第3話

「朝挨拶してみてたらどうですか?

 自分はそのおかげで、好きな人から逆に挨拶されるようにもなりましたし」



5月の朝、もう少ししたら梅雨入りが始まるため、憂鬱である。

うちの地域は特に雨が強く、それなのになかなか学校は休校にならない。


それに、ゴールデンウィークも終わり、体が重い。

これが五月病なのかもしれない。

それなら、休まないと!!


そんなくだらないことを考えながら、重い足で教室に向かう。

トンッと肩をたたかれた。

高志が後ろにいたのかと、後ろを振り向く。


「真人、おはよ」

愛らしい笑顔で、女子生徒がそこにはいた。

不意の笑顔にびっくりするも、平常心を保つ。

自分の肩程の、身長で強制上目づかいにより、愛らしさは2倍以上。


「有希か、びっくりした。おはよ」

「すっごくやる気なさそうだけど、どうしたの?」

「連休明けだし、梅雨がもうすぐ来るし、夏休みまでまだまだだし、そう考えるとやる気が出ない」

「それなら!」

有希はそう言って、肩を思いっきり叩いてきた。

しかし、まったく痛くない。


「どう元気出た?」

いたずらっ子のような笑顔を向ける。

彼女のそんなコロコロ変わる、表情が好きだ。


「いきなり、なにすんだよ。暴力反対だ」

「元気出たじゃん。よかったよかった」

彼女はそんなことをいって、自分から離れる。


少し、ヒリヒリと痛み出した肩をなでながら、自分の机へ向かう5月はじめ。


「でことがありまして、最高にかわいかった。

 朝からあの笑顔見れて幸せでした。」


『それは、よかったですね。

 私は、いまだに挨拶できてませんけどね。」


嬉しかったことを報告しただけなのに、なぜだろう、文字のはらうことろなどに、妙に力が入っているように見える。

前回より、少し筆圧も強くなってるような。


「いいことあるよ」

励ましと煽りの2重の意味を込めて書いた。

そんな浅い意味の言葉を使ってしまう。

「自分も書いてみたけど、どうかな?」

ピチャピチャと雨音は、まるで夏へのカウントダウンを示すように、次第に多くなっていく。

「時間も機会も後少し」

つぶやきと共に、決意を拳で握り固める。


「龍ヶ水ですが、大雨の影響により土砂崩れが起こり・・・・・」

朝から、大雨のニュースが写し出されるも、学校からは一向に連絡が来ない。

案の定、クラスの6割ほどは、出席できずにいる。


この人数では、授業は進められず、自習がほとんどだ。

先生は、生徒からの連絡などで、たびたび職員室に戻るため、ほぼ自由時間となっている。


有希が隣の席に座り、嬉しそうにコソコソと話だす。

「ねえねえ、さっき聞いたんだけど、もしかしたら、授業午前中出終わるかもって。」

「それほんと?」

「ほんと、ほんと、さっき職員室の前通ったとき、聞こえた。」

嬉しそうに体を揺らしながら、無邪気にしている有希を、後ろから雨音が急かすように強くなる。


「みんな注目」

教科担任の先生は戻ってくるなり、学校が午前で終わるらしい。


隣で、ガッツボーズをとり、嬉しさを爆発させている有希。

それとは、対照的に自分は冷静さを保つ。


「もしかしたら、明日も学校休みかもって、マジで神じゃない?」

すっかり浮かれている有希の隣を歩く自分の足は、今日だけなぜか軽い。

それに、駅までの帰り道、長い道のりのはずが、今日だけは短く感じる。

信号も毎回赤信号に変わるのに、今日だけはすべてが青信号。

雨と運に急かされるように感じる。

冷静さを保つのに必死の自分の横に、休校で浮かれている相手を見るとさらに調子が狂う。


「この梅雨で、好きな人を夏祭りに誘うと思う。

 雨で、生徒もほとんどいないし、チャンスは梅雨の時期しかないと思って」


『まさか、もうそんなことろに行ってるのか!!

 てか、文字少し震えてますよ。

 結果必ず教えてくださいね。

 ファイト!!!』


ノートに書かれたファイトの文字を思い出す。

そのファイトは大きく、切れのある字。

そんな字を背中にかかれたように感じ始める。


雨音で急かされ押された背中を、書かれた文字が後ろに押しかえす。

次第に歩幅もいつもり戻り始め、少しづつ視野が広がり始めるのがわかる。


「そういえばさ、夏祭り誰かといく?」

「まだ、決めてないかな」

「じゃあさ、一緒に行かない?」

「いいね、行こ行こ。せっかくだし、連絡先も交換しようよ。」

「お、おう!!」


そこからの駅までの帰り道は、短く感じた。

心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思う。

夢かと疑うが、スマホの中にある有希のSNSアカウントが現実だと優しく教えてくれる。

イヤホンから流れる曲が、雨音が、まるで祝福しているようには拍手喝采しているようだ。

自分でもわかる、重症なほど浮かれている。


雨上がり、紅葉に染まるような夕暮れと、七色の橋を見つけては、自分の心は夏染まる。

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