The Siam
YENYEN
第1話 明治元年(一八六八)
――武士の時代は、終わりを迎えていた。
明治元年(一八六八)。
二百六十年続いた幕府は倒れ、戊辰戦争が始まる。
旧幕府側と新政府軍が日本列島を裂き、
鳥羽・伏見、会津、北越、箱館……
国中を血で濡らした戦が続いた。
その終盤、
会津藩は新政府に徹底抗戦し、
薩摩や長州を主力とする政府軍に追い詰められ、
ついに降伏。
剣を握って生きてきた武士の多くは、これを境に**“武士という職業そのもの”**を失った。
やがて明治政府は廃藩置県を断行し、武士たちの俸禄は廃止される。
士族の不満は全国に渦巻き、
その末に起きたのが西南戦争(一八七七)である。
最後の武士たちが立ち上がったが、
それも近代兵器を持つ新政府軍に敗れ去った。
こうして日本から「侍」は消えた。
だが――
職も家も失った武士たちは、
ただ消えたわけではなかった。
刀を捨てられぬ者、
行き場をなくした者、
戦場にすべてを置いてきた者たちの中には、
**“海を渡る”**という選択をした者がいた。
当時の東南アジア――
シャム(現在のタイ)、マラッカ、バタヴィア、シンガポール。
欧米列強の影響下にあり、
治安維持や貿易の利権を求め、
“腕の立つ外国人傭兵”が求められていた。
記録には断片的に、こう残る。
「日本刀を操る者、数名、シャムへ流入」
「転業した侍、各地の商会に身を寄す」
「腕利きの剣客、行方知れず」
それが誰で、何をしたのか。
ほとんど分からない。
だが、確かに“いた”ことだけは残されている。
――そして、ある武士もその一人であった。
名を、津田右衛門(つだうえもん)。
戦に敗れ、家族を失い、
時代から取り残された一人の剣士。
行く宛のない男は、
静かに、ある南への船へと乗りこんだ。
そして、この先で起きる出来事を、まだ誰も知らなかったし、のちにも日本人が南の国に渡り人斬りとして暗躍していた記録は、少ない…
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