第4話 さようなら、エルフ
東の大森林、エルドガの森は、多数の魔物や魔獣が潜めく危険地帯だ。
まともに森を抜けようとすれば、慣れたものでも一週間は必要とする。
エルドガの森は、貴族と貴族の領地を遮るように南北へ伸びていて、ある意味では天然の壁として機能していた。
孝太はそこを目指して車を走らせていた。
「もうすぐ森が見えるのか?」
「ええ。ここはもう領地の端に近いはずよ」
「おねえちゃん、だれのりょうちだぞ?」
「えーと……たしか、プディング•アマーシ侯爵だったかしら」
「美味しそうすぎて草」
孝太たちの走っている場所は、侯爵の領地。
森の近くには、境界を警備するための私兵が巡回をしている。
「パパ、あのひとたちもひくの?」
「あれはダメだ。お尋ねものになっちまう」
「そもそも、この乗り物では森を走れないわ」
「たしかに。木を薙ぎ倒すしかないな」
「……できれば、やめてほしいわ」
「……冗談だよ。冗談」
「目がわらってないぞ!」
「おいおい。それが男の余裕ってやつだぜ」
「……どのみち、北へ迂回しないと」
エルフの隠れ家は北側の鬱蒼とした森にあるとシルフィアは説明した。
北上すれば荒野があり、その切れ目あたりに入口があると続ける。
「ほほー。じゃあ、左折だな」
正面に森を見据えていた功太は、ハンドルを切り左へ曲がった。
その拍子に、私兵が近づいてくる軽バンに気付き大声を出した。
「魔物だーー! 魔物がいるぞーー!」
すると近くにいた十数人が集まり、孝太の車へ弓を構える。
くわえて、魔法陣らしきものが中空に浮かんだ。
「撃て撃てーーっ!」
次々に飛来する矢と、燃え盛る炎の球。
しかし、軽バンはそれを弾き、悠々と私兵を置き去りにした。
「無敵とわかってても、多少ドキドキするわね」
シルフィアは後ろを確認し、追っ手がいないことに安堵する。
「こういうドキドキが恋を加速させるんだぜ」
「ルミ、しってる! つりびとこうかだぞ!」
「フィーッシュ! なんでやねん」
この親子はどこまでも呑気だな、とシルフィアは呆れたようにため息をついた。
半日ほど走ると、軽バンは荒野と森の境目まで到着する。
孝太は森のすぐそばに車を停め、ドアを開けた。
「到着です。お姫様」
「なっ……なぜ私がエルフの姫だと知っているの?」
「あ、そうなんだ。適当に言っただけなのに」
自ら墓穴を掘ったシルフィアは、咳払いをして車を降りた。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「ルミ、ちょっとさびしいぞ!」
二人は森へ向かうシルフィアを見送る。
「ねえ、コウタ」
「ん?」
森の入口で立ち止まり、シルフィアは振り返った。
そして、少し寂しそうな顔をしながら、孝太をエルフの隠れ家へ誘う。
「一緒にこない?」
「んー……」
「迷い人のあなたは、このさき苦労するかもしれない。けど、私たちなら帰る手段が見つかるまで近くにいれるわよ」
エルフは長寿の生き物だ。千年以上を生きるとも言われている。
それだけの時間があれば、確かに帰る方法は見つかるかもしれない。
しかし、孝太は首を左右に振った。
「やめとく。もしかしたら、見つかるかもしれないし」
「帰る方法?」
「それも、だ」
孝太は優しくルミの頭を撫で、目を細めて呟いた。
その顔は何かを追い求めているようで、シルフィアはそれ以上の言葉を呑み込んだ。
「……なら、またどこかで会いましょう」
「ああ。そうしよう。行くぞ、ルミ」
「うん!」
二人は軽バンに乗り込み、緩やかに走り出した。
ルミはシルフィアの姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けていた。
「……森の精霊よ。彼らに良い旅を」
シルフィアは森へ歩きだす。
二人の探しものが見つかるようにと、心の奥底で願いながら。
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