追放された天才戦術家は、辺境で規格外の闇の令嬢(13歳、スタイル抜群)を調教し、やがて王国を揺るがす

静内(しずない)@救済のダークフルード

第1話 天才戦術家の追放と光の幼馴染

「ルーサ、お前を学園から追放する」


 ルーサ、俺はそうよく言われる。

 王立魔法学園の学園長室の空気は、分厚い石壁にまで重く張り付いているようだった。重厚な机の向かいで、俺、ルーサー・セオドアは背筋を伸ばして立っていた。魔術の才能は平凡でも、学園最強と謳われた戦術眼が俺の唯一の誇りだ。


 だが、その戦術眼が導いた自称「正義」の判断は、この国の政治力学には無力だった。


 学園長は、老齢の身には重すぎる政治的な重圧に耐えかねたように、疲労を滲ませた声で告げる。


「ルーサ君。君の行動が、平民出身のシンクレア嬢の尊厳を守るためのものだったと、私個人は理解している。だが、四大貴族筆頭、ラウリンチー家の御曹司に魔法で手を出したという事実は、もはや覆せない」


 数日前、シンクレアは学園の廊下でラウリンチー家の御曹司から露骨なセクハラ行為と屈辱的な言葉で絡まれていた。その時、俺は迷うことなく動いた。俺の理論に基づいた最速のカウンター魔法で、御曹司を地面に縫い付けたのだ。


 結果、俺は退学処分。四大貴族は、規格外の才能を持つシンクレアを、平民という理由で学園から追い出すことはできないが、彼女を守った俺を排除するのは容易だった。


 学園長が差し出した羊皮紙の退学届を前に、俺は微動だにしなかった。


「承知しております、学園長。書類にサインを」


 ペンを走らせ、俺は学園での未来を断ち切った。後悔は一切ない。俺は、俺の信じた正義を選んだだけ。そして、俺が守ったのは、この国で最も輝くべき才能だ。


 学園の裏門。人目につかない、うす暗い場所。ここから王都を出るつもりだった。


 だが、別れを告げずに去ろうとした俺を誰かが背後から追ってきた。


「ルーサ!  待って、行かないでよ!」


 その声と、小さな足音に俺は立ち止まった。振り返る間もなく、華奢な身体が勢いよく俺の胸に飛び込んできた。


 抱きついてきたのは、俺の幼馴染、シンクレアだった。


 彼女は、ふわりとした金髪のカールを風になびかせ、その髪の上部には、彼女の雷鳴の魔力を象徴するかのような鮮やかな黄色いリボンが結ばれている。整った顔立ちは、その泣き顔でも美人であることがわかる。そのエメラルドの瞳は涙で溢れ、宝石のようにキラキラと輝きながら、俺の制服に深く滲んでいく。


 シンクレアは、俺の制服の胸元を、力の限り握りしめた。彼女の感情の高ぶりに応えるように、周囲の空気にはバチバチと微かな青白い光の粒子が瞬き、遠くで雷鳴が鳴っているかのような低音が響いた。これこそ、彼女が規格外と称される雷鳴の魔力の片鱗だ。彼女が本気で怒れば、四大貴族の屋敷など一瞬で雷に呑み込めるだろう。

 だが、俺の前ではシンクレアはただの可憐な少女に戻ってしまう。


「四大貴族なんて、全部燃やしてしまえばいいのに!  私、もう学園にはいたくない。ルーサーがいない学園なんて、いる意味ないわ!」


 俺はそっと、シンクレアの背中に手を回し、優しく撫でた。


「シンクレア。馬鹿なことをしたんじゃない。見てくれ、俺は誇りを失っちゃいない」


 俺は彼女の震える肩を掴み、あえて少しだけ距離を取って、まっすぐに彼女の目を見た。


「後悔していない。君という才能と、俺の信じた正義を守った。俺のプライドは、今もここにある」


 俺の言葉は、シンクレアの激しい嗚咽を鎮めた。彼女の涙で濡れた頬は、冷たく、きっと俺の追放に心を痛めて一睡もできなかったのだろう。その一途な優しさが、俺には痛いほど伝わってきた。


「そんな……あなたは正しかったのに。これからどうするの? 王都にいれば、あなたの戦術の天才性は必ず誰かが気づいてくれるわ!」


 シンクレアの心配は尽きない。この可憐な幼馴染の信頼こそが、俺が王都で得た最も大切なものだった。

 俺は彼女の濡れた頬を指先で拭い、小さく笑った。


「その心配はないよ。実は、行くあてはもう決まっているから」


 学園を追放された俺を、父は責めなかった。代わりに父が差し出したのは、辺境のマーティン家からの家庭教師の依頼だった。


「辺境の貴族が、追放されたばかりの俺に?」


「マーティン子爵は、お前がシンクレア嬢を助けた際に見せた『瞬時の判断力と魔術の応用戦術』を、高く評価している。なんでも、娘御が王都の魔法アカデミーに進学を強く希望しているらしい。その指導を、お前に頼みたいと」


 アカデミー進学。それは、俺が王都でのし上がるために目指していた道そのものだ。


 そして、その教え子は「通常の魔術師の型にはまらない」らしい。俺の独自の戦術理論を、誰にも邪魔されずに試す絶好の機会だ。王都の政治的しがらみを離れ、俺の価値を証明できる場所。


 俺は静かに決意した。


「分かりました、父上。受けましょう」


 裏門に戻ると、シンクレアはまだそこに立っていた。


「行くあてって……本当に遠いの?」


 シンクレアは再び不安げに尋ねてきた。その瞳は光の魔力を宿しているのに、今はまるで助けを求める子犬のように可愛らしい不安を滲ませている。


「ああ。辺境の国境に近い。だが、俺の戦術理論を試すには、最高の場所だ」


 俺はシンクレアを安心させるように、力強く言った。


「俺は、その教え子をアカデミーに入学させ、俺の指導力が王都の貴族の政治力など関係なく正しいことを証明したい」


 俺の瞳に宿る決意を見て、シンクレアはもう引き留めることはできないと悟ったようだ。


 シンクレアは、俺の胸に再び顔を埋めた。今度は強く抱きしめ返してくれた。その甘い花の香りが、別れの寂しさを一層募らせる。


「……わかったわ、ルーサ。あなたは、どこにいても強い。でも約束よ。私はここで、あなたが誇れる最強の魔術師になる。だから、あなたは安心して行ってきて」


 シンクレアは最後に、身を乗り出し、俺の耳元に囁く。その声は、泣き虫な幼馴染のそれではなく、規格外の才能を持つ魔術師の意志が宿っていた。


「必ず、私に会いに帰ってくること。でないと、学園の全部を光で溶かしちゃうんだからね」


 最高の脅しだった。


「ああ、必ずな」


 俺は彼女の頭を優しく撫で、辺境へと続く埃っぽい道を歩き始めた。シンクレアは、その可憐な姿のまま、俺の背中が見えなくなるまで、ずっとそこに立ち尽くしていた。


 俺の新たな戦い、辺境の地で、俺を待つアカデミー進学を望む令嬢との出会いが、今、始まる。

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