第4話「君の矛盾が好きだ」

 午後2時の古本屋。


 透は恋愛小説の棚を整理していた。


 村上春樹、江國香織、角田光代。


 恋の矛盾を描いた作家たちの言葉が、静かに並んでいる。


「矛盾こそが、人間らしさだ」


 透は小さくつぶやく。


 完璧な人間など、いない。


 ◆


 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第4話。


 店主の老人が、カウンターでコーヒーを淹れている。


「透くん、コーヒー飲むかい?」


「ありがとうございます」


 透はカップを受け取る。


 苦くて、でも温かい。


 矛盾している。


 でも、それがいい。


 昼休み、透は公園のベンチに座っていた。


 サンドイッチを頬張りながら、人々を眺める。


 若いカップルが、笑いながら歩いている。


 女性が何か言うと、男性が困った顔をする。


 でも、すぐに笑顔になる。


「矛盾だらけだな、恋は」


 透は小さく笑う。


 好きなのに、嫌いになる瞬間がある。


 一緒にいたいのに、一人になりたい時がある。


 それが、恋だ。


 ◆


 午後11時の相談所。


 透は机に向かい、新しい手紙を開いた。


 便箋には、几帳面な文字でこう書かれていた。


『社内に好きな人がいます。


 でも、アプローチできません。


 なぜなら、同期の女性が彼に好意を持っているからです。


 彼女は私の友人です。


 でも、私も彼が好きです。


 友情を取るべきか、恋を取るべきか。


 矛盾していて、苦しいです。


 28歳・女性』


 透はペンを取り、ノートに書き込む。


「友情の価値をF、恋愛の価値をL、罪悪感をGとする。


 選択の期待値E=F×(友情維持率)-G vs L×(恋愛成功率)-G


 だが、この式には致命的な欠陥がある。


 人間は、矛盾を抱えて生きる生き物だ」


 透の手が止まる。


 窓の外、星空が見える。


 星は、矛盾している。


 遠くにあるのに、近くに感じる。


 冷たいのに、温かく見える。


「矛盾は、悪いことじゃない」


 透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。


『あなたの矛盾は、美しいです。


 友情を大切にしたい。


 でも、恋も諦めたくない。


 その矛盾こそが、あなたが優しい人間である証拠です。


 でも、問いを変えてみましょう。


「友情か、恋か」ではなく、


「どちらも大切にする方法はないか?」


 矛盾は、選択を迫るものではありません。


 矛盾は、創造を促すものです。


 友人に正直に話してみてください。


「私も、彼が好きなの」


 その一言が、すべてを変えます。


 友人は、怒るかもしれません。


 でも、友人は、理解するかもしれません。


 どちらにしても、嘘をつき続けるよりは、正直でいる方が楽です。


 恋は、競争ではありません。


 恋は、選択です。


 彼が誰を選ぶかは、彼次第です。


 あなたにできるのは、正直でいることだけです。


 友情と恋、どちらも大切です。


 でも、どちらも失う可能性があります。


 それが、人生です。


 矛盾を抱えて、それでも前に進む。


 それが、生きるということです。


 完璧な選択など、ありません。


 でも、正直な選択は、あります。


 君の心に問いかけてください。


「私は、どちらを選んでも後悔しないか?」


 答えがNoなら、まだ選ぶ時ではありません。


 答えがYesなら、君はすでに答えを知っています。


 矛盾を抱きしめて、前に進んでください。


 藤原透』


 透は手紙を封筒に入れ、棚に置いた。


 棚には、少しずつ手紙が増えている。


 矛盾だらけの悩みが、静かに並んでいる。


 透は窓の外を見る。


 星空が、矛盾だらけの世界を照らしている。


 光っているのに、冷たい。


 遠いのに、心に届く。


 透も、矛盾している。


 人の悩みを解きたい。でも、自分の悩みは解けない。


 論理的でありたい。でも、感情的になる。


「俺も、矛盾だらけだな」


 透は小さく笑う。


 でも、それでいい。


 矛盾こそが、人間らしさだ。


 透は相談所を出て、交差点に立つ。


 五つの道。


 風が、優しく吹き抜ける。


「君の矛盾が好きだ」


 透は小さくつぶやく。


 その矛盾が、君を君にしているから。


(第4話完 次話へ続く)


 次回、透は「僕はまだ、触れていない」という距離感について考える。

 そして、誰かの距離が——君の想像する「一歩」が、動き始める——。

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