


 次の瞬間──獅子原から王者の圧が滲み出て、その顔に威厳が帯びた。


「斬首役、準備しろぉ!!」


 獅子原は腹の底から声を出した。大地がひっくり返るような声は、全隊士の体内でビリビリと響いた。


「うわああああ!!」

「母ちゃ〜ん!!」

「やめてくれ〜!!」


 長谷川、松井、奥田が叫ぶ。


 蜘蛛屋は、獅子原に向かって声を飛ばす。


「……獅子原、オレを殺すのかよ!! 声心館せいしんかん道場から、ずっと一緒にやってきたじゃねえよ!!」


 彼はグシャグシャの顔で泣きながら、懇願するように叫んだ。


 リグロの横にいた菅原が「馬鹿野郎が……」と、悔しそうに呟いた。


 犀田の目には涙が溜まり、犬岡は悔しそうに唇を噛んだ。


 白鳥の刀を持つ手が少し緩むが、また柄をしっかりと握りしめた。


 リグロは見逃さなかった。

 鷹尾の表情がほんの一瞬だけ変わり、憂いたものになった。だがその一秒後には、元の無表情になっていた。


 声心館道場出身者には、やはり蜘蛛屋への特別な感情があったのだ。


 しかし局長の獅子原は、威厳のある表情のまま、堂々と正面を見据えていた。


「……!?」


 蜘蛛屋は気づいた。獅子原は表情こそ変えないものの、その握った拳からは血が滴っていた。


(……何だよ、獅子原。やっとお前は、局長として、前に進む気になったんだな)


 突然、蜘蛛屋がくすくす笑い出した。隊士たちが顔を見合わせ不思議がる。


「今日はめでてえな〜!──獅子原、正将軍昇任おめでとう!!」


「……」


 獅子原はそう言われた途端、眉を下げ表情を少し崩した。


「局長だろ! さっきの面構えに戻せ!」


「蜘蛛屋……」


 言われて、獅子原はまた顔を作り直した。


 蜘蛛屋の目の端には、黒い人影が映り込んでいた。


(分かってるから……最期に少しひたらせろ……)


 蜘蛛屋は静かに目を瞑った。昔の思い出が走馬灯のように蘇る。

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