第11話 単価1万の最適解と、ROI354%の罠
深夜。
昨夜の悪夢が、脳の奥にこびりついている。
耳の奥で、まだあの金属的な耳鳴りが反響している気がした。
あれがBランクの精神攻撃。
あれが、200万クレジットをケチった者の末路だ。
俺は神マケのUIを睨みつける。
《残高:515,000クレジット》
昨夜の突撃で、斥候蜘蛛を1匹失った結果だ。
斥候蜘蛛は5体セットで5万クレジット。
つまり、1匹あたり1万。
あのたった一瞬の油断で、1万クレジットが消し飛んだ。
目標の200万まで、あまりに遠い。
タイムリミットは3週間。
……感傷に浸ってる暇はない。
俺は蜘蛛のリストを切り替える。
【3匹目:第3階層】――ロスト。
【2匹目:第2階層・通路】。
これだ。
ブツン、と映像が切り替わる。
昨日、護衛について行った時に設置した蜘蛛が映し出す、未知の領域。
第1階層のゴブリンがいた通路より、明らかに壁の侵食が深い。
だが、第3階層のような殺気はない。
ここが、俺の新しい「職場」だ。
俺は蜘蛛を、壁の亀裂から慎重に前進させる。
昨日、護衛のBランク探索者たちは、モンスターを避けながら最短距離でキャンプ地へ向かった。
だが、俺のリモート・バトルは逆だ。
獲物を探して、隅々まで徘徊する。
……いた。
通路の行き止まり。
岩陰で、体長2メートルはあろうかというオークが、いびきをかいて寝ている。
第1階層のゴブリンよりも、はるかにデカい。
だが、完璧な静止目標だ。
……カモだ。
俺の脳は、すでにあの14日間の訓練モードに切り替わっている。
工具箱から鉄杭を1本手に取る。
狙うは、脳幹。
オークの分厚い脂肪と筋肉。その奥にある、たった一点の急所。
座標、固定。
呼吸の谷間を狙うまでもない。熟睡している。
「【W・D】――【配送】!」
ズクン。
軽い疲労。
画面の中で、寝ていたオークがビクンッと一度だけ全身を痙攣させ、そのまま動かなくなった。
一撃。
(よし……!)
14日間の訓練は無駄じゃなかった。
俺は即座に、オークの心臓部へ座標を合わせる。
「【W・D】――【受取】!」
ズクン。
手のひらに、ゴブリンの魔石よりも明らかに大きく、重い石が出現した。
直径5センチ。鈍く、濃い魔力の光を放っている。
これが、Dランクの魔石か。
俺は神マケの「素材参考相場」を開く。
《Dランク魔石(オーク・中):10,000クレジット》
……1万。
ゴブリンの3倍以上だ。
目標の200万まで、これを200匹。
3週間で200匹なら、1日平均10匹。
俺のスキル使用限界は、1日25回。
……いける。計算が立つ。
俺は、獲物の魔石を闇在庫へ【配送】するのも忘れ、次の獲物を探した。
狩る。
狩る。
狩る。
2匹目のオーク。
3匹目のオーク。
すべて、寝込みを襲って一撃で仕留める。
この階層は、俺にとってのボーナスステージだ。
4匹目。
開けた場所で、今度はウルフの群れを見つけた。
5匹が、岩の周りで丸まって寝ている。
……まとめていただく。
まず1匹目。
脳幹へ照準。
「【配送】!」
ズクン。
ウルフが、声もなく沈む。
2匹目。
「【配送】!」
沈む。
3匹目。
「【配送】!」
沈む。
4匹目。
「【配送】!」
沈む。
……あと1匹。
5匹目のウルフだ。
仲間が殺されたことにも気づかず、まだ寝ている。
だが、そいつが寝返りを打った。
……動いた。
静止が解けた。
だが、またすぐに丸くなり、動きが止まる。
……今だ。
俺は、5匹目の脳幹に座標を固定する。
【配送】
その、0.5秒前。
ウルフの耳が、ピクリと動いた。
獲物の勘か。
俺の殺気か。
ウルフが、頭を上げた。
……!
鉄杭は、ウルフがいたはずの空間、その先の地面の中に、音もなく出現していた。
外した。
ウルフは、何が起きたか分からぬまま、仲間が死んでいることにも気づかず、
俺の斥候蜘蛛が潜む暗闇を睨みつけ、
そのまま凄まじい速度で、通路の奥へ走り去った。
……クソ。
俺は舌打ちした。
工具箱の杭が1本、無駄になった。
あの14日間の訓練で極めた静止狙撃は、完璧な静止が前提だ。
オークは鈍いからいい。
だが、ウルフは……聴覚が鋭すぎる。
……この階層の半分はウルフだ。
オークだけを選んで狩る?
ROIが悪すぎる。
3週間で200万稼ぐには、あのウルフも狩る必要がある。
俺は、工具箱の杭を睨みつけた。
……どうやって、あの動く獲物を、静止させる?
俺は神マケのストアページを開く。
検索窓に、意識を集中させた。
罠。
拘束。
睡眠。
ヒットしたアイテムを、片っ端からスクロールする。
ダメだ。
《Cランク・魔力拘束トラップ(設置型)》:30万クレジット。
高すぎる。
200万貯めるために30万のコストを払っていたら、キリがない。
《Dランク・麻痺毒の塗布ビン》:15万クレジット。
論外だ。
杭に塗ったとして、俺がリモートでどうやって回収するんだ。
もっと安く、効率よく、あのウルフの0.5秒の反応の前に仕留める手段……。
俺は、スクロールする指を止めた。
「業務用品」カテゴリじゃない。
「ガチャ」カテゴリだ。
俺の斥候蜘蛛を排出した、あの闇鍋・廃棄処分ガチャのページ。
あそこの「排出アイテム一覧」を眺める。
《Fランク:魔界の毒草》
《Eランク:呪われたネジ》
《Fランク:異世界の土》
……ん?
俺は、あるEランクのアイテムで指を止めた。
ガチャでしか出ない、Eランクのガラクタ。
《Eランク・蜘蛛用アタッチメント:睡眠ガス噴霧器(使い捨て)》
《価格:神マケストアにて 1個1,000クレジット(10個セット)》
《説明:斥候蜘蛛に装着可能。半径3メートルに、生物を10分間だけ強制的に「深い眠り」に落とすガスを噴霧する。ただし、噴霧した蜘蛛はガスで回路がショートし、機能停止する》
……これだ。
俺の口元が、暗闇の中で吊り上がる。
コストを計算する。
斥候蜘蛛は5体で5万。1匹1万。
睡眠ガスが1個1,000クレジット。
特攻用の蜘蛛1匹をロストさせるコストは、合計11,000クレジット。
ウルフ5匹の群れの中心で噴霧すれば、
リターンは50,000クレジット(1万×5匹)。
コスト11,000。
リターン50,000。
差し引き、39,000クレジットの黒字。
ROI、約354%。
……黒字だ。
……いや、違う。これは金鉱だ。
俺の脳が、即座に計算を修正する。
観測用の蜘蛛Aを、安全な天井に設置。
特攻用の蜘蛛B(ガス装着)を、ウルフの群れの中心に忍び寄らせる。
蜘蛛Bがガス噴霧 → 機能停止(コスト11,000)。
蜘蛛Aの映像で、熟睡したウルフ5匹を、安全に静止狙撃する。
リターン50,000。
あの0.5秒の反応に怯えていたのが、馬鹿みたいだ。
たった1万1千のコストで、3万9千の利益が確定する。
半径3メートル以内に、オークが1匹でも紛れ込んでいたら?
リターンは6万。利益は4万9千。
ROIは445%を超える。
狩るのは群れじゃない。範囲だ。
半径3メートル以内に、3匹以上の獲物が密集している最適座標を探し出す。
2匹でも黒字だ。
俺は神マケのストアを開き、残高51万5千から、
《睡眠ガス噴霧器》を10セット(100個)購入。コスト10,000クレジット。
《異世界の鉄杭セット》を10セット(100本)購入。コスト10,000クレジット。
残高、49万5千。
弾薬(杭)は、さっき8本使ったから残り252本。
そこへ100本追加して、合計352本。
罠は100個。
俺はベッドの上で、斥候蜘蛛の1体に、転送されたばかりの小さな噴霧器アタッチメントを装着させた。
準備は整った。
……待ってろよ、ウルフ。
お前を、強制的に静止させてやる。
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