【超短編】「うどん」
「ふぅ、今日はしっかり冬装備してきてよかったぜ」
用心深い俺は、天気予報やら何やらに加えて彼女の"勘"を何よりも信じている。
──あの子が来る
彼女の『お告げ』、つまり冬小僧だ。ついにあいつが来るってのか……しかも今年は少々早めときた。まぁ俺も彼女も北国出身、今は都会暮らしの都心勤めだが、冬小僧への警戒はバッチリ、いつでも来いよって感じな訳。
「それにしても冷えるな……蕎麦でも食って帰るか」
俺はいつもの駅そばに寄り、券売機に小銭を突っ込んで──
「……小銭入れがない」
何処かで落としたのか?いやそんな筈はない。仕方ない、千円札でいくか。
──釣銭切れ
おいおい、今日の俺はなんかついてないな? まぁいいか……家でなんか食べるか。
ちゃりん。ピッ。
「ん? これは一体……」
下から伸びてきた手が小銭を券売機に入れ、メニューのボタンを押した。取り出し口にハラリと落ちてきた食券を取り、俺に手渡してきたのは半袖半パンの──冬小僧だった。
「……これを俺に?」
冬小僧は黙って首を縦に振った。
「いやその、俺は蕎麦しか食わないんだ……
ありがたいけど、そいつはお前が食べてくれ」
そう言った瞬間、冬小僧の顔が曇った。真冬の鉛色の空よりも沈み込むような色の表情で。
──おいおい、これじゃ俺がこいつを困らせたみたいじゃねえか
「ちっ……仕方ねえな」
俺は食券を上着のポケットに渋々突っ込んだ。冬小僧はそれを見てにんまりと笑う。すると、ポケットの奥で指先に覚えのある感触──こいつはまさか。
「はぁ? 小銭入れ? こんなとこに入れた覚えはねぇんだが」
それはともかく、これで俺は蕎麦を買える。
「蕎麦の券を買うから、このうどんはお前が……あれ?」
冬小僧は忽然と姿を消していた。
「全くどうなってんだ今日は……」
あとからきた客の視線が痛い。俺は深く考えるのをやめて店に入り、店員へかけうどんの食券を手渡した。
ほどなくして目の前に差し出されるかけうどん。熱々で湯気がたちこめる。
「……美味ぇ」
うどんをずるずると啜り、出汁を味わって飲み込んだ。冷え込んでいた身と心が温まっていく。
「次からは自分の金でうどんも食ってみるか」
冷えた夜/冬の小僧と/啜る麺
〜了〜
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