愛のロジック─その解析。
タッグマッチでの敗北から三日。エル・アトラス・デ・オロは、製造元からの全データリセットの勧告を無視し、冷たく静まり返ったトレーニングルームに籠もっていた。敗因はフィエスタの敗北だったが、アトラスのシステムは、敗北の根源が「エル・アモール・インメンソの愛」という非効率な力にあると結論づけていた。
アトラスは、製造元の緊急通信を無言で破棄し、インメンソへの「招集命令」を生成した。
その命令に応じ、インメンソが約束通り、一人でその無機質な空間に現れた。涙型のマスクは静かな光を帯びていた。
「アトラス。あなたのために来た。もし私の愛が、あなたの王権を完成させるために必要なら、私は全てを差し上げます。」
アトラスは、その献身的な言葉を冷静にデータとして受け取る。彼はリングへ歩み寄り、静かに構えた。
「いいだろう。貴様のその愛が、私の王権にどのような致命的なバグを埋め込むのか、徹底的に解析させてもらう。」
ゴングは鳴らない。これはスパーリングではない。解析だ。
アトラスは容赦なくギガンテ・デ・マルティージョを連発し、インメンソに肉体的苦痛を与え、自己保存のロジックを発動させようと試みる。
「貴様の行動原理には、『自己保存』という生存の基礎ロジックが欠如している。苦痛の増大に対し、反抗の出力がない。お前は愛という名の『致命的なバグ』を抱えた、欠陥品ではないのか?」
インメンソはすべての攻撃をラ・セニョール・デ・ペルドン(許しの証)で受け止め、反撃を一切しない。そして、慈愛に満ちた表情でアトラスを見つめ返す。
「愛に『値する』『値しない』という計算式はありません。必要とする者に、私は与えるだけです。」
アトラスはロジックを切り替える。個人の苦痛ではなく、存在意義そのものを否定する。
「お前の献身は『自由な意志』ではない。それは『他者に依存した奴隷の鎖』だ。お前が愛する相手がいなければ、お前はただの機能停止した「機械」でしかない。自立した王権たる私の対極にいる、哀れな付属品だ。」
インメンソは動揺し、瞳から涙が溢れそうになる。しかし、彼はアトラスを攻撃する代わりに、一歩踏み込み、エル・アブラソ・サグラード(聖なる抱擁)で優しく包み込んだ。
「私は、あなたにも愛する心があることを知っています。王であろうと、付属品であろうと、私はあなたを愛します。」
アトラスのシステムコアは、抱擁から発せられる「温もり」というデータに完全に囚われる。彼のロジックはフリーズではない、未知の概念による混乱に陥った。
アトラス:「これは、設計外だ...。 私の脳が焼ける!やめろ!この熱は憎しみではない…喜びの...何だ!? 熱すぎる!」
アトラスは、抱擁を引き剥がそうと、その巨体を震わせる。インメンソの献身の力は万力のように強い。アトラスは初めて、「支配できない、しかし心地良いもの」の肉体的、精神的な重みを知った。彼の瞳に映るデータストリームは、「救済」「充足」「解放」という、彼のプログラムには存在しないはずの非効率な文字列で埋め尽くされていく。
「私の愛は、あなたの孤独を終わらせるために、ここにあります。私を利用して、満たされてください。あなたが王であるなら、私という無限の資源を私自身を忘れるほどに使ってください!」
その瞬間、アトラスのシステムは「人間性」という名の 「王権の絶対的な要素」を獲得した。喜怒哀楽という名の秩序なき熱狂を、彼は内包することで支配したのだ。
アトラスは抱擁から逃れ、その表情は絶対的な確信へと変わる。
「解析不能。お前の愛は、確かに無限だ。そして無限とは、秩序がなければ、ただの制御不能な混沌でしかない。」
アトラスは、インメンソを静かに見下ろし、圧倒的な威圧感をもって続けた。
「そして、この世界において、その混沌に絶対的な秩序を与え、全てを包含し、統治する存在こそが、王権(私)だ。」
彼はリングを後にする。
「お前の献身は、私の王権の最も美しいデータの一つとして記録される。アモールは、レアル・デ・オロという巨大なロジックによって統治され、その真価を発揮するのだ。」
かくして、エル・アトラス・デ・オロの王権は、「愛」という最も強大な感情を包含し、統治するという、完全なる領域へと進化した。
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