無敵の移動販売車で行く、ゆるふわ異世界親子旅 〜あ、どうも。コーヒー屋です〜
タカべ
第1話 トンネルを抜けたら、そこは異世界でした。
刃と刃がぶつかり合う甲高い音が、大地に響き渡った。
英雄カルロスと英雄アバルト──互いに「国最強」と呼ばれるふたりが、草原のど真ん中で激しく剣を交わしている。
火花が散り、地面が抉れ、風が震える。
緊張感と殺気に満ちた死闘だった。
「おー、すげーなぁ」
「かっこいいぞ!」
……そんな光景を、少し離れた場所に停められた白い軽バンの中から、のんきに眺めている親子がいた。
父・
そして助手席で飴玉を舐めている娘・ルミ。
その時、激しい一撃を受けたアバルトが吹き飛び、ガラガラと転がって軽バンの目の前まで転がってきた。
「ぐうっ! くそっ……!」
アバルトはふらふらと立ち上がる。
孝太とルミは窓から身を乗り出して声をかけた。
「がんばれー」
「がんばるんだぞ!」
「おう! ありが……え?」
振り返ったアバルトは目を疑った。
妙な鉄の箱。そして中に座る親子。
そこへカルロスが駆け寄り、剣を構えながら怒鳴った。
「どうした! 怖気付いたか!!」
「いや、カルロス。待ってくれ」
「何を──って……なんだ、この奇妙な箱は!」
英雄の戦いは中断され、二人の視線が軽バンに注がれる。
そんな空気をまるで気にしない孝太は、ちょうど淹れ終えたコーヒーを二つ掲げた。
「あー……どもども。コーヒー屋っす。コーヒーいります?」
カルロスとアバルトは顔を見合わせ──声を揃えた。
『いらんわーーっ!!』
「デスヨネ〜」
孝太は肩をすくめ、コーヒーをすする。
――そもそも、どうしてこんな場所に、こんな状況に不釣り合いな親子がいるのか。
話は、数日前へとさかのぼる。
♢♦︎♢♦︎
真杉孝太は、その日は珍しく仕事の予定がなかった。
朝から寝癖で爆発していた栗色の髪を整え、お気に入りのワイシャツとジーンズを着た。
「ふーむ。我ながらイケメンだな」
鏡に向かって格好をつけ、気取ってみせる。
それをジト目で見つめていた小さな少女は、母親にもらった赤いカチューシャを手にしていた。
「パパ、ルミもー」
「ああ、悪い。ほら、ソファーに座れ」
自身と同じ髪色のロングヘアーをとかしながら、
今日はどうしようかと考える。
「なあ、遊園地でも行くか?」
「んー……ルミね、どらいぶしたいぞ!」
「オッケー。じゃあ、適当に遊ぶか」
二人は手早く準備を整え、仕事用の軽バンへ乗り込んだ。
車は移動販売車らしく、大きなステッカーで「くつろぎ珈琲」と店名がアピールされている。
マンションを出発してから高速へ乗り、一時間ほど走って適当な場所で下道へおりた。
「で、どこいきたいの?」
「パパ、ルミはうちゅうにいきたいぞ」
「そりゃすげえ。未来の宇宙飛行士様か」
「んとね、アイスたべたいぞ」
「りょーかい」
孝太は隣で楽しそうなルミの要望に応えるべく、車を走らせる。
見知らぬ土地だが、コンビニのひとつくらいあるだろう、と適当に走っていた。
「お、トンネルか」
「トンネルは、いきをとめるんだぞ」
「じゃあ、勝負するか。せーの!」
「むっ」
孝太とルミは大きく息を吸い込み、トンネルへ突入する。
しばらくすると、限界が訪れたルミは手足を苦しそうに動かした。
「むむむむっ!!」
「むむむむむむー(むりすんなよー)」
「ぶはあっ!!」
「はい、俺の勝ちー」
「もういっかいだぞ!」
「トンネルはもう終わっちまうよ。ほら」
トンネルの出口が近づき、孝太は指をさして笑った。
「……へ?」
しかし、トンネルを抜けた直後、その笑顔は硬直してしまう。
「うわあ! そうげんだぞ!」
「草原……だな」
反射的にブレーキを踏み、車を止めて降りた二人は、見渡す限りの大草原に圧倒された。
青々とした草花を、風がほのかに揺らして通り過ぎる。
空気は澄み渡り、肺の奥が洗浄されていくようだった。
「……どこだここ?」
孝太はスマホを取り出し、ナビを起動させようとした。
しかし、電波がない。
「マジかー。そういう系のやつかー」
「パパ、どうしたんだぞ?」
「どうやらな、俺たちは知らない世界に来ちまったらしい」
「しらないせかい?」
「宇宙みたいなもんだ」
「ほえぇぇっ」
「おい、ルミ。車に乗れ。ヤバそうなのがいる」
「え、うん」
孝太は遠くからこちらをみている視線に気がついた。
森の木々より大きな体、赤黒い鱗、巨大な翼。
それは漫画やゲームでしか見かけないものだった。
「ドラゴンがいるとか。笑えてくる」
「パパ、あっち! あっちにいくぞ!」
「うし。逃げるか」
ルミがドラゴンと反対方向を指さし、それを合図に孝太はエンジンをかけた。
『グルアァァァァッーー』
遠くでドラゴンが吠えかと思えば、おそろしいスピードで追いかけてきた。
「ヤバすぎて笑えるな」
「パパ、ドリフトでにげればいいんだぞ」
「できるか。どこで覚えたそんな言葉」
「お豆腐屋さんのはいたつだぞ」
「それイニーーーー」
轟ッ、と火球が飛来する。
それは車体を呑み込み、大地に触れて爆散した。
次いでドラゴンは距離を縮め、爪や尾で何度も車を攻撃した。
「おーい。やめてもらえますか? 煽りドラゴン」
「なんかたのしいね!」
「お前はすげえな。俺はもう漏らしそうだ」
孝太は、ふと違和感に気がついた。
ドラゴンの攻撃は続いているのに、まるで衝撃がないことに。
「あれ? もしかしてノーダメ系?」
「ママのくるま、むてき!」
「すげえなアイツ。ドラゴンにも対応させてたのか」
「ママはすごいんだぞ!」
「知ってる。怒るとドラゴンより怖いぞ」
「パパ、いつも怒られてたもんね」
「いつもじゃないぞ。週五くらいだ」
やがてドラゴンは攻撃に疲れ、悔しそうに空へ飛び立った。
姿が見えなくなり、孝太はひとり車を降りた。
車体を確認してみると、傷ひとつ見当たらない。
本当に無敵の車では? と、試しに目立たない箇所を石で削ってみる。
「あれ? これは傷がつくんだな」
「いーけないんだいけないんだ! さいばんちょうにいったろー!」
「え、有罪なん? 早すぎない?」
「ママのくるまだぞ!」
「……そうだな。こんど直しとくよ」
「わかればいいんだぞ!」
いつの間にか降りてきていたルミは、傷を見つけて騒ぎ立てた。
苦笑しながら宥め、孝太はこれからどうしようかと考える。
ガソリンがいつまで持つのか分からない。
早めにヒトを探さないと、身動きひとつ取れなくなるだろう。
「ルミ、行くぞ」
「うん」
車に乗り込み、ひとまず川を探して走らせることにした。
ヒトというものが存在していれば、川沿いに何かしらの集落があってもおかしくはない。
「ねえ、パパ」
「ん? どうした?」
草原を走っていると、ルミは寂しそうに呟いた。
「……ママ……こっちにいるかな」
「ルミ……」
孝太はルミの頭を優しく撫で、ポケットから飴玉を取り出す。
「ほら。それ食べてろ」
「うわあ! いちごのやつだぞ!」
ルミは途端に表情が明るくなり、いちご味の飴玉を舌で転がした。
「もしかしたら、いるかもな」
「ん?」
「ママ、さ。せっかくだし、色々回ってみないか?」
「……うんっ!」
白い軽バンが、夕日を背負って走り続ける。
二人の不思議な旅は、こうして始まったのだった。
♢♦︎♢♦︎
しばらく走り続けたあと、孝太とルミは草原を抜け、川のそばに小さな村を見つけた。
村を囲う木の柵、簡素な木造の平家が文明レベルをしらせる。
「パパ、あそこに家があるぞ!」
「お、やっと人がいそうだな」
ルミはぴょんと跳ねて小さくはしゃぐ。孝太は軽く笑いながら車を停めた。
すると、槍を持った中年男性が警戒しながら近づいてきた。
背は孝太より少し高く、しわだらけの顔には好奇心がうかがえる。
「ま、魔物か? これは」
「都会の馬車だ。最新型っす」
「これが馬車……馬は?」
「中に入ってるんだぞ。すげーだろ」
おそらく、相手は自動車など見たことも聞いたこともないだろう。
孝太は胸を張りながら適当なことを言い、手をひらりと振った。
「とにかく、お前は人間か?」
「なんだ? イケメン妖怪かと思ったのか?」
「どっからどう見ても、三十代の子持ちだな。イケメンではないな」
「うるせー。バカヤロー」
ルミは村の中を、指をさして叫ぶ。
「パパ、おなかへったぞ!」
孝太はポケットをまさぐり、飴玉を取り出した。
しかし、ルミは大きく首を振る。
「悪いけど、なんか食べさせてくんない?」
男性は腕組みして、二人を見回した。
「わかった。その馬車はあそこの茂みに止めとけ」
「はいよー」
男性の名前はゴリルというらしい。
「ここはイナカル村。何もないところだが、ゆっくりしていくといい」
「ほんとになんもねーな」
ルミは興味深そうに、あたりを見回した。
そして、馬の足元に転がるものを見て叫んだ。
「パパ、あそこにウンチはあるぞ!」
「ほんとだ。田舎の香水だぞ、アレは」
「……おい、おまえ馬鹿にしてないか?」
「冗談だぞ、冗談」
ずいっ、と詰め寄られ、孝太は軽く頭をかき、肩をすくめた。
「……ったく。あまり妙なことするなよ」
「へーい」
ゴリルの案内で食堂と言っていいのか迷うほど小さな小屋に通された。
けれど、並べられた料理は温かく、どこか懐かしい匂いがした。
「おお……うまそうじゃん。ありがとねー」
「パパ、これおいしそうだぞ!」
孝太は木製のスプーンを手に取り、野菜のスープ、焼いた肉、黒いパンを見つめた。
赤いもの、緑の葉、じゃがいものようなものをじっくり煮込まれた黄金色のスープは、素材の良さが活かされたシンプルな味わいだ。
焼いた肉も野趣あふれる味で、したたる肉汁が甘い。黒いパンも小麦の香りが強く、肉とよく合う。
「……ん、うめえなこれ。素朴でいいわ」
「ルミもすきだぞ! おかわりしたいぞ!」
ぱくぱく食べる娘を見て、少し安心する。
この世界でも、腹が満ちれば笑う。それだけで十分だ。
食べ終えると、店の女主人が料金を告げた。
「銀貨二枚、だよ」
「おお……そう来たか。銀貨ってやつね」
孝太は財布を開き、苦い顔をする。
現代日本仕様の財布に、銀貨なんぞ入っているはずもない。
「……あんた、もしかして金ないのかい?」
「いやまあ……その……コレじゃダメ?」
差し出されたのは百円玉。
ルミは胸を張っていた。
「パパ、それつよそうなやつだぞ!」
「だろ? キラッキラよ」
しかし女主人は即答した。
「ダメだね」
「ですよね〜……」
孝太は頭をかき、少し考える。
そして、ふと思いついたように笑った。
「じゃあさ、コーヒー淹れてやるよ。それでチャラにしてくんない?」
「こおひい……?」
女主人は、ぽかんとしている。
どうもこの世界には、あまり馴染みのない飲み物らしい。
「うまいよ。たぶん文明レベルが二段階くらい上がる味」
「パパのはおいしいぞ! ルミもしってるぞ!」
女主人はしばらく考えたあと、ため息をついた。
「……まあ、いいよ。味次第だね」
「よっしゃー。言ったな? これで金払えって言われても俺泣くからな」
「パパ、ないちゃダメだぞ!」
「泣かない努力はするわ」
孝太は女主人を村の入口付近まで連れていき、白い軽バンの横で手際よく荷室を開いた。
移動販売で毎日のように淹れてきた道具たちが、慣れた位置に収まったまま待っている。
「さて、と。ここで淹れますねー」
ドリッパーを置き、紙フィルターを広げ、豆の袋を開く。
ふわっと広がる焙煎の匂いに、女主人が目を丸くした。
孝太は挽いた豆をフィルターに落とし、指先で軽く均す。
ポットの湯を細く落とすと、粉がふくらみ、しゅわりと息をするように泡が立った。
立ちのぼる湯気に、吹き抜ける風まで少しほろ苦くなる気がした。
その横で、ルミが女主人を見上げる。
「どうしたんだい?」
「ルミね、あまぁいコーヒーがすき」
「普通に飲んだら甘くないのかい?」
「おとなのあじだぞ」
「あはは、よく知ってるね」
「ルミはね、たくさーんしってるんだぞ!」
「私も教わらないとねぇ」
そんな会話を聞きながら、孝太は三つの紙コップにゆっくりと注ぎ分ける。
落ちていく雫が作る香りの層が、空気をしっとり満たしていく。
「おまたせー。ほら、これ飲んでみて」
湯気の立つ黒い液体を前に、女主人は眉を寄せた。
「真っ黒だね……でも、いい香りだ」
カップの縁に鼻を寄せ、一息すすると、香ばしい香りが胸に落ちる。
そして、思いきってひと口。
「ゔっ……なんだいこれ……」
「美味いだろ?」
「毒の沼水みたいな味だよ」
「えー、美味いのにー。な? ルミ」
「あまくておいしいぞ!」
孝太は笑いながら、女主人のコーヒーに砂糖とミルクを数杯落とし、くるりと混ぜた。
「ほら、これでどう?」
「あら……美味しい」
「でしょでしょ。初心者はそっちの方が飲みやすいんだよなー」
「だったら最初っからそうしておくれよ」
文句を言いながらも、女主人の頬はゆるんでいた。
「まあ、珍しいものを飲ませてくれたお礼だ。私の奢りにしといてあげるよ」
「さっすがー。太っ腹!」
「ふとっぱらーっ!」
女主人は額に手を当ててため息をつき、「やれやれ……」とつぶやきながら、村の中へ戻っていった。
「ふあぁ……ルミ、ねむくなってきたぞ」
「あー……そっか」
いつのまにか陽は落ちて、あたりはすっかり暗くなっている。
宿をとれればいいが、残念ながら金はない。
孝太は軽バンの後部座席をあけ、いつもなら調理用に開けている床へ布団をひこうと考えた。
ルミを助手席へ乗せ、鍵をかけて村の中へ戻り、ゴリルの姿を探した。
「あ、いた」
「なんだお前。なにか用か?」
「悪いんだけど、布団かしてくんない?」
「図々しいやつだな……まあ、余ってるやつならくれてやるよ」
「ありがとよ。お礼に明日は朝のコーヒーをサービスしてやるよ」
「こおひい? ああ、バネッサが言っていた黒い汁か。美味いのか?」
「まあ、飲んでのお楽しみってやつだな」
「たいした自信だ。ちょっと待ってろ」
そんなやり取りをしながら歩いていると、ゴリルの自宅へ着いた。
ゴリルは家の中から真新しい布団を抱え、それを孝太へ手渡した。
「ほれ」
「これ、新品だろ? さすがにわりーよ」
「バカやろう。娘を汚い布団に寝かせるつもりか」
「……ありがとな」
「いいってことよ」
ゴリルは白い歯を見せて笑い、孝太は礼を言ったあと車へ戻った。
助手席を覗くと、ルミは健やかな寝息をたてている。
後部座席へ布団を敷き、ルミを抱き上げて寝かしつけ、孝太はその横に転がった。
窓から見上げた星空が、やけに綺麗に見えた夜だった。
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