何にも出来ない私ですが溺愛吸血鬼が涙を求めるので沢山泣きます
サヤカ
第1話 孤独な少女と吸血鬼の出会い
人は外れた者を攻撃する。
その対象は私も同じだった。
「はあ、はあ、はあ…」
小さな町の大人からの刺さるような視線、子供の隠す気のない悪意から逃げるように私は森の道なき道をただひたすらに一歩、また一歩進んでいた。
薄暗く、じめっと嫌な空気が肌にまとわりつく。
森の中は木々の隙間からさすわずかな月の明かりだけでほとんど前はよく見えない。
手探りで草木をかき分け森の中を突き進んでいた。
町の住人は入ること恐れる。
吸血鬼が住むという森に───
石や砂に慣れていない裸足は擦り切れて痛み出し、手入れのされていない草木をかき分けた手は切り傷が出来た。
ずっと歩いていたから息は上がり喉はカラカラになり、おなかも痛いくらい空いている。
それでも進んでいたのはあの町に戻りたくないから。
森に囲まれた閉鎖的なあの町を出るためには森を通らなければいけない。
もう方角も分からないほど歩いて体はフラフラだった。
疲れて体は痛くて苦しくて…なんだか頭がぼうっと熱くもなってきて……。
「…誰だ」
男の子の声がして視線をあげる。
草木が生い茂る道の奥、ちょうど木が無く月明かりがその一帯を照らしている中央に誰かが経ってこちらを見ていた。
視界がぼやけてあんまりよく分からないけれど、銀髪で背は私と同じくらいで…。
「赤い……瞳……」
あ、吸血鬼だ。
そう思いながら意識は途絶えた──
「…で、……しろ」
「そんな……れば……」
誰かの話す声がして目を開ける。
目を開けると白い布が目に入った。
お姫様が使うような白い天蓋付きのベッドの中に私は寝ていることに気づく。
どうしてここに……。
ぼんやりする頭で何があったか思い返したときに、森で出会った赤い瞳を思い出す。
「吸血鬼!」
叫びながら飛び起きると「起きたか」と森で聞いた男の子の声が聞こえた。
くすんだピンクの壁で囲われた部屋に私の寝ている天蓋付きのベッド、そして白いロ―テーブルとソファにはあの銀髪の男の子が赤い瞳でじっとわたしを見つめていた。
男の子は黒と赤を基調とした貴族のような高貴な衣服を身に着け、燭台のろうそくの明かりを反射しキラキラときらめく首筋まで伸びた銀の髪、火を浴びたことのないような白い肌、そして固く結んだ唇を携えていた。
男の子は立ち上がり私の傍へ歩み寄ってきた。
私は思わず身を縮め布団を抱える。
「そう身構えるな、別に僕は君に何かする気はない。…ましてや血を吸うなどとな」
まつげの長い吊り目の中で燃えるような赤い瞳が冷たく私を見た。
「主人がそう威圧的だから驚くんでしょう?病人に対して大丈夫かの一言もないの?これだから世間知らずのお坊ちゃまは…」
ぴょんと何かが私の寝ているベッドの上に飛び乗った。
それは毛並みの整った青と赤のオッドアイの黒猫。
ネコが言葉を…と戸惑う私をよそに男の子と猫は会話を続ける。
「主人に対してお前はまたそんな口を……」
「主人というのであればちゃんと勉強を逃げずに受けなさいよ。怒る人がいないからって好き勝手して」
「この屋敷は僕で終わりだから教育など必要ない」
「またそんなこと言って……。旦那様と奥様が聞いたら悲しむんだから」
親しげにそう言いあう二人をぼうっと眺める。
状況を整理すると……。
森で倒れた私を男の子がここまで運んでくれた…のかな?
そしてやっぱり…彼は吸血鬼……?
「あ、あの……」
会話に夢中の二人に声をかけると二人同時に振り向く。
「ごめんね夢中になっちゃって。体調は大丈夫?そうだ、まずは状況整理を…」
そう話す黒猫の声をさえぎるように私は告げた。
「私の血を、吸ってください」
屋敷の長い廊下を黒猫が先導するように歩き、私はその後ろをついて歩いた。
黒猫は一部屋一部屋簡単にここは倉庫で、ここはキッチンで、ここはダンスホールで……と簡単に紹介する。
広い広間の中央を通る階段の上から下を見下ろしながら振り返った。
「…それでここがエントランス。屋敷の紹介はこれで全部かな。何か質問は?」
「…特に、ないです……」
そういうと「それじゃあ部屋に戻ろっか!」ときた道を引き返した。
森のずっと奥にあるこの屋敷はずいぶんと広い。
なのにあの男の子とこの黒猫しか住んでいないようであった。
彼らの話を聞くに、私は森をさまよううちに発熱し体力がなくなり空腹も相まって倒れてしまったようだった。
そしてこの屋敷に運び込まれた。
この吸血鬼の住む屋敷に。
私の眠っていた部屋の扉を開けると銀髪のあの男の子が、ソファで本を読んでいるところだった。
あの赤い瞳と視線が合うと思わず、目をそらしてしまう。
「レディの部屋に勝手に忍び込むだなんて!」
黒猫が突発的にそう怒ると「忘れ物だ」と軽くかわした男の子がこちらへと近づく。
「自己紹介がまだだったな、僕はリュー・クロフ。このクロフ家の現当主。そしてその黒猫は使い魔兼使用人のルイルイだ」
紹介されたルイルイは腰を下ろし前足を胸に当てぺこりと頭を下げた。
「そして察しの通り僕は吸血鬼だ」
どくんと胸が鳴る。
やっぱり、と。
「わ、私はチェルシー……森の外の町の…孤児院にいたの」
そう、いた。
でも私は今……。
「チェルシー、君の事情を深く追求するつもりはない。また…先ほども言ったが僕は君の血を吸うことは、ない。」
リューは私の瞳を真っすぐに見つめてそう言葉をつづけた。
きっと私が吸血鬼におびえていると思ってくれていたのだろう。
安心させるために、落ち着いた声色で話をしてくれる。
「今は夜明けだ、日が落ちた頃町まで送ろう」
「それはだめ!」
彼を言葉を強く否定するとリューとルイルイは驚いたように目を見開いた。
私も自分の声量に驚き「ご、ごめんなさい…」と消え入るように言葉を続ける。
言わなきゃ、状況を変えたいなら…。
終わらせたいなら……。
「町には…帰りたくなくて……」
思っていることを言おうと思うと、どうしてこんなにも泣きたくなってしまうのだろう。
こんな泣き虫な自分に本当に嫌気がする。
私はうるんでこぼれそうになる涙をこらえながら、息をのんで覚悟を決めて言葉を続ける。
「でも、私は何にもできないから……私の血をすべて飲み切ってしまってください」
部屋の中がシーンと音が消える。
リューは私の瞳をじっと見つめた。その瞳は私の心を覗こうとしているみたいで、合わせ続けられず視線を下に移すと、ルイルイが心配そうな、不安そうな瞳でこちらを見上げていた。
泣いたらダメだ。
涙をこらえたくて下唇を噛む。
「…何度も言うが、僕は君の血を飲まない。」
沈黙を破ったのはリューの言葉だった。
「ここにいたければ好きなだけいればいい。何かあればルイルイに言え」
それだけぶっきらぼうに答えるとリューは私の横を通り過ぎ足早に部屋を出て行ってしまった。
彼がどんな表情をしていたのか、わからない。
でも。
怒らせてしまったのだろうか。
私なんかの血を飲んで欲しいなんて、ずうずうしくて迷惑で……失礼だったのかな。
そう思うとこらえていた涙がぼろぼろとこぼれてしまう。
「チェルシー…」
顔を覆ってしゃがみこむとルイルイがそっと寄り添う。
柔らかいルイルイの毛越しに温かい体温がじんわりと伝わってくる。
「泣かないで、チェルシー。何があったか分からないけどここにずっといればいいわ。大丈夫、大丈夫よ」
私の頬に顔を摺り寄せながら「大丈夫大丈夫……」とつぶやいてくれるルイルイに涙が止まらなくなり、そのままわんわん泣いてしまった。
窓を強い雨が叩き、時折遠くの空が光っている。
カーテンを閉め、僕の身長に合わない大人用の豪華絢爛なイスに深く座った。
チェルシーの様子…。
彼女は一体町で何があったのか。
…いや、それよりも。
彼女のうるんだ瞳を見た瞬間、胸がどくんとなった気がした。
その時、僕の瞳は彼女の瞳にくぎ付けになって、視線を移せなくなりそうで……。
このままではまずいと思った僕は、彼女に詳しい話を聞く前に部屋を飛び出してしまったのだった。
あの衝動は一体……?
目を閉じたまま先ほどの出来事を思い返していると、扉がキィと音を立てた。
「チェルシーの様子は?」
目をゆっくり開け宙を見たまま問いかける。
「泣きつかれたみたいで今はおねんね中よ」
とんっと音がする方を見ると窓枠にルイルイが飛び乗った音だった。
ルイルイは外を見たまま「ひどい雨ね」とつぶやく。
「雨が降る前もチェルシーを探しに来る人間は見えなかった。彼女は森に捨てられたのか?それとも逃げてきた?」
「事情を深く追求するつもりはないんじゃなかったの?」
そう言われて口をつぐんだ。
「まあ心配しているんでしょうけど」とルイルイは外を見たまま言う。
「気にかけてやってくれ、なるべく不便が無いように。出ていきたいといえば好きにさせてやれ」
ルイルイはこちらに向き直り膝にぴょんと飛び乗ると「にゃーん」と子猫のような声で鳴いた。
「何が言いたいんだ」
「いや~ずいぶんと気にかけるんだなって思って。何にも興味ないかと思ったけどひとめぼれでもした?」
にやにやと笑いながらこちらの顔を覗きこむルイルイ。
「何言って…」と言い返そうとしたとき、花のような、果物のような香りがうっすら鼻をくすぐった。
不思議そうに首をかしげるルイルイの顔がまばらにキラキラときらめいているように見える。
どくどくと心臓が急に早くなり口の中はよだれが溢れ暫く感じていなかった空腹感が体を襲った。
「主人?」
ルイルイの声でハッと意識を取り戻す。
「ルイルイ、お前それ……」
「なになにどうしたのよ!瞳孔が開いて息が上がって唾液の分泌も増えるなんて…まるでそんな……吸血衝動みたいな」
僕は胸のあたりの服を強く握りしめ顔を下げた。
「これが、吸血衝動……?」
「主人!どうしたのよ!落ち着いて、今保管貯血バック持ってくるわ!」
「いや……血は、いい……」
「じゃあ水を……!」
ルイルイは手早く机の上にあった水差しからコップに水を移し僕に飲ませた。
水を飲んでも飲んでも体が求めているものはこれではないというように喉の渇きも空腹感も消えず、溺れるほどの唾液も水と共に飲みこむ。
一心不乱に水を飲み続けるとコップだけでは飽き足らず水差しから直接水を口に流し込む。
吸血衝動が落ち着くまで水を飲むころには、水差しはほとんどからになっていた。
水浸しになった机や絨毯の上に僕とルイルイは茫然と座り込んでいた。
「一体、どうして……だって主人は……」
そう、僕は。
血が飲めない吸血鬼。
血液はひどく生臭く、口に含むと喉を焼くような感覚があり飲むことができない。
故に子供ながらにして吸血鬼の仲間のもとにいかず、ここで使い魔と共に暮らしている。
いや、仲間のもとにはいけないのだ。
外れたものは攻撃されるものだから。
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