第15話 癖

 とりあえず一旦持ち帰って検討したいと伝えると、レディは突然のことですものねと理解を示してくれた。

 きっといい人なんだろう。

 ただただ行き過ぎた鎧マニアなだけで。

 いや、性癖なんて人それぞれなんだからそこにケチをつけるつもりはない。

 僕にだって人には言えない性癖の一つや二つや三つあるのだから。

 しかし、凹んで汚れた使用済みの全身鎧に一目惚れなんて、このレディは本物だよ。

 もし希望どおり鎧の譲渡が実現したなら、鎧のどこにどう魅力を感じるのかをじっくり聞いてみたいものだ。

 そんな気持ちを込めて機会があればぜひお茶でもいたしましょうと伝えると、終始微笑みを絶やさなかったレディの表情に大きな変化が表れる。

 具体的に言うと、夜の猫のような瞳孔の極大化。

 そして次の瞬間。

 机を挟んで座っていたはずのレディが鎧に触れる程の距離に移動してきたではありませんか。

 どうやったの!?

 まったく捉えることのできなかった動きに思わずのけぞると、逃がさないとばかりに鎧に頬を寄せてくる。


「いつ? いつにしますか? 今? 今からですか?」


 何が何が何が!?

 怖い怖い怖い怖い!!

 助けを求めるため紳士を見ると、素敵な笑みを浮かべながら頑張れ! と拳を突き出してくる。

 だめだ役に立たない。

 えーっと、会話を遡ると……お茶、か?

 恐る恐るそう尋ねると、レディが鎧への頬ずりを止めて僕を見上げ、小さく頷いた。

 くっ!

 可愛い!

 好きになる! 

 だけど、だけど勘違いするなよミハル。

 この人が欲しいのは僕じゃなく、この鈍色をした相棒。

 目の前の美しい人は、世にも珍しい全身鎧しか愛せないぶっ飛んだ性癖の持ち主なのだから。

 三年間苦楽を共にした相棒たる鎧に心から嫉妬しつつ、この如何ともし難い状況をどう終わらせるべきか考えていると、紳士が救いの手を差し伸べてくれた。

 

「衛兵さん。許可証では、月が顔を出すまで時間をいただけるということでした。幸い、まだ月が見えるまで時間がございます。お茶を淹れますので、今しばらくお嬢様にお付き合いいただけますか?」

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