御影ツジキの再起録
@inenoe
第1話 妖祓士
──御影ツジキ、12歳
「ツジキ君は強いね~ 将来は
「もっちろん! オレは誰も死なせない最強の妖祓士になるんだ!」
オレは強かった。当時は本気でそう思っていた。大人たちのお世辞を真に受けて、自分には
「やっぱりツジキすげえよ! 俺ら孤児院のヒーローだぜ」
大人だけじゃなく孤児院の仲間たちもオレを褒めた。
親には捨てられたけれど、孤児院にいるみんなと大人たちがオレを認めてくれていた。
妖を祓うこと。それが自分の存在意義のすべてだと思い込んでいた。
妖祓士になれば皆がオレをもっと認めてくれて、親もいつかはオレのことを見直してくれる。心のどこかではそういう期待もあったのだろう。
「ツジキは強がるんだね」
だけど、一人だけ他とは違う態度の奴がいた。桜沼ハル、孤児院の中で一番仲が良かった親友だ。
ハルはオレを強いとは言わなかった。一度もだ。ハルは、オレを強がるとしか評価しなかった。
正直言って、当時のオレにとってハルの言うことはただの負け惜しみ程度にしか聞こえなかった。だって普段の訓練では、オレの方が圧倒的に成績が良かったから。
ただ今考えれば、ハルはきっとわかっていたんだろうな。いくらオレが訓練で優れていても実践では何の役にも立たないことを。
結局、ハルの言う通りオレは強がっていただけだった。
しかし、当時のオレはそれに気づくはずもなく、御影ツジキという自惚れで構成された愚かな人間が形成されていた。
そういう人とは違う態度を取ったからなのか、オレたちはいつも一緒にいた。過ごした時間だけ見れば恋人という関係は間違いではないだろう。もちろん、オレとハルはそういう関係では一切なかったが。
「ツジキ、また勉強しないで居眠りでしょ? 顔に跡ついてる」
「うるせーな! オレは最強なんだぞ、勉強しなくても──」
「あはは。じゃあテストで私より点とってみせなよ。 最強の妖祓士になるには学も必要でしょ?」
ある日はこうやってからかわれ、
「ツジキ、傘持ってる?」
「オレは最強だから傘なんていらねーんだ!」
「風邪ひくから駄目でしょ。ほら私の傘に入って。体調管理できないと最強になれないよ」
ある日はこうやって一緒に帰り、
「ツジキ、また弁当忘れたの?」
「最強だから空かない!」
「またそう言って。ほら私の半分あげるから。お腹が空いてたら最強の妖祓士になれないでしょ?」
ある日はこうやって食事をした。
ある日は、ある日は、ある日は──
この穏やかな日常が永遠に続くと思っていたのに。
12/25 夜。
孤児院に突然“それ”は現れた。
窓が砕け、黒い影が床を這うように入り込んでくる。
いつもなら近くを巡回する妖祓士が守ってくれていた。
だがその日に限って、妖祓士は市の外で大規模討伐へ向かっており、孤児院周辺は手薄になっていた。
「みんな、こっちへ来て! 固まって!」
ハルが最年長として、必死に年下の子たちを一ヵ所に集める。
ハルと同じ最年長として俺も走り出そうとした──が。
動けなかった。恐怖だ。
目の前でうごめく影は、授業で学んだ写真の妖とは比べ物にならなかった。
悪意の塊、恐怖の象徴、死の権化。なんと言えばよいのだろうか。今でも正解はわからないが、とにかく凄まじい恐怖でオレは動けなかった。
「ツジキ! 立って! みんなを守るんよ!」
「……っ、……あ、あ……」
体が震えて動かない。
“最強の妖祓士になる”なんて言っていたオレの虚勢は、あっけなく剥がれ落ちた。
そうだ、所詮はガキの戯言だったんだ。
「大丈夫、私たちが何とかするから!」
ずっと泣き叫んでいた年下の子供たちを勇気づけるためにハルはそう言って、震える手で護符を構え、妖に向き直った。
私たちという言葉にはきっとオレも含まれていたのだろう。だがオレは何もできず、妖に勇敢に立ち向かうハルの背中をただ見ていただけだった。
「──《霊式・断閃》!!」
ハルの護符が強く光り、妖の動きが一瞬だけ止まる。
彼女は息を荒げながらも、仲間を守るためにさらに妖の方に近づいた。
妖は細長い腕を振り上げ、獣のような叫びをあげながらゆっくりと移動してくる。
「ツジキ、みんなを連れて妖祓士のところへ!」
「で、できない……オレ、怖い……!」
「怖いに決まってるよ! 私だって怖い! でも──動かなきゃみんな死ぬんだよ! なるんでしょ! 最強の妖祓士に」
泣きそうな声だった。
けれどその言葉でオレは思い出した。
そうだ、最強の妖祓士になるんだ。たとえこれが虚勢だとしても関係ない。最強の妖祓士はこんなところで躓かない。みんなを助けるんだ。
震える足を殴り、震えを止めて恐怖を押し殺し、みんなを連れて外に向かおうとした。
だが、玄関に向かうオレたちの前には別の妖が道を塞いでいた。
妖は一体じゃなかった。
先ほどまでのオレなら、恐怖にうろたえて何もできなかっただろう。だが今は違う。最強の妖祓士になると改めて決めた。
だから、負けない。
オレは護符を取り出し、いつもの訓練の如く霊式を使う。
護符の扱いは訓練じゃいつも一番で誰にも負けない自信があったし、妖は絶対に祓える。そう思っていた。
「≪霊式── は?」
使用前にオレの護符は破壊され、年下の子どもたちは既に殺されていた。妖の攻撃は全く見えなかった。
そこは一面が血の海となり、あるのは妖、死体、血、それと無様なオレの姿だ。
ああ、やっぱり最強の妖祓士なんかには到底なれない。
再びオレの志は打ち砕かれ絶望の淵に立たされた。
妖はゆっくりとこちらに近づいてくるが、オレは何もできずただ死を待つだけだった。
妖の奇怪な黒い腕が俺に向かって振り下ろされる。
「あ──」
死ぬ。
そう確信した瞬間、俺の視界を何かが横切った。
ハルだった。妖を倒し、オレのところに来てくれたのだろう。
俺を突き飛ばし、代わりに妖の攻撃を受けた。
「……っ、ツジキ……逃げ……て……」
細いハルの体からは明らかに生存不可能な量の出血をしていた。
血が床に広がり、ハルの顔色がどんどん悪くなっていく。
「なんでっ……なんでオレの代わりに……!」
「だって……ツジキは……生きて、ほしい……から……最強の……妖祓士に、なるん…でしょ」
その言葉を最後に、ハルの手から力が抜けた。
ハルの温もりが消えた。
俺は、ただ泣きながら彼女を抱きしめることしかできなかった。
♢♢♢
──御影ツジキ、17歳
「ツジキー、早くー。遅刻するよ」
後ろから軽やかな声が届く。
振り返ると、佐伯ヤナセが小走りで追いかけてきた。肩まで伸びた金髪と青の瞳が特徴的な美少女だ。
「別に遅刻はしないだろ。ギリセーフのラインだ」
「その“ギリ”を攻めるのが良くないの!」
佐伯はぷくっと頬を膨らませた。
校門をくぐると、友達の女子たちが手を振ってくる。
「ヤナセー! 昨日のドラマ見た!?」
「見た見た! ツジキも見たほうがいいよ、絶対ハマるって!」
「……俺は遠慮しとく」
「ほら〜こうやって話題に乗らないから友達増えないんだよ」
「放っとけ」
「ツジキってば、ホント可愛くないなあ」
そう言いながらも佐伯は楽しそうに笑っていた。
放課後。
「ねえツジキ、また寝てたでしょ? ホームルーム中ずーっとうとうとしてたよ」
佐伯が笑いながら覗き込む。
クラスに限らず学校中で有名な人気者だ。
「寝てない。ちょっと目を閉じてただけだ」
「それは世間一般で“寝てる”って言うの」
それを見て周りの友人たちがからかう。
「佐伯、今日もお前ら仲いいなー!」
「いや別にそんなことないし! ね、ツジキ?」
「……まあ、普通?」
「そこは仲いいって言いなさいよ!」
佐伯が頬を赤くして俺の腕を叩いた。
なんでこいつは俺なんかに構うのだろうか。夢を諦めた誰一人救えない弱者の俺に。こんな俺に関わったところで何もいいことなんて起こりえないのに。
「ねぇ、ツジキ。ちょっと話いい?」
皆が帰った後の静かな教室。
夕日が差し込み、二人の影が長く伸びる。
俺は胸がざわついて落ち着かなかった。
「ツジキってさ、冷たく見えるけど……本当は優しいよね」
「急にどうした?」
「だって、ずっと見てたから。ツジキが優しいこと知ってるよ」
佐伯が一歩近づく。
いつもより距離が近い。
「……私、ツジキのこと――」
言いかけたその瞬間。突然校舎中から、生徒の叫び声が聞こえる。
「──ッ!?」
夕闇の中、黒い瘴気が盛り上がり、妖が姿を現す。
生徒の悲鳴の対象はこの妖だった。
「なんで学校に……!?」
佐伯が怯えたように俺の服を掴む。
妖を見るのはあの日以来5年ぶりで、あまりの緊張から音が漏れ出すほど鼓動が高まっていた。
妖を見ただけであの瞬間─ハルの死を─を思い出してしまう。
「ねえ……こっち来てない?」
佐伯の言う通りだった。
何の因果か、数ある教室の中から俺達のいる教室の窓を突き破って飛び込んできた。
妖は俺達に気付くと、ゆっくりとこちらに移動してきた。
猛烈な恐怖を感じ、あの時と同じで動けないかと思ったが、意外にも足は動いて逃げることはできそうだった。
俺は逃げようと佐伯の手を取ろうとしたが、佐伯は腰を抜かしていて到底動けそうにはなかった。
妖がさらにこちらへ迫る。
佐伯は腰を抜かたせいでその場で尻もちをついていた。
「ひ……っ……! な、なんで……! 動けない……!」
俺が引っ張ても佐伯は一向に立ち上がれない。
妖の影が確実に佐伯を飲み込もうと迫っていた。
「佐伯! 立てって!」
叫んでいるのに、自分の声が震えているのがわかる。恐怖だ。
恐怖がリンクしてあの日を思い出す。何もできなくて、みんなもハルも救えなかった日のこと。
徐々にハルの体温がなくなっていく感覚。
自分のせいでハルが死んだ責任。
最強の妖祓士になるという約束が守れなかった罪悪感。
様々な負の感情が押し寄せる。
胸の奥がきしむ。
視界が揺れる。
まただ。また俺は誰も救えないのか。ここで立ち向かうしかないのか。
でも逃げたい。
本能が喉元まで上がってくる。
足はすでに半歩後ろへ引いていた。
逃げさせようとしてくる。
本能が「関わるな」と警鐘を鳴らしてくる。
俺は妖祓士なんかじゃない。あの日逃げた。訓練もやめた。霊式だってまともに使える保証なんて……
恐怖が腹の底を這い上がる。呼吸がうまくできない。心臓の鼓動は高まりどんどん汗ばんでいく。
その間にも、妖は佐伯へと腕を伸ばしていく。
「助けて……! お願いツジキ、助けて!」
俺はどうすれば──
『ツジキは最強の妖祓士になるんでしょ』
いつか聞いたハルの言葉が頭をよぎる。ハルはそれを期待して俺に命を懸けた。なのに今の俺は最強の妖祓士になれないどころか、目の前の人さえ救えないのか。
それじゃ駄目だろ!
「……俺が相手だ!」
足は震えていた。
でも、ひとりでに前へ出ていた。
俺は妖の前に立ち上がった。
幼い時期の訓練の成果なのか、戦い方は全くもって忘れていなかった。
「《霊式・断閃》ッ!!」
指先を弾くと、空気が裂け白い霊刃が生まれる。
それが妖の脚を斬り裂き、呻き声をあげさせた。
妖の脚は瞬く間に再生し、先ほどより遥かに速い速度でこちらに向かってきた。
「来いよ……今度は誰も死なせない!」
妖が飛び掛かる。その軌道を読んで床を蹴った。
「《霊式・疾影歩》」
身体が霞のように滑り、妖の背後へ回る。
「《霊式・断閃──二式》!」
白い霊刃が妖の首を断ち切り、瘴気が霧散した。
「……これで、倒したのか」
思いの外あっさりと倒せた安堵感と、数年ぶりに霊式を使ってことで一気に押し寄せた疲労で、俺は教室の壁に寄り掛かって横になった。
視線の先には、生きている佐伯が写っていた。
ああ、今度はちゃんと守れた。
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