第26話 「溜め込まなくて良い……それって今からメイクラブってことですか!?」
今日も装備レンタルでパタを借り受け、昼食を挟みながら8時から18時まで、延々とスライムを討伐する。
慣れてしまえば奴からの体当たりを受けるなどという無様を晒すこともなくなり。
「なにより、このA区画は他の探索者が来ないってのがいいよな」
気が散ることも、邪魔をされることもなく。
淡々と作業をこなすには素晴らしい環境である。
「頑張れば1時間に100匹。1日で1000匹くらいはいけるかと思ったけど」
移動と湧き待ちの時間があるから、さすがに無理無理だった。
とはいえ、成果は昨日の三倍。
六百体以上狩ることが出来たので結果としては上々だろう。
「てことで中務さん!
今日も、ドロップアイテムの精査をお願いします!」
「お帰りなさい。怪我もなくご無事の帰還なによりです。
かしこまりました。ではさっそく二階のお部屋にまいりましょう」
二階――昨日も使った同じ部屋が空いていたみたいで、そこへ案内された。
もしかして他の人はあまり使ってない――そもそも『専属職員』という制度自体あまり使われてないのかもしれないな。
「といいますか中務さん、なんかこう……昨日よりお肌がきめ細かくなってません?
髪もサラサラで、天使の輪が三倍くらい輝いて見えるんですけど」
「ふふっ、柏木さんもそう思います?
昨日さっそく【入浴剤】を使ってみたんですけど、朝からお化粧のノリが凄く良かったんですよ」
「え、そんなハッキリと見て取れるほどの効果が出たんですか?」
スライム・ローション、意外と侮れないな……。
「そうなんですよ。
ですのでアレは管理局には卸さず、従姉妹経由で本家に回して贈答用に使おうかと思いまして。
しばらくはこちらでの買取額と同額になりますが、鷹司との卸値が決まり次第、差額をお渡しいたしますから楽しみにしておいてくださいね?」
毎日それなりの数が手に入りそうだから、別に500円で問題はないんだけど。
「……そうですね、その時は二人で折半しましょうか。
あ、そうだ。ちょっとお聞きしておきたいんですけど。
ダンジョン産のポーションって、こちらで下取りもしてるんですよね?」
本日の成果、63個のスライム・ローションを机の上に並べながらそう尋ねる。
「ポーション、ですか?
ええ、もちろん買い取りしておりますが……。
ただ、センニチダンジョンで入手できるのは五層以降の宝箱(トレジャー)か、十層のボス部屋からですよ?
一本あたり五万円とそれなりのお値段ですけど、スライムだけでこれだけ稼げる柏木さんにしてみれば、かかる手間に見合うものとも思えませんし」
五万円……ってことは、手とりは四万円か。
一型魔石が一個百円なら……魔石二百容量までなら商売になるかな?
頭の中でざっと計算、利益ラインを決めておく。
「ありがとうございます。もしかしたら明日、ポーションを持ち込むかもしれませんので。そのときはお願いしますね?」
「……わかりました。
何があっても驚かないよう、気を強く持っておきます」
「いや、どうして俺が何かやらかす前提なんですか」
普通に商品を持ち込む話をしただけだよね?
* * *
俺の目の前に広がる素敵な光景。
それは『赤(身)』と『白(上質な脂)』のエクスタシー。
もうね、最初の注文の仕方から意味がわからない。
焼き肉屋のメニューって普通『ロース』とか『バラ』とかじゃないですか?
なんだよ、『ザブトン』『カイノミ』『ブリスケ』って!
『シンタマ』なんて、女の子に注文させたらセクハラになっちゃうだろ!
……というわけで、テーブルの上に並んだお肉の圧倒的なルックス、店内に漂う香しい匂いでテンション爆上がり中の俺。
焼き肉ナウ!
繰り返す!
焼き肉っ……ナウっ!!
いやね? 納品も終わってお賃金も貰い。
今日もひとり寂しく、電車に揺られて帰ろうと思ってたんだよ。
そしたら中務さんから、
「私ももうすぐお仕事が終わる時間ですので、よろしければ一緒に晩御飯にしませんか?」
って誘われたんだよ。
綺麗なお姉さんとのディナーとか断る理由がないじゃん?
駐車場で彼女と待ち合わせ。
中務さんの匂いが充満した車に乗り込み、到着したのは『個室のある焼肉屋さん』。
「……さすがにこのランクのお店は俺の稼ぎでは厳しいんですけど」
「大丈夫です! お義姉ちゃん、こうみえてそれなりの高給取りですので!
まぁ貯蓄の多い理由は遊びに行く友達がいないので使い道が無いからなのですが!」
そんな寂しいことをテンション高く言うの止めろや……。
ということで、そこから始まる金髪美女との肉祭り。
もうこれただの酒池肉林だろ!?
もっとも、最初は楽しそうに食べていたお姉さんのグラスが一杯、そして二杯と進むにつれ、どんどんその目が座ったものになっていったんだけどさ
そこから彼女の愚痴が出るわ出るわ……。
これまでの人付き合い、そして職場での彼女の立ち位置に対する不平不満のオンパレード。
「うう……わらしらっれこれまでいろいろらんまっれいらんれすよ!?」
「いや、俺も中務さんも飲んでるのはほうじ茶ですよね?
それなのにどうしてそんなベロベロになってるんすか」
「なんとなく……雰囲気です」
間違いなく『氷属性ヒロイン』。
怜悧な雰囲気に反して案外お茶目なお姉さんである。
「辛いことがあるならいつでも聴きますので。
一人でいろいろと溜め込まないでくださいね?」
「溜め込まなくて良い……それって今からメイクラブってことですか!?」
「性欲の話はしてねぇよ……」
思ったよりはお安かったが、それでも俺の今日の稼ぎくらいは飛んでいきそうな金額の晩飯も終わり。
そのまま中務さんの車で家まで送って――いや、どうしてそんな遠回り?
なんかこう、ギラギラしたネオンの宿屋街とか通る必要無いよね?
あと、俺って中身は同年代だけど、見た目は15歳だからね?
もし俺の若いリピドーが爆発することにでもなれば、新聞に載るハメになるのは中務さんなんだけど……そのへんちゃんと考えてます?
熱を持った視線をこちらに向ける彼女に微笑み返しながら、無言のドライブ。
いや、むっちゃ気まずいわ!!
プクッと頬を膨らませ「……意気地なし」と小さい声で恨めしそうに呟く彼女に見送られながらアパートの階段を上る俺だった。
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