第14話 転移使いラルの死


あたし・・・がペスト・D・メイよ。会えてよかったわ巡美――って、ばれてるじゃねーですか」


 彼女の容姿は巡美の師匠そのものだ。しかし、魂が、精神が、絶対的に彼女ではない。この場にいる全員がそう確信していた。

 彼女は距離を取るように一瞬で浮遊し、廃墟の屋上に飛び乗った。

 そのまま短めのレザースカートを指で軽くつまみ、お辞儀する。


「まずは自己紹介。アーチカは、フレデリカ・Mメソッド・アーチカですの!」


「巡美の師匠を解放してあげて!」


 ラルが掌を廃墟に向けると、廃墟の下部すべてがかき消えた。

 廃墟の上部は重力とともにアーチカは落ちる。それが当たり前の事象――そのはずだった。


「『オブジェクト:廃墟』――」


 アーチカは廃墟に手を当てる。


「――『メソッド』――『再構築』」


 廃墟の下部が再構築されていく。中に浮いたまま、音もたてず元通りに復活する。

 初めて見る事象に、ラルは思わず目を見開く。


「嘘でしょ……」


 アーチカは3人を屋上から見下ろして語りだす。


「アンタが『暗中模索』のルール自体を転移した奴ですかー。魔力探知できない転移ソレ、現世のルールから逸脱しすぎではー?」


 ラルたちに毒を吐き捨てるように彼女はいう。


「アーチカは名乗ったんだから、あんたら3人も自己紹介しないとねー」


「……ラルよ。ラル・S・絵美里」


 アーチカはその名前を聞いて、こてんと首を傾げた。


「エンドじゃなくてエミリ? 時の魔女じゃねーんですか」


「どういうこと……?」


「耳を貸すな!」


「え? う、うん、わかった!」


 ニオハの怒号に、ラルは気押されながらもこれ以上何もいうまいと口を手で押さえた。

 アーチカは腕を組んで豊満な胸を強調しつついう。


「耳を貸すなって? 残りの2人も名乗るのが道理でしょーよ。アーチカは名乗ったんだから――」


 アーチカは巡美に十全な隙を与えた。小柄な巡美の近くにあった球体は地上ではすでにいくつも浮遊している。それらがアーチカすべてをとらえていた。


「王国『メソッド』。その礎として生贄になった魔法使い――それがフレデリカ・M・アーチカ」


「生贄って言葉を使っているのは一部の下種どものはず、ってアンタが心を読む人間かー。この身体から聞きましたがー、だりぃですね」


 彼女は唾棄すべき言葉とともに操っている身体をぺろりと舐め、挑発する。

 巡美はその眼前の光景に薄ら笑いを浮かべる。


「ええ、忌避されるチカラよ。そのチカラで君のすべてを丸裸にするけどね!」


 少女は笑みを浮かべる。眼前の事象に怒りを覚えて。

 少女は笑みを浮かべる。こんなむごいことにはむごいことを返さなければと。

 少女は笑みを浮かべる。師匠の身体をもてあそぶアーチカには、死よりも恐ろしい呪いを渡してやると。

 少女は笑みを浮かべる。師匠に教わった笑顔を、師匠に見せつけるように。

 少女は笑みを浮かべる。にへらぁと、口を三日月に開き、あざけわらう。

 巡美の一方通行アクセラレータ弾幕会話マシンガンQAが始まる。


「1つ目。君の魔法は? ざっくりいうとルールを追加する。異質な魔法ね。

 2つ目。魔法の制限は? 身体に触れないと基本は発動しない。

 3つ目。君はどうやったら師匠から出る? 王国『メソッド』に危機が発生したら。

 4つ目。どうやって師匠を乗っ取ってる? 王国『メソッド』のルールが追加できない『町』があれば乗っ取りコレをする、ねぇ。

 5つ目。師匠を簡単に助けたいけれどどうすればいい? 一定時間逃げてれば勝手に元に戻る――」


「だ、黙ってりゃいい気になりやがって! 『オブジェクト:ペスト・D・メイ』――『メソッド』――『暗闇』」


 アーチカは乗っ取っているメイの身体に触れる。アーチカ周辺に暗闇が纏い始め、暗闇はラルたちに襲い掛かる。


「――危ないわ!」


 ラルは転移を発動し、目の前から暗闇をかき消した。

 少女の口撃こうげきという名の進撃は止まらない。


「6つ目。今の魔法は? へえ、乗っ取っている師匠の魔法を発動できるのね。これで戦闘面の情報は終わりよね。じゃああとは――」


 巡美は笑みを絶やさない。強力な攻撃なんてものは彼女にはない。だが、彼女には異常なまでの口撃で相手をひれ伏せるすべを持っている。


「7つ目。君の恥ずかしい癖は? 爪を噛む癖。深爪になるわよ。

 8つ目。君のプライベートは? 王国自体を『町』化しているからプライベートはない。かわいそうね。

 9つ目。君が従順に現実を受け入れて『町』化したのは本当? それは表のワタシ・・・がそうなだけ?

 10。君は多重人格? ほぼそうなのね。君は裏のアーチカなのね、かわいそうに。

 11。現実での一番恥ずかしいエピソードは? 夜に怖すぎてトイレに行けずお漏らし……うふふっ」


「こ、このクソアマッ! その侮辱、後悔してもしきれないほどに潰してやりますわー!」


 あまりに恥ずかしい情報が引き出されるあまり、顔を真っ赤に染めて怒りを露わにする。

 身体を巡美の師匠に当てる――そこから『町』の魔女たちの身体を接続していく。

『町』と『町』を線でつなぎ、『町』と『町』を線でつなぎ、『町』と『町』を線でつなぎ、ネットワークの様相と化す。もっともそれが視えているのはアーチカのみ。

 すべての『町』の接続が完了し、アーチカは高らかに宣言する。


「『オブジェクト:町々』――『メソッド』――『町々すべて! アーチカ様のチカラ!』ですわ!」




 一瞬の出来事だった。




 突然の殺気を感知したのはラル。そして心を読んだ巡美。

 アーチカは『瞬間移動の町』から『瞬間移動』をコピーして、刹那で巡美の目の前に。『精神汚染の町』から『精神汚染』をコピー。さらには『因果応報の町』から『因果応報』をコピーし、巡美に触れる。アーチカ自身の不快度を『因果応報』に乗せている。


「あぐぅっ――」


 その勢いで、隣にいるラルを殺しにかかる。

 『身体劣化の町』より『身体劣化』をコピーしてラルに付与する。

 『キョウキの町』から『凶器』の数々――刃物の数々、拳銃の数々を顕現させる。そのまま、凶器の数々でラルを斬りつけ、あるいは拳銃で全身を貫かれる。


「あ゛――」


 『身体劣化』の効果は強烈で、身体は紙細工のような強度のみとなった。そのうえで斬りつけられてしまえば、骨ごとバサリと斬りつけられ、拳銃で貫かれれば身体は貫通するし、振動の余波でその周辺の肉片は簡単に散らばる。




 一瞬の出来事は終わった。




「…………」


 ラルだったものは、もうそれが生物だったのかも判然しないほどの死骸にしか見えなかった。容姿も何もかもイメージできないほどのぐちゃぐちゃ加減。血が池のように地面に広がっていた。隣にいたニオハには飛び散った血で身体が赤黒く染まってしまうほどだ。

 血の池に肉片らしきもの、骨らしきものが浮いていて、完全な死を迎えていた。


「あ゛く゛ぅ、あ゛、あ゛」


 巡美はその場で崩れ去り、座ることさえできず、病人のようにす。涙を流し、嘔吐し、喉元を抑え、息も絶え絶えだった。

『因果応報』によって、激しい頭痛、胃痛、吐き気、様々な症状が発症している。

 さらには『精神汚染』によって精神が一瞬にして蝕まれ、身体は痙攣し、目の焦点がぼけている。痛さと恐怖で今すぐ死ぬ選択を選んだ方が楽なのだと心の底から理解している。そんな状態に巡美は侵されていた。


 アーチカは血だまりに侵入し、浮かんでいた肉片を踏みにじる。巡美の表情をにっこりと無邪気な笑顔で血の池を蹴って弄ぶ。

 次に絶望をしているはずのニオハに、悪辣な笑みを浮かべて問う。


「パートナーが殺された感想を聞かせてくれですわー、喋る子猫ちゃん」


「人を殺したら、殺した相手も死ぬ。それが王国『メソッド』の手法ルールじゃないのか?」


「この『町』にはそんなルールがねーじゃねーですか。だから問題はないんですの。……ってか、この悲惨な状態を見ても平常心ですかー。普通は絶望したり嘔吐したりそういう表情するでしょーが。アンタ、一体何者ですの?」


 思った反応がもらえず、アーチカは悪態をつく。

 アーチカが振るった惨状を見て、ニオハは騒がず淡々と話す。


「俺自身何者かなんてわからないと言いたいが、それはお前が求めている答えじゃないんだろうな。真に問いたいのはどうして落ち着いているか――その理由だろうな。その理由、答えよう」


 ニオハは一呼吸置く。ちらりと、ラルだった死骸を見る。血の池地獄の中できらりと光る金属があった。それはラルが身に着けている腕時計だった。


「こんな惨状でも、ラルは復活するからだ」


 金色のチェーンで巻かれた銀時計は、すでにチェーンが砕かれたように破壊されていたが、銀時計は無傷だった。

 銀時計の針はかちり、かちり、かちりと、時が刻まれていた。しかしその針は一瞬ピタリと止まった後、急激に、急速に、逆巻き始めた。


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