ヒーロー異聞録 : アップルマン/五十嵐 二緒
Noah Nova
第1話
「こちらはDSAです。ご用件をお伺いします。」
「えっ…あ、その…少しお聞きしたいことがあるんですけど、
これが本当にDSAに言うべき話なのか自分でも分からなくて…その…」
「大丈夫ですよ。どうぞ、お話しください。」
「じゃあ…その…俺、スーパーヒーローの申請をしたいんです。
…できますか?」
「……」
「……」
「どうしてスーパーヒーローになりたいんですか?」
「それは…えっと…」
「正直で構いません。責任感でも、罪悪感でも、
あるいは名声やお金のためでも。
ただ、あなたの気持ちを知りたいだけです。」
「理由…ですか……俺はただ……」
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穏やかな昼下がり。
安いチェーンの牛丼店で、二十代前半ほどの若い男がひとり食事をしていた。
カジュアルなシャツにパンツという、ごく普通の格好。
ただ、彼は耳にイヤホンをつけ、誰かと通話しているようだった。
「この前ね、歯医者行ったんだけど、あれマジで死ぬほど怖かったんだって!
受刑台に寝かされてるのかと思ったし、子どもみたいにアニメ見て気をそらすしかなくてさ。
しかもこの数日、柔らかいものしか食べられなくて…ほんと最悪~!」
明るく元気な女性の声がイヤホン越しに聞こえる。
「お、おう…大丈夫?めっちゃ痛そうだけど。」
「今は平気だよ。
五十嵐くん、今ご飯中?何食べてるの?」
「ん…別に大したもんじゃないよ。カレー牛丼。特盛。」
「ちょっと待って。それが“大したもんじゃない”?
今の私にはミシュラン級なんだけど?
なに、自慢?殴るよ?」
「い、いや、そんなつもりじゃ…ははは…」
「冗談だって。
でさ、五十嵐くん…最近はどう?元気にやってる?」
「まぁ…そこそこかな。春野さんたちは?」
「私たちも相変わらずだよ。
五十嵐くんがここを離れて、もう何ヶ月も経つね。
もちろん全部あなたの自由だし、無理に聞くつもりもないけど…
やっぱり、今何してるのか…教えてくれないのかな?」
「お、俺…別に隠してるんじゃなくて…その…」
春野のほんの少し寂しそうな声音に、五十嵐は慌てて言葉を濁す。
「いいよ、言いたくないなら言わなくて。
でもね、また今度みんなで会おうよ。
久我さんとか他のみんなも呼んでさ。ね?」
「うん…分かった…じゃあ、また日を──」
その瞬間、通話がぷつりと途切れた。
同時にスマホへ緊急通知が表示される。
「……市内で複数の超人類テロリストが突然現れ、無差別な破壊行為を行っています。至急、現場に向かって支援してください……」
五十嵐がその通知の内容にまだ戸惑いを覚えていたそのとき、ふいに外の通りのほうから、何か異常な気配や物音が伝わってくるのを彼自身も感じた。
「悪い、俺、行かないと……」
もう電話の向こうには誰もいないと分かっていながら、五十嵐は反射的にそう小さく呟いた。
そのまま丼に残っていたご飯を一気に口へかき込み、足早に店を後にする。外の通りに出ると、五十嵐は通知に示された方角へ向かって歩き出した。
その途中、ちょうど人気のない細い路地の前を通りかかる。五十嵐はその中へ入り、周囲に人影がないことを確認すると、身につけていた――一つのリンゴを取り出した。
だが、それは普通のリンゴではない。金色に輝くリンゴだった。五十嵐は癖のようにシャツの裾でその表面を軽く拭うと、そのままかじりついた。
その瞬間、リンゴはまるで眩しい宝石のように金色の光を放ち、いくつもの破片へと砕け散る。
続けて、その破片は一つ残らず五十嵐の体へと飛び、光を放ちながら、まるでナノマシンのように彼の全身で再構成されていった。
新たな姿へと変わった五十嵐は、人の流れとは逆方向へと足を向け、目的地へと進んでいく。
ある街区では、数人の超人類が無差別に破壊と攻撃を続けていた。ひび割れた路面、崩れた建物、落下した瓦礫や看板、そして煙を上げて燃える車。人々は恐怖のあまり四方へ逃げ惑い、この危険な一帯から必死に離れようとしていた。
そのとき、敵の一人が燃えている車を高く投げ上げた。だが逃げるのに必死な人々はそれに気づかなかった。気づいたとしても、もう避けるには遅い。車は今にも落ちてきそうで、通行人たちは恐怖で足がすくみ、その場にしゃがみ込み、頭を抱えて目をつぶり叫ぶしかできなかった。
しかし、意外なことに、その車は彼らの上に落ちてくることはなかった。
「ヘイ! もう大丈夫だ! 目、開けて!」
そう呼びかける声がして、彼らはおそるおそる目を開けた。そこには、全身を黒を基調とした特製スーツに包まれ、体の各所に金色のライン、そして胸元にはひときわ目立つ金色のリンゴのマークをつけた人物が立っていた。
彼は、今まさに落ちてくるはずだった車を、両手だけで何事もないかのように支えていた。
「うおっ、熱っ……。いいか、あんたたちは今すぐここから離れたほうがいい。分かった?」
通行人たちはようやく我に返り、慌ててその場を離れた。
「お前は……?」
正体を考えかけていた数人の通行人をよそに、男は先に勢いよく体をひねり、手にしていた車をそのまま力任せに投げつけた。車は一直線に飛び、敵の一人に激しく命中し、そのまま叩き倒した。
「えっ、ちょっと待って! あんた、あのアップルマンだ! 知ってるぞ!」
別の場所では、数人の通行人がその男の正体に気づいたようだ。しかし彼らは、自分たちの頭上から巨大な看板が落ちてくることにまったく気づいていなかった。
男はそれに気づくとすぐに両手に力を込め、金色の糸を数本伸ばして通行人たちのほうへと放った。そのまま彼らを一気に引き寄せて避難させると、看板は彼らのすぐ背後に激しく落下した。
「ありがとな! でも、お前ら、本当に早くここから離れたほうがいい。」
「すげぇ……。生でアップルファイバー見るの初めてだ……。」
「でも、ヒーローの中で人気最下位って聞いたことあるけど……。」
彼らはそう言いながらその場を離れていった。
「……え、マジで? 最下位? 俺?」
アップルマンにもその会話は聞こえていたようだ。
「……よし。じゃあ、ここで暴れてるのはお前らだな?」
残った敵たちは能力も精神も不安定で、まるで暴走した獣のようだった。全員が一斉にアップルマンへ向かって突進する。
アップルマンは慌てず、まず近くの車を足で強く蹴り飛ばし、その勢いで敵の一人を後方へ吹き飛ばした。
続けて彼は駆け寄り、車を踏み台に高く跳び上がると敵の顔面へ拳を叩き込む。さらに相手の体をつかんで車体へ叩きつけ、膝蹴りを一発入れて倒した。
他の敵も次々に襲いかかる。一人はめちゃくちゃに拳を振り下ろしたが、アップルマンはそれを正面から受け止め、もう片方の手で肩と首元へ手刀を叩き込み大きなダメージを与えた。さらに拳を強く打ち込み、敵が狂ったように突っ込んできた動きを身をひねってかわし、反対側の腕で強烈なフックを入れて横へ吹き飛ばした。
そのとき、横から突然別の敵が飛び出してきた。そいつはなんと信号機をまるでバットのように振りかぶり、アップルマンへ叩きつけてきた。
アップルマンの防御は一瞬遅れ、勢いよく横へ弾き飛ばされてしまった。
「いって……!」
敵はさらに信号機を振り上げ、連続で攻撃を仕掛けてくる。
アップルマンはすぐに起き上がり、両手から金色のアップルファイバーを生み出して信号機を受け止めた。アップルファイバーは衝撃に耐え、切れることなく踏みとどまった。
アップルマンはそのままアップルファイバーを素早く信号機に巻きつけ、体をひねって勢いよく振り回す。信号機は持っていた敵ごと宙に舞い、地面へ激しく叩きつけられた。
アップルマンは落ちていた信号機を奪い取り、倒れかけた敵に蹴りを一発入れたあと、その信号機で強く叩きつけ、完全に戦闘不能にした。
これでこの一帯の敵はすべて倒れた。
「……よし!」
アップルマンは誰も見ていないのに、癖のように勝利のガッツポーズを取った。もちろん歓声など上がらず、周囲には破壊の跡だけが残っていた。彼は軽く肩をすくめ、倒した敵たちの手足をアップルファイバーで縛りながら、鼻歌まじりに後処理を進めていった。
しばらくして警察やDSAが到着すると、アップルマンは簡単に状況を引き継ぎ、そのまま現場を離れた。
人気のない場所まで戻ると、彼の体を包んでいた光が収まり、元の姿へ戻った。さっきまでの堂々とした戦闘の気配は跡形もなく、今の彼はごく普通の人と変わらない。
携帯を取り出し、届いていた通知を確認した。
「春野さんからだ……。『五十嵐君、ごめんね。さっき急に電話切れちゃったみたいで。それで続きなんだけど──』……返信は後でいいか。」
そう呟きながら、アップルマン――いや、五十嵐は、人混みに紛れて電車へ乗り込み、その場を後にした。
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海に面した港区の小さな漁港では、岸辺で多くの漁師たちがのんびりと雑談していた。
そのとき、一隻の小さな釣り船がゆっくりと港へ入ってきた。まだ岸まで数メートルはあるというのに、船にいた男が突然、甲板から勢いよく跳び上がり、そのまま陸へと着地した。着地の衝撃で、船体が大きく揺れるほどだった。
男は無精ひげにサングラス、少しだらしない格好をした、大柄で粗野な雰囲気の男だった。まるで長く海の上で過ごしてきた釣り人のように見える。
だが周囲の漁師たちが目を奪われたのは、その外見だけではなかった。
「おい、見ろよ!」
「あれ……竿か? なんだあの形……」
ざわつくのも無理はない。男が担いでいるのは、巨大で奇妙な形をした釣り竿だった。まるで大太刀のように片手で担ぎ、肩に引っかけるほどのサイズ。特に針の部分は、まるで何でも引っかけて釣り上げられそうな異様な形をしていた。
男は周囲を一度ざっと見渡すと、ゆっくり漁師たちのほうへ近づいた。漁師たちは、その圧のある雰囲気に押され、誰も軽率に動けなかった。
男は無言のまま、漁師たちのテーブルに置かれていたコップを取り上げ、中身の水を一気に飲み干した。
それから大きく息を吐き、今度はそこにあった刺身をそのまま手づかみで口に放り込んだ。
「お、おい! 何してんだよ! あんた誰だ!?」
一人が声を上げたが、男はちらりとそちらを見るだけで、その視線だけで相手を黙らせた。
しばらくして、男はようやく口を開いた。
「……ここは……どこだ?」
突然の意味不明な質問に、漁師たちは顔を見合わせるしかなかった。
そのとき、ちょうど近くのラジオから番組の音が流れてきた。
「……今朝、アップルマンらが都市部での騒動を鎮圧し──現在……」
男は首を少しかしげながら、その言葉に反応した。
「……アップル……マン……?」
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