《〘3短編集〙〘A Collection of Three Short Stories〙》 ウェバースン社のレモン水 / ピアス無くした / 変わる季節
ピアス無くした。 I Lost My Earring.
ピアス無くした。 I Lost My Earring.
ヘッドホンを外しながら、耳に響くドラムの音に、私は思わず眉をひそめた。
「低高音キツ、ドラムの音、頭に釘刺さってるみたい」
「そういう音楽聞くからじゃない?クラシックとかもっと静かな音楽にすればいいに」
「そういうのってどこで聞くの?コンサートホールなんて行けない。だってこの格好で行けるわけない。靴が、モコモコで、原始時代のマンモスの皮みたいなやつなんだもん」
「確かにそれはダメかもね。釘とか耳にぶら下がってたらもっとダメだよ」
「釘?あれ実は釘じゃなくてピアス」
「分かるけど、どう見ても釘にしか見えない」
「確かに釘に見えるかもね。改造してるから。でもピアス」
「耳に釘刺す人なんていないでしょ……でも近いこと、やってる人はいると思う……」
「ピアスって耳に刺すものだからね」
「なんでわざわざ刺すの?」
「大事なものはなくさないように刺すんだよ。そういう文化ってこと」
「そういうことにしておきましょう(笑)」
「ピアスの意味とか語りたいの?」
「別にそういう話がしたいわけじゃないけど、グロテスクに見えるから、そういう趣味の人にしか受けないってこと」
「たしかにね、子供が見たら確かに グロテかも。 ヘソピアスとかも」
「別に個人の趣味だからとやかく言わないけど」
私は机に置いたティーカップを指でゆっくり押す。底がこすれる小さな音した。
「静かな音楽は音楽なの?」
「?」
彼女の爪が光り私のピアスが受け止める。
「音があったほうが、余計なこと考えなくて済む」
「雑音で自分を守るタイプね」
彼女は納得したように腕を組む。
「たまには静けさに飲まれてみてもいいんじゃない?」
「うーん……戻ってこれなさそう」
「案外、心地いいかもよ」
彼女は私の机にあったイヤホンをつまみ上げる。
「じゃあ試してみる?ほら、貸してあげる」
「えー」
「クラシック入ってるよ。ピアノだけのやつ。怖くない、優しい系」
そう言って、彼女は片方だけ私の耳にそっと差し込んだ。
金属の触れた感じじゃなくて、柔らかいシリコンがひやっとして、少し背筋が伸びる。
「……普通のクラシックね」
音が鳴り始める。ゆっくり鍵盤が降りていくみたいな旋律。
「どう?」
彼女は自分の片耳にもイヤホンを挿す。
「ドラムの釘よりは」
「釘じゃないってば」
「ピアス」
彼女の笑い声が細かい。私は背中を椅子に預けて、背もたれに当たる冷たい木の感触が、じわっと広がった。
私はイヤホンを指で軽く押さえながら言う。
「心臓の音?」
「聞こえるでしょ?」
彼女はテーブルに両肘をついて、顎を軽く乗せて見つめてくる。
指先のクリスマスネイルが光を受けてきらっとして、直線的なシャープな形が妙に存在感を放っていた。
「ピアノの旋律の静音って、重たい……」
私は言う。
胸の辺りの不思議な沈黙の重み。
「重深い(笑)」
彼女は言う。
「深い?」
私は聞き返す。
「……水の底に潜る感じ。呼吸の仕方を忘れそう」
彼女はそう言うと、私の半透明のレモン水のグラスを指先でつん、と触れた。
氷がひとつ揺れて、涼しい音が鳴る。
「私、潜れない、泳げない」
私はグラスの水面を覗き込む。
薄い黄色がテーブルに青く見える。
彼女はほほえむ。
「慣れるよ」
「……」
部屋は冷えていて、彼女は指先のクリスマスネイルをスカートのポケットにしまう。「変わったものを身につけてると、なんとなく自分じゃない誰かになれる気がする」と良笑した。
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