第21話 血の行く末

「だからこんな場所に移動したのね」


 ラルの意識がはっきりした後、喫茶店から、防音性の高いここ――鉄筋で建てられた宿屋の1室に移動した。

 2人から事のあらましを聞き、彼女は紅の瞳をぱちくりしていた。


「そうっぷよ。ラルならきっと血を生成するいい方法を思いつくっぷよ!」


 手をぐっと固めて紅の瞳を爛々と輝かせて、正面のラルをとらえていた。


「血よね。たぶんできるんじゃないかしら? 私は思いつかないけれど」


 期待の眼差しをタケルに目渡しするが、彼は首を横に振る。


「期待しているところ悪いが、時の魔法﹅﹅﹅﹅――ソレだけ﹅﹅﹅﹅で血の生成ができるか確証はない。だから試行錯誤して、血を生成できるかを実証していく」


 タケルは毅然とした態度で答えたが、ラルは顎に人差し指を当てて考える。

 そして首をかしげて、確認する。


時の魔法﹅﹅﹅﹅で?」


「ああ」


 タケルは力強くうなずく。ラルはその真意を完全にはくみ取れないが、時の魔法﹅﹅﹅﹅以外は使ってはいけないと認識してうなずく。


「……やってみるわ。タケル、私は何をすればいい?」

 

「一番手っ取り早い方法としては、血が複製できればいい。まずは、俺の魔法で水を血に変化させてみる」


 タケルの手元にはバケツがあり、宿屋の井戸から汲まれた水がなみなみと入っていた。

 そこに掌を向けて、タケルは血を生成するイメージをする。

 水という透明色に朱が交わる。朱の色は濃くなっていき、ついに血一色に染まる。


「これで血を生成したから使えるんじゃないの?」


「血の定義が、この『町』では少し違うっぷよ」


 ラルの素朴な疑問に、ライは少し俯きながら血の定義を語る。


「生物の体内で循環する血のみ、血と判断する――それがこの『町』の暗黙のルールっぷよ。もう一工夫ないと血として認識されないっぷね……」


「ラル、そこでお前の時の魔法の出番なんだ」


 タケルはそのままどこに隠し持っていたのか、ナイフを取り出してそのまま自身の手首を斬りつけた。

 皮膚がぱっくりと開き、鮮血がゆっくりとあふれ始める。


「これは宿屋で売っていたから買ったが――」


 血があふれ出たからなのか、突如現れたのは妖精サイズのアーチカだった。


「――それを血で交換、もといタダでプレゼントした約束だったんでいやがるんですよー! 今がそのときって聞いてやがりますから、利子付きでもらいやがりますよー!」


 子供じみたような無垢な笑顔は、しかし悪辣さを含んでいる。

 そんな笑みを気にせずタケルは汗脂を額に浮かばせながらもラルに訴える。


「この血を飲まれる前に、バケツにある血を俺に入れてくれ。時の魔法でお前の意識﹅﹅﹅﹅﹅が続くなら、なんでも試していい」


 楽観主義なラルだったが、このときのタケルの無表情にしか見えない覚悟が不気味だと思った。

 その圧に気圧されるが、タケルに確認を取る。


「……ほんとにいいのね?」

 

「当然。死ぬことはないからな」


「……わかったわ。鎖接続チェーンリンク!」


 ガチリと金色のチェーンを引きちぎる。

 腕に着ける機能を失った銀時計は重力とともに落下するだけではない。

 チェーンの片端が意思を持つようにラルにめがけて襲い掛かる。その先はいつもと変わらずラル自身の心臓。半透明――虚像となったまま皮膚の奥にあるラルの心臓にがっちりと繋がる。

 片方のチェーンは銀時計とともに床に落ちる。

 部屋に広がる半透明な銀時計。この場にいる4人全員が範囲対象。

 短針、長針が高速で回転し、を指し示す。


「――欠片達フラグメンツ――アフト禁足世界■・■■■■!!」
















 時 が 止 ま っ た。







 完全停止。

 セピア色。

 色が絶無の世界。


 ラル――彼女だけが4人の中で唯一動ける存在。


 彼女はバケツになみなみと入っているセピア色の血に片手で触れ、もう片方の手はタケルの腕――出血が発生している皮膚に触る。


 ほか3人は意識さえそこにはなく、ラルが何をしているのか認識することも、まして時間が止まっていることさえ認識しない。


 ラルは続けざまに時の魔法を使用する。

 くるくると、針は回転してを指し示す。

 セピア色の中、彼女は他の誰にも聞かれないまま次の時魔法を行使する。


欠片達フラグメンツ――フューフ再帰回帰送帰フィックスポイント


 バケツに入っていた血が、タケルの出血箇所に、ぬるりとするりと流れ込んでいく。

 本来タケルに戻る血ではない。それでも再帰回帰送帰フィックスポイントであれば、戻り先を訂正できる。本来あり得なかった血の生成先が魔法ではなく、人の中――タケルの中で生成されたものだと修正できる。


 アーチカは目視できていない。止まっている時の中、ラル以外の五感は停止するから当然だ。

 停止中の工作。何をされているのか気づかれることはない。

 

 ラルがラルのまま﹅﹅﹅﹅﹅使用可能できるのはこのくらいだと内心思っていた。だからこれが失敗してしまえば、タケルの実証結果としては失敗に終わる。そして振り出しに戻ってしまう。


 人工血液はこの『町』で正しく機能するのかどうしても気になってしまったラルは、その思考をぶんぶんと頭を振って否定する。

 彼が断言したのだ。きっと大丈夫。彼女は心の中でそう信じて、時の魔法を解除した。


「アンタ。コイツの血に何かしやがりましたねー?」


 ぎろりとした猫目と皮膚を突き破る力を持つ八重歯でラルを威嚇する。


「なんのことかしら?」


 口元をぴくぴくと上に持ち上げ目を明後日のほうに背ける。

 アーチカは口の端をぎらりと輝かせて、怒号を発する。


「ばれっばれなんですよー! いやがるんですよねー、魔法で血を生成してこの『町』に革命を起こそうって輩たちー。この先永住的に住んで衣食住だけ担保してほしい魔法使いであれば見逃しますがー。アンタたちは『血税の町』で半日も経ってないうちにそんなことをし始めたー。

 この『町』の血の価値を! ぶっ壊す気でいやがるんですかー!!」


「…………」


 ラルは沈黙する。自身の演技は下手くそだと理解している。それゆえ、だんまりを貫き通す。


「ラル、別にいい。ばれようがペナルティが発生しないことはライから聞いている。そうだろ、レプリカ」


 鋭い瞳で睨む先は小さな生物――等身大オリジナル1/nスケールミクロサイズのアーチカ。

 彼女は眉をぴくぴくと、小さいサイズでも3人にわかるほど表情変化させた。


「レ、複製品レプリカはさすがに皮肉にもほどがありやがりますねー。ですがー……」


 一呼吸置くと、にやりと歯の刃を見せて悪態をつくように言い放つ。


「ペナルティなんて、ルールになくとも発生できやがるんですよー! 巨人族の長――ランドロス・リジェネ・ランケルにこのことを告発しちまえばー、アンタらは終わりでいやがるんですからねー!!」


「巨人族の長だと?」


 タケルは巨人の長の名前は初耳だったが、その告発のまずさはある程度理解していた。

 『血税の町』で革命を起こす人間としてタケル含め3人が指名手配のように公表される。『町』の人間に探されてしまい、革命が起こせる段取りなく、無謀な突撃しか選択肢がなくなってしまう。

 それを3人の中で最も理解していたのは下調べをしてこの『町』に来たライだ。


「今、ランケルに伝わるのだけは阻止するっぷよ!」


 彼女は腰に下げていた拳銃を取り出して照準をアーチカに合わせる。


「あーしは『血税の町』によって作られた生命体でいやがるんですから、物理的に死ぬわけねーじゃねーですか!!」


「『付与エンチャント』――『停滞の意思』!!」


 ラルはトリガーを引き、銃弾が発射される。

 一瞬にしてアーチカを貫くと、アーチカはぽけっとしたように自身の意思が停滞した。


「……あーしはどうしてランケルに急いで報告しやがろうとしてたんですかねー? 別にゆっくりゆったり、テキトーに迷走しながらでも目的地にたどり着けばいーじゃねーですかー」


 アーチカは少し虚ろ気味になった瞳で、焦点が合っているのあっていないのか、ふらつきながら飛行していた。

 だが、それまでだった。ランケルに告発する意思は残っていたのか、ふらふらとしたまま、すーっと妖精のように、幽霊のように消えていった。


「完全停滞は無理っぷよか……。これはもう、撤退するしか方法がないっぷよね」


 肩を落として俯くライ。その姿は『因果応報の町』の時の、幼い少女の時代の彼女を彷彿とさせた。

 だが、俯いている顔をぐっと上げたのはラルだった。彼女の瞳は希望に満ちあふれていた。


「ライちゃん、あの血を吸うやつって、本来血を吸ったらどこにいくの?」


「知らないっぷけど、血をストックしているっぷかね。血を回収しても、どこかで真空状態にしておかないと再使用できないっぷからね」


「ライちゃん、それなら糸口掴めるかも!!」


 ラルは優しく微笑むと同時に、すでに外れている腕時計につながっている鎖をぐっと握る。

 ラルが口を開く前に、タケルが彼女の腕に触れ、額に汗を浮かべながらゆっくりと彼女を見つめる。


「ラル、20﹅﹅を超えることはないんだよな?」


「ええ! 貴方の言った約束は守るわよ、今は過去を見るだけだから」


「……わかった」


 虚像の時計は未だ展開中。

 鎖も時計からラルの心臓に接続中。

 ラルは瞳を閉じて、宣言する。


欠片達フラグメンツ――アイス過去視界パストヴィジョン


 ラルの意識が過去に飛んでいく。彼女の意識だけが過去に沈んでいく。

 時が遡り、アーチカが消える直前の映像が見えた瞬間、ラル自身の意識をアーチカに変更しようとする。

 だからそこで「アイス過去視界パストヴィジョン」を再度使用する。

 巻き戻す、巻き戻す、巻き戻す。

 アーチカの意識のまま遡っていく。

 そして彼女の行った先を確認して、血をどう扱っているのか確認して、彼女は目を見開いた。


アレ﹅﹅をぶち壊せばいいのね!!」


 そういうとラルは部屋にある入口ドアを蹴破る勢いで飛び出していった。


「追うぞ、ライ」

「わ、わかったぷよ」


*****



 ラルは巨大なアレの前に立っていた。宿屋の部屋にいた窓辺からも見えていたが、目の前にいるとあまりの迫力になんの言葉も出なかった。

 だが、今からこれをぶち壊すのだ。言葉ぐらい、吹っ掛けなければその対象を破壊などできやしない。


「やっぱり怖い物体オブジェよね。悪趣味すぎると思ったけれど、威嚇しているわけじゃなくて、保管する意味があったわけね」


 ラルの眼前は一面赤で染められており、人によっては吐き気を催してしまうほどの情景だ。


 朱殷しゅあんの壁。血で染められた巨大な壁。

 それこそが吸血された行く先――血の貯蔵庫だった。

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