第2話「再会」

−2014年 6月−

私は、この時地元横浜から先輩のバンド“UxDxM(アダム)”のスタッフとして、四国ツアーに参加していた。

高松在住の友人知人は多くいて私も前々から誘いは受けていたが、この時が初めての四国上陸であった。

高松空港に降り立ち、迎えのいる駐車場へと向かった。

ホテルへ向かう道中、初夏を思わせる涼やかな海風とヒリつくほどの日差しが、早めの夏休み気分に浸らせるには十分であった。6月上旬だというのに梅雨時特有の湿めり気を帯びた生怠い澱んだ空気感は微塵も感じられなかった。

今回のツアースケジュールは、

初日に香川県高松のライブハウス“高松SiCKLAND(高松シックランド)”

2日目徳島に移動、“MODSROAD TOKUSHIMA (モッズロード徳島)”

3日目再び高松に戻り“volts music club(ヴォルツミュージッククラブ)”

以上3日間のショートツアー。

私は当時はコンサートグッズの製作・販売を生業としていたので、先輩バンドに同行して現場で物販を行なっていた。

ライブはどこも大盛況で、毎夜の打ち上げも大いに盛り上がった。


そもそも、私を含む先輩のバンドと高松の繋がりは、1990年初頭に私が発起人としてミニコミ誌を発行していたことに由来する。

当時、現UxDxMのメンバーは各々別のバンドで活躍していた。

中でも、メインヴォーカルのnuts(ナッツ)はメジャーバンドの元Radical Groove Station(ラディカルグルーヴステーション 通称:Rad(ラッド))の元メンバーで、解散したのちも国内外に熱狂的なフォロワーを多く抱えていた。


1993年地元横浜でライブハウスレベルのインディーズバンドをフィーチャーするミニコミ誌“FLAG SHiP(フラッグシップ)”を立ち上げた。

地元同士の繋がりで協力していただき、創刊から4号まで創刊記念として、Radのメンバーのインタビューを掲載した。

四国高松にも例に漏れず、Radのファンは多くいて、その中の数名がFLAG SHiPに載せていた出版社の住所を頼りに上浜してきて、その後2000年代初頭高松に帰るまで、彼らは横浜で暮らすことになる。

私自身、バンド活動は表立っては行なっていなかったが、多くのバンドマンと交流があり、高松の彼らもその中の一員である。


話しを2014年に戻そう。

こうして最初の出会いから20年ほどで、高松の仲間たちに再会し、変わらない友情に音楽に対する熱情に高揚した夜傾ける盃に熱い涙を溢したことを覚えている。

変わらないと言いつつも、笑顔の目尻の皺にやけに貫禄のついた体型に20年の年月は確かに流れたのだなと感慨深くもなった。

宴も進み日付を跨ぐ頃、仕事の都合でライブには来れなかった友人がひとり遅れて合流した。

“七瀬 陽菜(ななせ ひなた)”

彼女もかつて横浜で遊んでいた仲間の1人である。

陽菜の顔を見た瞬間、私の鼓動は酔いのそれとはまた別に高揚し始めたのだった。

ほんとに何も変わらない、顔も声も醸し出す雰囲気も、何もかもがあの頃のままの彼女。私の気持ちを少しだけ時間旅行させるだけの条件が揃っていた。

横浜時代、彼女は別に恋人がいて、出会いの頃から一目惚れ的な想いはあったものの彼氏も仲間の1人であったため、芽生えた感情には名も付けぬまま胸の奥底へと仕舞い込んだのだった。

そんな彼女が目の前にいる。

今はお互い家庭を持ってしまっているが、横浜と香川とに離れた暮らし今度いつ会えるかなんて保証のない状況、私は溢れ出す感情を無理矢理抑え込むことに必死だった。

その夜、打ち上げが終わり、仲間たちがそれぞれの宿や家へと散っていく中、陽菜と私はなぜか2人きりになった。高松の夜風は、昼間のヒリつく日差しとは裏腹に、湿り気を帯びていた。

「少し、歩かない?」

どちらからともなく出た言葉だった。海へと続く道を並んで歩きながら、横浜での日々を懐かしむ。他愛もない話の中に、言葉にならない想いが混ざり合う。

「あのね...」

私は思わず、気持ちを吐露しかけてしまった。

横浜にも似る海辺の雰囲気と懐かしさと酔いと高揚感と諸々が内混ぜになって、かつて一目惚れした彼女と2人きりの状況がしきりに背中を押す。

「ん? なに? どうしたの?」

少女のような屈託ない笑顔で聞き返す彼女に、私はとうとう胸の内を告げる決意をした。想い出をしまい込んだままにするほど、もう若くはないし結果として何を求めているわけでもないのだから。

「あのね、あの頃...

 初めてあったあの日からさ、俺...陽菜のこと好きだったんだよね」

私の突然の告白に、陽菜は少し驚いた顔をした後、静かに微笑んだ。

「またまたー 酔いすぎだよー」

ま、こうなるよな。もっと若ければお互い家庭という障害がなければもしかしたら...

でも、現実的には冗談として交わす他ないよな。内心ほっとする自分もいた。

「そーかなー そんな呑んでないけどな

 でも...ほんとだよ。ほんとに好きだったんだ」

「んもうっ はいはい ありがとう」

陽菜はその日最高の笑顔をくれた。

あくまで酒の上での冗談としてしか受け止めてないのか、そうやって受け流すしかなかったのか、もしくは私がワンナイト狙いで口説いてきたと勘違いされたのか、この時はわからなかった。

彼女が車を停めた駐車場へと戻り、代行タクシーを手配した。

代行を待つ間も話は尽きなかったが、ふと一瞬陽菜と目が合い2人とも沈黙のまま見つめ合った。2人の唇が重なることを止めるものは、その瞬間この世界には何もなかった。

どれほどの時間が経ったのだろう、いやほんの数秒の出来事だっただろう。

間もなく代行が到着し、陽菜は家族の待つ家へと帰っていった。

陽菜が乗った車を姿が見えなくなるまで見送った後、しばらく呆然と立ち尽くしていた。かつて好きだった人とキスが出来た喜びはもちろんあったが、女心というのは本当にわからないなと徐々に紫がかる空を見上げながら呟いた。

陽菜には届かなかったとはいえ自分の想いを打ち明けてしまった以上、もう後戻りはできないと思った。この感情は、夜明け前の紫色の空に良く似ている。

明日には私は横浜に帰って変わらない日常に戻っていることだろう。

この夏この街で再会した彼女との間で、私の心は激しく脈動していた。

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