悪魔の図書館 〜願いの代償〜
アグ
第1話 悪魔の図書館
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学校から歩いて数分の場所に広がる大きな公園。
遊歩道の両脇には深い茂みが立ち並び、日常の喧騒から遠ざかる。
その道を静かに進む者の前に、まるで約束をしていたかのように、古びた図書館が忽然と姿を現す――願いを抱く者だけに許された秘密の場所。
扉をくぐると、薄暗い光に照らされた館内で、一人の冷ややかな瞳の男と、静かに立つ女子高生が迎えた。
世界の常識から切り離された空間に、時間までもが柔らかく歪むようだった。
図書館の入口をくぐると、内部は静謐な円形の空間が広がっていた。
二階建ての本棚が円状に並び、どこを見ても無数の本が並ぶ光景は圧倒的で、息を呑む。
中央には願いを叶えるための本が置かれた祭壇のような台座があり、天井のステンドグラスから差し込む柔らかな光が館内を優しく照らしていた。
光と影が入り混じる空間は、時間の感覚さえもゆるやかに歪むかのようで、訪れた者を日常から切り離してしまう神秘的な場所だった。
本棚の傍らで、一人の女子高生が静かに本を開いていた。
高梨叶恵――茶色の長い髪を揺らし、眼鏡越しに柔らかな表情を浮かべる彼女は、どこか優しげで落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
数日前、この図書館で一人の男と出会って以来、叶恵はこの場所に引き寄せられるように通い詰めていた。
その出会いはほんの偶然のはずだったが、今では日常の一部として、秘密の図書館で過ごす時間が叶恵にとってかけがえのないものになりつつあった。
ふと館内の奥から、静かに歩み寄る足音が響く。
光に反射して淡い輪郭を描き、やがて一人の男の姿が現れた。
その男――悪魔――は、赤く艶やかな髪を肩まで垂らし、深い緑の瞳が光を映すたびに館内の空気を凍らせるようだった。
疲れも迷いもなく、ただ静かに叶恵を見据えている。冷徹で、計算された冷たさすら漂うその姿は、まるで館そのものが生み出した存在のようだった。
「今日も来たのか、高梨叶恵」
低く響く声に館内の空気が微かに震え、叶恵は少し息を整え、軽く頷く――この瞬間もまた、秘密の図書館でしか味わえない静寂と緊張に満ちていた。
叶恵は悪魔をチラリと見やり、少し笑みを浮かべて答えた。
「来なかったら困るのはあなたでしょ。」
その言葉に、悪魔の瞳が一瞬揺らいだかのように光る。
館内の静寂の中、二人だけの奇妙なやり取りが、秘密の図書館に柔らかな緊張感を生んでいた。
そんな、不思議な世界の静寂の中、今日も迷える者が現れる。
今回の訪問者は、傲慢そうな雰囲気を纏ったサラリーマンだった。
「なんだここは……俺は図書館に用なんて無いんだよ。早く戻らないと」
彼の声は怒気と苛立ちに満ちていたが、館内の空気に触れると自然と緊張に変わり、言葉の端々に微かに戸惑いが混じる。
悪魔は緑の瞳で静かに観察し、赤い髪を揺らしながら一歩近づく。
叶恵はその様子を横目で見つつ、本を手に立ち、静かに息を整える――これから始まる“願いと代償の物語”を、二人で見守るために。
男性は慌てて戻ろうとドアの前に立つが、扉はびくともせず開かなかった。
苛立った彼は緑の瞳をした悪魔に向かって一歩踏み出す。
「早く開けやがれ!」
その声には怒気が滲んでいた。
「そんなに急いでも、ダメですよ」
悪魔は柔らかく、しかし確固たる口調で答える。
「なんでだよ!」
男性の苛立ちはさらに募る。
「あなたは、何か望みがあったのでは?」
その問いに、男性の顔が一瞬硬直した。
「なんでそんなこと、お前に詮索されなきゃならないんだ!」
苛立ちは怒りに変わり、声も大きく震える。
叶恵は静かに二人の様子を見つめた。
男性の瞳に浮かぶ微かな揺らぎから、彼が口にはできない願いを抱えていることを察し、冷たい目線を向ける――この図書館で交わされる「願いと代償」の序章を、彼女は今、そっと見守っていた。
「ここで起きたことは、誰にも話せない。だからそんなに苛立つな」
悪魔は低く、静かな声で告げた。
続けて、少し冷ややかに口を開く。
「お前の望みは、私が叶えてやろう。もちろん代償は頂くが」
「代償って……なんだよ」
男は苛立ち混じりに問い返す。
「それは、お前の願いの大きさで変わる」
悪魔の言葉は、館内の静寂に鋭く響いた。
「どうやって叶えるんだ?」
「ここにある本たちが、望みを形にしてくれる。さあ、ここの前に来い」
悪魔は緑の瞳を男に向け、中央に置かれた祭壇のような本台まで静かに導く。
赤髪が揺れるたび、館内の空気はさらにひんやりと張り詰め、叶恵も静かにその様子を見守っていた。
叶恵も自然と中央の本台へ歩み寄った。
悪魔が指を鳴らすと、数冊の本が宙を舞い、中央に集まる。まるで意思を持っているかのように。
「随分と歪んだ願いだな。お前はそいつと、どうなりたいのだ?」
悪魔の声は冷たく、しかし静かに男の心を見透かす力を持っていた。
男は目を逸らし、言葉を詰まらせる。
悪魔は何も言っていないのに、すでに男の望みの本質を理解しているかのようだった。
「なんで……そんなことまで、分かるんだ」
苛立ちと戸惑いが入り混じった声が、館内の静寂に小さく響く。
叶恵はその様子を横目で見つめ、冷たい目線を送った――この図書館では、願いの歪みさえも見逃されることはないのだと。
「それは……本が教えてくれるからだ」
悪魔は静かに告げる。
「出来れば想いが通じたい」
男が小さく答えると、悪魔は数冊の中から薄めの一冊を手に取り、本台にそっと置いた。
すると、本は淡い光を放ち、自らページをパラパラとめくり始める。
館内の空気が微かに震え、光の粒が二人を包み込む――まるで本自体が願いを吸い上げ、形にしているかのようだった。
叶恵は静かに身を乗り出し、その光と悪魔の緑の瞳を交互に見つめる。
この瞬間、願いと代償の物語が、静かに、しかし確実に始まろうとしていた。
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