第20話 井口正と倉岡奏-2

「おい、何してんだよ。」

 近くの橋の下にある河川敷がいつもの喧嘩の場所だった。広さはあるが、影になり、人通りも少ない。万が一出血しても、洗い流す水はこれでもかとある。喧嘩をするにはうってつけの場所である。

 例のごとく、“明らかに不良”という輩が屯っていた。

 その中心、河川敷の柱に結衣がロープでつながれていた。

「お兄ちゃんっ!」

 拘束されている為、動けないが、とりあえず無事が確認でき胸をなでおろす。

「お前ら、妹に手ぇ出して。ただで済むと思うんじゃねーぞ。」

「ご足労なこった。昨日のお礼参りってやつだよ。」

 頭なのか、ある一人が金属バット片手に応える。少し目を向けると、確かに昨日の奴も混じっているようだ。片腕には包帯でぐるぐる巻きになっている。

「余所見とは、大した自信じゃねーか。」

 先程の奴が、バットで襲い掛かる。倉岡は一歩引き、カウンターを放ろうとしたが、

「お兄ちゃんっ!」

 自信を心配する声ではなく、親が子供に注意をするような声である。

(おいおい、心配するところが違うだろう…)

 絶好のチャンスも拳を戻す。

「どういうつもりだ、コラ。」

「喧嘩は辞めたんだ。」

「はあ?」

「だから、喧嘩は辞めたんだって。俺は結衣を返してくれれば良いんだって、な?」

 倉岡は気づいていないが、完全に煽っているようにしか聞こえない。

「お前ら、全員で行くぞ。」

 そこからは酷かった。倉岡は確かに喧嘩慣れしているし、強い。

 だが、多勢に無勢。倉岡は避けることに集中する。拳や蹴りが入る度、傷が増える。バットを受け止める度、筋肉や骨にダメージが蓄積される。それでもこれまで致命傷を免れてきたのは、倉岡の野生の勘ってやつなのだろう。

 しかし、それも終わりが近い。もう陽も落ちかけている。

「終わったな…。」

 腕はもう力が入らない。足も立っているのがやっとだ。

「じゃあな。」

 バットが目の前で高く掲げられた。夕日が反射し、眩しさで目を閉じる。もう受け止めることも、避けることもできない。倉岡は密かに瞼を閉じた。

 が、衝撃が来ることはなかった。代わりと言っては何なのだが、

「ちょ、止まってー。止まってー。」

 この場には似合わない悲鳴のような叫び声と共に、自転車がものすごいスピードで目の前の不良に衝突したのだ。

「あー、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 ゆっくりと倉岡が目を開けると、井口があたふたしている。その近くにはノビてる相手一人。

「いやいやいや。お前何してる?」

「こいつ、倉岡の知り合いか。」

 標的が倉岡から井口に移った。井口を害そうと、近づいてくるが、笛の音が鳴り響く。

「おい警察だ、お前達何してる!?」

 更にどこからか大きな声が聞こえる。

「まずい。」

 姿は見えないが、この場に居てはいけないと不良集団がその場を去る。勿論、ノビていた男も仲間に連れていかれた。


 その後、柱から結衣を開放し、自転車を押してもらう。そして、井口は倉岡に肩を貸し、その場を離れる。体格差があるものの、妹では不可能なので、井口が頑張った。

 何とか警察が来る前に移動ができた。移動先は河川敷近くの病院。倉岡家のかかりつけの病院らしい。片倉外科・整形外科と書かれた看板の下を通る。この病院の先生も昔ヤンチャをしていたようで、今ヤンチャをしている倉岡家に対して親近感が湧いているらしく、少し融通が利くらしい。営業時間外だったが、何度かノックすると先生が出てきた。

 ごつい体の壮年男性だった。先生は突如現れた3人を一通り眺めると、

「入れ。」

 と一言。

 井口と結衣は簡単な処置をし、倉岡については精密検査を行う。

「恐らく大丈夫だろうが、頭を打っているからな。念のため、今日は泊っていけ。家には…まあ俺から連絡しとく。」

 とのこと。

「よろしくお願いします。」

 と井口はお礼を言い、帰ろうとすると、

「お前もだよ。」

 と引き留められる。

「お前たちは命がけで大事なもんを守ろうとした。だったらその日、1日くらいは一緒にいて、最後まで責任を持て。漢ってのはそういうもんだ。」

「あっ、はい。」

 強く言われるとNOとは言えない井口であった。そして医者はハードボイルドだった。


 自宅の連絡先を伝え、連絡をしてもらう。先生はやり手のようで、すぐに親から了承を得た。

 先生は

「何かと必要なもんもあるだろう。」

 と飯やら何やらを買いに行った。結衣は自宅へ帰った。着替えなどを取りに行くらしい。

「で、倉岡君はどうする?」

 と寝たフリをしていた倉岡に話しかける。

「何だ。バレてたか。」

 静かに目を開ける。

「おま、井口。なぜ俺を助けた?」

 最初の質問がそれだった。

「俺は井口に酷いことをしてきた。助ける必要もないだろ?何かあっても自業自得ってやつだ。」

「やっぱり覚えてないか…。」

 少しがっくり着た様子の井口。

「実は高校に入る前に倉岡君とは会ったことがあるんだよ。」

「えっ?」

「小学校に入ったばかりの時。その時にも僕虐められてたんだ。友達もいなくて、助けも呼べなかった。その時、倉岡君が助けてくれたんだよ。そのすぐ後に、引っ越しすることになったけど、すごく嬉しかったんだ。」

 そこまで聞いて倉岡も思い出した。

 確かに小学校の頃、お山の大将気取りたくて陰気な奴に「舎弟になれや」って言って回ったことがあった。唯一、一人だけ懐いて後ろを歩いていた。すぐにいなくなったので、今の今まで忘れていた。

「でも、そんな昔の事…。」

「いつかは関係ないよ。僕はその時救われたんだ。だから今回はお返し。だって、親分のピンチに駆けつけるのが、舎弟でしょ。」

(馬鹿野郎。逆だろ普通。)

「井口。」

 倉岡が身体を起こし、姿勢を正す。井口が制止しようとするが、拒否する。

「本当にありがとう。お陰でまだ生きていける。結衣の近くにいて支えられる。」

「やめてよ。倉岡君。」

「「ハハハハハ。」」

 照れるように井口が笑う。つられて倉岡も笑う。

「えー何?何か面白い事あったの?」

 結衣が帰って来たようで、手に服などを持っている。

「「なんでもないよ。」」

「えー、嘘だー。」

 笑い合って、その夜は更けていった。



※このエピソードでのミッション達成者

・井口正―異能『選択肢が見える』、ミッション『選択肢から選択する』、報酬『虐めからの解放』

・倉岡正―異能『恐怖が伝播する』、ミッション『自身の感情に従う』、報酬『本当に守りたいものに気付く』 

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