3300万のごみスキルと笑われたけど、ベッドの上で1000億稼ぎます
識
第1話 3,300万円のごみスキル
「おう、三百万。そこ座れ」
安い芳香剤と煙草の臭いが混ざった、
肺が拒否反応を起こすような部屋。
スーツ姿のまま机に足を乗せていた。
今日が、俺の返済期限だった。
「今月の延滞分は?」
「……払えません」
自分でも驚くほど静かな声が出た。
澪の延命費──八十二万。
カサネ屋への延滞──三百二十一万八千四百円。
どう計算しても詰んでいる。
算盤はもう、何も救いを返してこない。
店主は灰皿に煙草を押し付けた。
「そうか」
乾いた音とともに、俺の希望は死んだ。
「お前の三百二十一万八千四百円は、うちから消えた」
(……まさか、チャラに?)
その淡い期待は、次の瞬間バラバラに砕け散る。
「全部まとめて――実験費三千万と一緒に、スポンサー様に売った」
(……売った?)
書類が机の上に滑ってくる。
債権譲渡。付与実験協力契約。
スポンサー企業:クロノス・ロジスティクス。
「つまり、お前の三百万はスキル付与(発現)実験コスト三千万に上書きされた。
合計三千三百万。おめでとう」
(増加率……約十一倍。
ROIの鬼を名乗ってた俺の人生で、最悪のレートだ……)
店主はニヤリと笑い、妙に明るい声で付け足す。
「澪ちゃんの延命費も、スポンサー様が立て替えてくれるらしいぞ」
心臓が跳ねた。
「……本当か?」
「ああ。実験体の維持費って名目だ。
もちろん、その立て替え分も――お前の債務に上乗せだがな」
臓腑の温度が、すっと下がる。
それでも、澪の心拍が止まる未来よりはマシだった。
俺は無言のまま、奥の扉へ進んだ。
拒否権なんて最初からない。
***
奥の部屋は、病院と工場を組み合わせたような冷たさだった。
銀色のカプセル。
壁には『Fランク:帰還率 12%』の淡いホログラム。
空のロッカー──A-12、A-17、A-25……欠番だらけ。
戻ってこなかった者の痕跡だけが残る。
白衣の男がタブレットを見たまま言う。
「被験体A-31、九条真也。スキル未発現。
本日付で債務はクロノス社へ移管。
スキル付与実験、成功率0.8%……F前提なら妥当ですね」
0.8%。
生存率ではなく、成功率。
白衣は続ける。
「……外向きには付与技術と呼んでますが、実際には抽出工程があります。
魔力回路を刺激し、潜在領域を書き換えてスキルを生成する。
――まあ、詳しく知る必要はありません。
知ってしまうと記録が残せないんで」
軽く笑ったが、目は笑っていない。
画面がこちらに向けられる。
《既存債務:3,000,000(譲渡)》
《新規債務:30,000,000(付与実験コスト)》
《合計債務:33,000,000》
「クロノス社は有能ですよ。
負債者を人材投資として再利用できるんですから」
(有能……どこの地獄基準だよ)
それでも。
(澪の心拍が止まる未来よりは、まだマシだ)
「……やります」
白衣は頷き、事務的に告げた。
「では、被験体A-31。カプセルへ」
***
カプセル内は、身体が冷たくなるほど静かだった。
白衣の指がタブレットを滑る。
「スキル付与システム、起動。
被験体A-31──抽出工程開始」
低い振動音が広がる。
(澪……待ってろよ……)
その瞬間だった。
タブレットに、
赤い線
が走った。
ビリ、と空気が裂けるような錯覚。
白衣の男の指が止まり、目が揺れた。
「……赤? いや……待て……
この工程で赤は……前例がない」
自分に言い聞かせるような、震える声。
「F前提で赤なんて……どういう……ことだ……?」
赤い線は、脈打つように点滅し――
次の瞬間、霧が晴れるように消えた。
白衣は即座に別画面を開き、
震える指でログウィンドウを閉じ、
データを消していく。
「……はい、表示異常。
記録……消去。
――残っていません。問題なし。いいですね?」
その声は、俺ではなく
自分への祈りのようだった。
(……今、何を隠した?)
白衣は急に、無理やり作業を続ける。
「スキル判定──
Fランク【配送】。
用途不明、燃費最悪、管理局公式ゴミ分類。以上」
(……これか)
怒りでも焦りでもなく。
(安い)
命を賭けた成果としては、あまりに。
白衣は淡々と言い足す。
「……Fで赤なんて報告したら……
当研究室ごと処分ですよ。あなたも。
ですから表示異常。分かりますね?」
反論する間もなく、視界が揺れた。
暗闇が、深く沈んでいく。
最後に。
視界の端で――
もう一度だけ、赤い線が灯った。
微かに、確かに。
そして。
俺のゴミスキルは、
誰にも知られない場所で静かに――
目を覚ました。
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