緋色に舞って

入江 涼子

第一話

 ある所に、あかつきと呼ばれる島国が存在した。


 ここは主上もとい、国王が天におわします火の神である火槌かづち大御神の系譜であると昔から伝わる。そのためか、暁の王族方や貴族達は強力な法術を扱う事ができた。

 当代の国王は名を扶揺ふようと言って女性だ。いわゆる女王だった。王配として大陸から、第二公子が婿入りしている。王子も三人生まれ、次代も安泰といえた。

 扶揺女王は長子にして、第一王太子の火耀(かよう)が成人したのを見計らい、譲位を考えるようになる。今日もそうだった。


「……火耀や、そなたに王位を継いでもらいたい。また、妃も娶るのだ」


「左様にございますね、陛下」


「火耀、わらわも年でのう。く、儀式を終わらせたいのじゃ。妃がねも考えておる故」


「はあ、相変わらずに根回しが早うございますな。母上」


「素が出ておるぞえ、火耀や」


 さり気なく、注意をされる。火耀は軽く咳払いをした。


「……陛下、妃がねはどなたが相応しいとお考えで?」


「そうじゃな、うち大臣おとどには姫がおったはず。名は緋流姫あかる、そなたよりは三つ程下じゃが。妃には申し分ないと思うぞえ」


「分かりました、内の大臣に打診をしてみます。色よい返事がもらえると良いのですが」


 扶揺女王は苦笑いしながら、頷いた。火耀は文に書く内容を思案しながらも立礼する。執務室を退出した。


 所変わり、こちらは内の大臣もとい、慮高明りょこうめいの屋敷だ。高明には正妻の霧女きりめがおり、大姫たる緋流や二の姫の壱与の二人をもうけている。緋流が二十歳、壱与も十七歳になっていた。


「あ、緋流!いるか?!」


「どうかなさいましたか?父上」


「おお、いたかの。ちょっと、そなたに話がある。来なさい」


 緋流は不思議に思いながら、手習いをしていた筆を傍らの箱に置く。居住まいを正し、立ち上がる。御簾の中からひさしの間に出た。御座の上に落ち着く。


「……すまんな、緋流。そなたにいきなりだが、縁談が来てのう」


「あら、そうなのですか?」


「うむ、お相手は今上様のご子息で王太子様だ。そなたを妃として迎えたいと仰せでな」


 緋流はそれを聞いて目を大きく、見開いた。二の句が継げない。あまりの事に驚きを隠せないでいた。


「儂は緋流を入内させたいとは思えんのだ、何せな。今上様は気性が大変に激しい方、その御子である王太子様もなかなかに苛烈な性根故。緋流が苦労するのは目に見えておる。それが心配でのう」


「父上、すみませぬ。私が早めにどなたかに嫁いでいたら、要らぬ気苦労をさせなくて済みましたのに」


「……緋流、詫びる必要はない。そなたはしばらく、北山のお祖母様の元におったからなあ」


 高明はそう笑いながら言った。実は緋流が幼い頃、五年程の間、母方の祖母がいる北山の別邸に預けられていた。そこで緋流は厳しく、神楽に関する舞や歌などを厳しく叩き込まれて育つ。緋流の母、霧女はかつてあるお社に仕える巫女だった。しかも、霧女は扶揺女王のいとこ、王族の血筋である。緋流から言う祖父が致仕ちしの大臣、祖母は扶揺女王の先代の国王の実妹で元王女だ。また、祖母は若い頃に斎王に選ばれ、数年は火槌大御神のお社に仕えていた。

 生まれつき、緋流は霊力があり、それを制御するために祖母の元で修行を重ねたのだ。


「緋流、王宮にそなたを遣るのは忍びない。せめて、母上やお祖母様にもしばらくは同行してもらえるように頼んでおく」


「ありがとうございます、父上」


 緋流が微笑むと高明は悲しげに笑った。しばらく、父娘で語らったのだった。


 あれから、一月の間は屋敷内は入内の支度で大わらわになる。母の霧女は緋流の衣装や女房の選出などを一手に引き受けてくれた。それでも、緋流も出来る範囲で手伝う。


「緋流、今日は入内の際に着る唐衣の刺繍をしましょう」


「はい、母上」


 霧女は器用に針を動かす。緋流も見様見真似で懸命に刺繍を施した。意外と、集中力を使う。

 しばらくして霧女は針を止めた。緋流は気づかずに続きに没頭する。


「……緋流、ちょっと休みましょうか」


「……母上?」


 静かに声を掛けられ、緋流は我に返る。針を止めた。母の顔を見上げる。


「緋流、入内したらしばらくはわたくしも一緒です。けれど、妹の壱与の事もありますから。長い間はいられません」


「そうですね」


「ええ、お祖母様にお願いをしてはおきました。いざとなれば、守ってくださいます。何かあったら、お祖母様に頼りなさい」


「……母上、私はお祖母様に頼らなくて良いようにします。気をつけます故」


「そうなさい、わたくしやお祖母様にも出来ない事はありますからね」


 霧女はそう言って、緋流の赤みがかった真っ直ぐな髪を撫ぜた。母のたおやかな手は温かくて少し、鼻の奥がつんとなったのだった。


 季節は霜月の下旬、緋流が入内する日になる。華やかな衣装を纏い、たくさんの女房達を引き連れて。緋流は後宮入りした。

 つつがなく、緋流は火耀王太子の正妃に据えられる。が、緋流は後宮に巣食う悪霊の影に神経を尖らせる日々を送る事になった。

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