第26話 試練
家に帰った後、スッキリしたくて直ぐにお風呂に入って湯船に浸かった。
好きな入浴剤を入れてリラックスしようとした。
三浦さんとのキス、打ち明けられた想い。
事故だったけど、感触だけは残っている。
その時、風呂のドアが突然開いた。
橘さんが立っている。
「帰るのが遅い……」
「用事が長引いたんです。それよりお風呂にまで入ってくるのはどうかと思います」
「用事って?」
「……プライバシーの侵害です」
その後、お風呂のドアが閉まった。
言い方がそっけなかったかな……。
今はちょっと心が複雑すぎて橘さんに配慮できずにいる。
そしたらまた風呂のドアが開いた。
橘さんは服を着てなくて、そのまま湯船に入ってきた。
「何してるんですか!」
「白状させたくなった」
橘さんの行動は唐突だけど……肌が触れると安心する。
「何があった」
あまり言いたくはなかった。
「怒らないで聞いてくれるなら……」
「わかった」
「今日三浦さんに小説を返しに行ったんです」
「会いに行ったのかよ……」
橘さんの苛立ちと戸惑いの気持ちが伝わる。
「すみません。ちゃんとそこで終わらそうとしてたんです。でも、うまくいきませんでした」
「どういう事?」
「あの作品には私への想いがこもってるって言われました」
「……で?」
「それを告げたら彼は帰ってしまいました。翠川さんより有名になれるように頑張るって」
橘さんは暫く何も言わなかった。
「すみません…正直に言い過ぎました。嫌な思いさせてすみません」
「最悪な気分だ。色々言いたいが、美鈴の気持ちは?」
「私は橘さんと歩んでいきたいです。……あと、プラトニックを捨てる決心がやっとつきました」
「……そうか」
いい加減のぼせそうになって上がろうと思ったら、橘さんにキスをされた。
嫉妬と支配と欲望が混ざったようなものだった。
「じゃあ、新しい小説書かないとな」
橘さんの目が鋭い。
「……はい」
その後、お風呂から出て、二人とも着替えた。
「あの、橘さんお願いがあるんです……」
私はさらなる一大決心をしていた。
「何?」
「嫌じゃなければ……私に協力して下さい!」
「協力?」
私は勇気を振り絞った。
「私に物語の種をください!」
「種……設定の事?」
「はい……プロの作家さんにお願いする事じゃないんですけど……」
「私と一緒に書いて欲しいんです。二人で物語を作りたいんです」
それが私が一番書きたいと思える小説の書き方だった。
「種をやるのはいいが……ちゃんと花を咲かせて実を結べるか?」
私を試すように怪しげに笑む橘さん。
「頑張ります」
「じゃあ早速種をやる。」
「会社で働く女が、バーで出会った男とホテルで一夜を過ごす。実はそれが憧れてた小説家だった。」
「……それって、私と橘さんの事ですよね?」
「そう。美鈴の書く結末が知りたい。」
「すみません、それは私には全く想像できないので、別のでお願いしたいです」
「ついさっきお願いしたのはどこの誰だ」
流石にその設定に結末は書きたくない。
というか、意地悪だ……。
でも……
「わかりました。書きます。でも、『私』と『橘さん』ではないので、どうなっても怒らないでください」
「……やっぱり不安になってきたから設定を変える」
橘さんは少し考えていた。
「ある女は結婚したいと思っていた男がいる。結婚を夢見て付き合っていた。でもそれは偽りの関係だった。」
「偽りの関係!?」
気になる。
「その男は既婚者だった」
「最低な男じゃないですか!!」
そんな物語……復讐しかない。
「女は憎む。でも、一緒にいると愛していた気持ちが込み上げる。憎んでるのに、愛しているから離れられない」
裏切られた女と、裏切った男の、物語……?
「美鈴、俺はお前を裏切った男だ。お前に『いつか結婚しよう』と言っていた。でも俺には妻も子供もいる」
「美鈴ならどうする?」
「許しません……」
「じゃあどうする?俺と別れる?」
橘さんが私の目をじっと見つめた。
『俺は君を一番愛してる。信じて』
橘さんはズルい……
そんな目で見つめられたら、まともな判断ができない。
もし、橘さんが本当にそうだったら……私は別れられるの?
「俺を憎んで、その男だと思って。突き放してみて」
橘さんを突き放す……?
そんな事できるわけがない。
だって、私を満たしてくれるのは世界でこの人だけだから。
私は泣いてしまった……
「今回は無理かもしれません……」
「俺は種をあげただけだから、書くかは美鈴次第だよ」
自信がない。
でも自分から頼んだのに投げ出すのは嫌だった。
今回もらった種を、私は咲かせる事ができるのか……
◇ ◇ ◇
橘さんが寝たあと、私は少し書いてみた。
とにかくやってみるしかない。
私なりに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます