第17話 文化祭-4
前日までの盛り上がりこそないが、空席はほぼ無いくらいには繁盛していた。
華美な対応は無いものの、機械的になりすぎない程度に礼儀正しい接客だった。特別なことがあるとすれば、
「お待たせいたしました。ご主人様。特製オレンジジュースでございます。」
「えっ、頼んでないけど。」
「失礼しました。」
注文ミスをした高橋に対し、すぐさま大瀬良がフォローに入る。
「失礼いたしました。本日は年に1度の賑わいを見せるお祭りでございます。人も多く、お嬢様もややお疲れのご様子。メイドもいらぬ気を回しすぎたようでございます。ご不快でございましたら取り下げますが、私共のサービスですので、僅かでもお嬢様の癒しのご活用いただければと存じます。」
高橋のせいにせず、誰も傷つけない解決策を提示する。正直、他の席に持っていく訳にもいかず、破棄をするくらいなら、無料にしても顧客満足度を向上させる方が有効な使い方であるだろう。
「な、なら良いわよ。」
「痛み入ります。私からメイドにはしっかり言い聞かせますので、お嬢様は引き続き、お寛ぎくださいませ。失礼します。」
「失礼します。」
場を丸く収めることに成功する。そのまま、周囲から見えない別教室へ避難をする。
「助かったわ。ありがとう。」
「いいや、これも仕事さ。」
珍しく落ち込んでいる高橋に慰めの言葉をかける。
「…にしても、よくあんなスラスラと適当言えるわね。」
「切り替え早っ。」
急に偉そうになる話しぶりも高橋らしいなと、場が落ち着くまで談笑するのだった。
高橋も仕事に戻り、もう終わりに近づいて来た頃。
大きな荷物を持った5人組のご主人様が現れた。今回の担当は日高由衣である。
「いらっしゃいませ。ご主人様。」
「へー、昨日SNSで可愛い子いたから来たけど、今日はその子いないみたいだな。あっ勿論、君も可愛いよ。」
「恐れ入ります。」
「つーか、この子はいないの?」
「本日は暇を頂いております。」
「そうなの?じゃあ、どうしよっかなー。まあ、君でいいや。」
「では、席に案内いたします。」
面倒な話を見事に受け流す。言葉遣いが様になっている。
「ねえねえ、連絡先教えてよ。」
「個人情報は開示しておりません。」
「ここらへんでよくライブしてるんだよね。今度見に来てよ。」
「メイドは本日、この部屋限りでございます。」
「っていうかさー。この後空いてる?よければ一緒に遊びに行かない?勿論、昨日この子も呼んで良いからさ。」
「空いてません。」
日高は笑顔を崩さないが、その笑顔にも青筋がはっきりと見えている。
「ねー、そんな連れないこと言わないでさ。」
一人が日高に手を伸ばす。しかし、その手を妨害する者が現れる。
「大瀬良君。」
「ご主人様。お引き取りを。」
「はあ?」
「お引き取りを。」
「離せよ。」
「お引き取りを。」
「俺は話しているだけだろ。放ってけよ。」
「お引き取りを。」
「話にならん。邪魔するな。」
余りにも淡々と退出を求める大瀬良に怒りを露わにし、拳を振り上げる。大瀬良も「一発殴られれば、帰るだろう。」と覚悟を決める。
「さすがにやりすぎでしょ。」
本田が拳を受け止める。そして、徐々に力を加えていくと、男の顔が苦痛に歪む。
「くっ。」
崩れるように席から床に崩れ落ちる。
「お前らそんなことして許されると思ってるのか?」
崩れ落ちた男の仲間が叫ぶ。
「ご主人様。バンドしてるんですよね?宜しければ軽く引いてくれませんか?」
大きな荷物に目を向け、相川が依頼する。依頼という体を成しているが、言葉に圧がある。
「ふざけるな。」
「逃げるんですか?」
「は?」
「逃げるんですか?と申しました。これだけの騒ぎを起こしたのです。さぞかし腕に自信があるのでしょう?是非、後学の為にも、聞かせてもらえませんか?」
周囲を見渡すと、クラスの生徒のみならず、客や見物をしに来た人など多くの人が冷ややかな目を向けている。
「い、良いだろう。」
場の空気に耐えられず、ギターの持ち主であろう人物が準備をする。
1分程、ギターのソロパートを弾いたが、その結果は思うようなものではなかった。
「はあ…。」
相川はこれ見よがしに溜息をついて見せる。
「その程度?」
「だ、だったらお前が弾いてみろよ。」
正に売り言葉に買い言葉。ギターを押しつけるように、相川へ渡す。周囲から見たら、高校生相手に大の大人が躍起なっている時点で男たちの負けだろう。
その言葉を聞いた瞬間、男達にバレないように相川は笑った。
「では、僭越ながら。」
ギターを受け取り、構える。
「お耳汚しではございますが。お聞きください。」
そこからは圧巻のステージだった。その場にいた全員が目を離せなかった。皆が鼓膜を脳を心を震わせた。
どちらが優れたパフォーマンスであったかは火を見るより明らかだった。
「せめてこのくらいはできるようになってから偉そうな口を叩いてくださいね。」
ギターを持ち主に戻す。にっこりと笑顔付きで。怒りで顔を真っ赤にした彼らに追い打ちをかけるようにある人物が怒鳴り声を上げる。
「お前達何をしてるんだ。」
「「「オ、オーナー。」」」
「お前達には目をかけてやっていたが、裏でこんな事をするなら考えなければならん。」
「そんな…。」
「それより、やらなきゃいかん事があるだろ。」
オーナーと呼ばれた彼は、恐らく5人の上司、もしくは関係者だろう。5人ははっとした顔をして、日高や周囲の人物に土下座する。
「「「この度は大変申し訳ございませんでした。」」」
「よし、もう行きな。そして、2度とこの学校に近づくな。」
オーナーがそう言うと、5人は逃げるように立ち去って行った。
「っと、こんなもんよ。」
鼻高々な雪乃。先ほどのオーナーは雪乃が“5人がこの事態を1番バレたくない人”に自己のプロフィールを改竄した姿だったのだ。
いくら口が回ろうと、いくら力が強かろうと、反抗してくる人はいる。そんな人でも、敵対したくない人は必ずいるものだ。だからこその2年1組の最終秘密兵器―雪乃陽葵であった。
万事上手くいき、文化祭は幕を閉じた。
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