第3話

「ねえ、先輩?」


美紀ちゃん、私は傷心中なの。いい年して、いじけてるの。でもいじける権利は誰にだってあると思わない?


だって、誕生日なのに。久しぶりに会えると思ったのに。


「先輩、起きてくださいよぉ!」


ちょっと、美紀ちゃん。私、傷心中なんだから優しくしてよ。そうじゃないと、午後のお仕事手伝ってあげないから。パワハラって言われてもいいもん。先輩の権力振りかざすもん。


「せーんぱいってばぁ!」


痺れを切らしたのか、美紀ちゃんが私を強くゆする。手加減を知らないこの子は、先輩の私をバシバシと叩きだした。


「んもう! なによぉ」


「んもうってこっちのセリフですよ。ほら、愛しの彼が来てますよ」


「え!?」


「二階堂さん、今日も素敵ですね」


美紀ちゃんが指さした先、優雅に微笑む彼が立っていて、私の心臓はトクンと大きな音を立てた。


フロアの女の子たちがきゃあきゃあと黄色い声をあげていることなんてお構いなしで、私と目が合った彼は、こちらに向けて手を挙げる。


慌てて椅子から立ち上がり彼に駆け寄ると、その爽やかな顔に微笑みを湛えてもうお昼だけど「おはよう」と告げた。


「な、なっ、なん」


「すみれ、まだ昼休憩大丈夫でしょ?」


「え?」


「行こう」


私の手を引いて歩き出す翔くん。


私たちが付き合っているのは周知の事実だけど、こんな風にフロアから連れ出されると正直後が怖い。社内人気一、二を争うような翔くんがこんな風に行動すれば、やっぱり女性陣の私に対する風当たりは強くなるわけで……


「翔くん、手が」


「ん?」


「離して」


「やだ」


不安になって訴えてみても、返ってきたのは無邪気な笑顔と拒否の言葉。


「もう」


でも、私の唇から零れた声は全然嫌そうじゃなくて、自分でも笑っちゃった。なんだかんだで繋がれた手を見て嬉しくなるのは、私が翔くんのことを好きだから。

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