第5話 知り合いじゃないもん。 彼女だもん

それからリビングでお互いの事を少しの間話をした。


​「刹那ちゃんの誕生日って五月だったよね?」


​俺はテレビで聞いた情報を確認するように尋ねた。


​「そうですよ。 誰かに聞きました?  知っててくれたんですか?」


​刹那ちゃんは目を丸くして尋ね返してきた。


​「テレビで自分が言ってたじゃないか。 『今年の五月で二十歳になりました』 って」


​「あっ。 そうでした!  テヘッ♪」


​刹那ちゃんは少し舌を出しておどけてみせた。


その仕草がアイドルとしてのプロの顔ではなく、年下の女の子としての素顔に見えて…うん、可愛いなと素直に思った。


​「何日なんだい?」


​「はい。 五日です。 こどもの日ですね。 憶えやすいでしょ?」


​祝日だから憶えやすい。 しかし、これは単なる芸能人の情報ではない。 俺の『彼女』の情報だ。


​(この情報は、絶対に忘れてはならない)


​俺は心の中で繰り返し唱え、後でスマホのメモ帳にしっかり書き留めておくことを決意した。


​「じゃあ、圭介さんの誕生日はいつですか?  私、全力でお祝いしちゃいます♡」


​彼女は目を輝かせながら前のめりになって尋ねてきた。 その熱意に、俺は少し引いてしまう。


​「や、俺の誕生日は良いよ。 別に憶えなくて」


「何でですか!」


​「今さら祝って貰う歳じゃないし。 それに、その労力は自分の仕事に使った方がいい」


​刹那ちゃんは聞かなかったフリをする俺に対し、む~~~っ!と頬を膨らませた。


​「教えて下さい~!  私どうしても知りたいです! だって、大切な彼氏の誕生日ですよ!  お祝いするのは当然じゃないですか!  だ~か~ら~! お~願~い~!  教えて下さい~!」


​彼女は俺の袖口を掴んで、グイグイと引っ張って抗議の態度を取ってきた。



​(止めて!  袖が伸びるから!)


​内心悲鳴を上げる。 しかしだな……。


​(た、大切な彼氏……)


​何だか照れるよな。 こんな完璧に可愛い娘に「彼氏」だなんて言われたら。 体は嫌がっていても、心は嬉しさに浮かれている。


​……結局、その熱意と勢い、そして「大切な彼氏」という甘い響きに負けた俺は観念した。


​「分かったよ。 教えるから。 俺の誕生日は十月二十三日だよ。 はい、教えたよ。 これで良いかい?」


​俺がそう言うと、刹那ちゃんは自分のバッグから可愛らしいメモ帳とペンを取り出して、真剣な顔でメモをしだした。 その真剣な表情もまた、プロの仕事とは違う真面目さで好ましく映った。


​「よしっと!  これで絶対に忘れません!  ……って、圭介さん誕生日もうすぐじゃないですか。 これはいけません!  早く準備をしないと!」


​「俺の誕生日は祝わなくって良いって言ってるだろ?  ほら、ね、急な事だったし、もう日も無いからさ。 気持ちだけで十分だよ」


​そう、確かに刹那ちゃんを海で助けたのが八月の前半。 そして数週間が経ち、今は九月の中旬の金曜日である。 彼女が俺の誕生日を気にするのも無理はない。 まあ、俺の誕生日まで後一ヶ月程はあるんだけどね。


​「いいえ、まだ時間はあります!  ほら、一ヶ月は余裕がありますよ!」


​刹那ちゃんは壁に掛けてあるカレンダーをバシバシ叩いて俺に言い聞かせた。 そして、そのままグイッと俺の顔の近くに自分の顔を近づけてきた。


​っ!  刹那ちゃん!  顔近い近い!


その時、フワッと何とも言えない甘い香りがした。


高級な香水なのか、それとも彼女自身の匂いなのか。 俺が今まで嗅いだことの無い、心を乱す甘い香りだった。


​俺の顔が、一瞬にして赤くなったのが自分でも分かる。


動揺し、思わず言葉が飛び出した。


​「ち、ちょっと近い!  刹那ちゃん、無防備過ぎ!」


​俺に注意を促されると、刹那ちゃんは自分の今の距離と状況に初めて気づいたみたいで、顔を真っ赤にして、バッ!と顔を遠ざけた。


​「ご、ごめんなさい!  興奮しちゃって……つい。はしたなかったですね//////」


​はにかみながら、「エヘッ♪」みたいな顔をする刹那ちゃん。


​(何だ、この可愛い生き物は?  思わず抱き締めたくなる……って、いかんいかん!  気をしっかり持て、丹羽圭介!)


​刹那ちゃんに手を伸ばし掛けたのを、何とか理性で押し留めることができた俺。 危なかった~。


​「で、でも、やっぱりお祝いはどうしてもしたいので、準備はしますよ!  圭介さんが断っても絶対に!  いいですね?」


​物凄くやる気満々の目が輝いている刹那ちゃんを見て、俺はこれ以上抵抗するのは無駄だと悟った。


​「……分かったよ。 じゃあ楽しみにしてる。 でも、無理は禁物だからね。 俺のために仕事を疎かにしないでくれ」


​釘を刺しておいたが、どこまで通じたか怪しい。


​「はい!  了解です!  うふふっ!  プレゼント何にしようかな~♡  お料理も頑張らなくちゃ♡」


​(……本当に分かっているのだろうか、この娘は?  滅茶苦茶無理しそうだな。 心配だよおじさんは……。 いや、お兄さんだった)


​その後も色々話をしていると、唐突に賑やかな着信音が鳴り響いた。


​~🎵 ~🎶


​俺のスマホだ。 画面には「赤坂 晃」の文字が出ていた。


​「ちょっとごめんね。 同僚から電話が掛かってきた。 出ても良いかな?」


​刹那ちゃんに断りを入れた後、通話をタップする。


​『丹羽~!  聞いてくれよ~!』


​相変わらず、耳が痛くなるような大きな声がスマホから響く。 あ~煩い! 耳がキンキンする。 


​「赤坂、もう少し声を小さくして喋れ!  耳が痛い!」


​赤坂の声は、隣にいる刹那ちゃんにも聞こえていたみたいで「賑やかな人ですね」と笑われた。


​『お、おう、悪い。 聞いてくれよ、丹羽』


​「何があったんだ?」


​『それがさぁ、今日ライブのチケット先行受付だったじゃん』


​「そうだったな。 で?  それがどうしたんだ?」


​『…………買えなかった』


沈んだ声が、先ほどの勢いを完全に失っていることを物語っていた。


​「え?」


​『買えなかったんだよ~!  予約開始してから30分間電話が繋がんなくてさ、ようやく繋がったと思ったら、どの席もSOLD OUTだって……。 死にたくなる……』


​……あらら。先週あれだけ気合い入ってたもんなぁ。 「絶対手に入れる」って言ってたのに。


​すると、俺の浮かない表情を見た刹那ちゃんが、そっと小声で聞いてきた。


​「圭介さん、どうしたんですか?  浮かない顔してますが?」


​「赤坂ごめん。 直ぐにかけ直すから良いか?」


​『あ、ああ。 じゃあまた後で話聞いてくれよ』


​俺は赤坂との通話を一度終了させた。


​「別に通話を終わらさなくても良かったんじゃ?」


​刹那ちゃんが俺に申し訳なさそうに聞いてくる。


​「人と話をする時に、他の人と話しながらなんて失礼だろ?  話に身が入らなくなる。 俺はそう思っているんだ。 だから赤坂との通話を一回終了させたんだ」


​「……そうなんですね。 私も見習わないと」


​感心した表情で何度もウンウンと頷く刹那ちゃん。


そこまで感心されると何か恥ずかしいな。


「あ、さっきの話ね。 俺の同僚に赤坂って奴が居るんだけど、そいつ刹那ちゃんの大ファンでさ。 今日刹那ちゃんのライブチケットを予約しようと頑張ったみたいなんだけど、全部売り切れて取れなかったらしいんだ。 だからその愚痴を俺に聞いて欲しくて電話してきたという訳」


​刹那ちゃんはそれを聞いて、にこりと微笑んだ。


​「ふ~ん、そうなんですね。 ……私、チケット用意しましょうか?」


​刹那ちゃんの申し出に、俺は思わず前のめりになった。


​「えっ!?  良いのかい?  かなり入手困難なチケットだよ? 大丈夫なのかい?」


​そう訪ねると、彼女はニッコリ微笑みながら当然のように言った。


「大丈夫ですよ。 だって、私のライブチケットですよ?  準備出来ない訳ないじゃないですか」


​……そうでした。 俺の目の前に居るのは、由井刹那さん御本人でした。


​「じゃあお願いできるかな?  赤坂が泣いて喜ぶと思う」


​「了解です!  任せて下さい!」


​「ありがとう!  御礼に今度、お願い事を一つ聞くから」


​俺は素直に感謝の気持ちを伝えた。


​「っ!  な、何でもですか!?」


​刹那ちゃんの目が、獲物を狙うかのようにギラリと光った。


​「おう。 俺に出来る事なら何でも聞くよ。 ただし、犯罪や無理難題は無しだ」


​「言質とりましたからね!  後で『無し』なんて駄目ですからね!」


​「分かってるよ。 約束は絶対だ」


​「分かりました!  必ず用意します!  期待していて下さいね!  良い席を二枚用意しますね!」


​「や、チケットは一枚で良いよ。 赤坂の分だけで十分」


​俺が刹那ちゃんにそう言うと、急に刹那ちゃんの機嫌が滅茶苦茶悪くなり、頬をぷ~っ!と膨らませている。


​「ど、どうしたんだ!?  いきなり機嫌が滅茶苦茶悪くなったけど!」


​「…………やっぱりチケット用意するの止めようかな?」


​そ、それは困る!


​「い、いやそれは大いに困る!  用意してくれるんじゃなかったの?」


​「だって……圭介さんのチケットはいらないって言うから……」


​「だって、俺がライブに行きたいんじゃなくて、赤坂が行きたいんだから一枚でいいだろ」


​「…………私のライブ、来て下さい」


​「だからね、ライブに行きたいのは俺じゃなくて……」


​「来て下さい!  じゃないとチケットの話は無し!」


​え~っ。


​俺が難色を示していると、彼女は物凄く拗ねた顔で、小さな声で駄々をこねだした。


​「く~る~の~!  来てくれないと嫌なの~!」


​(……もう一度言おう。 何だこの可愛い生き物は)


​プロポーズは却下したが、この駄々をこねる姿には抗えない魅力があった。


​「……分かったよ。 行くよ。 だからチケット」


​俺は仕方なく折れた。 そうしたら刹那ちゃんの機嫌が滅茶苦茶良くなって、まるで春の太陽のような笑顔になった。


​「やった~!  圭介さんが来てくれる!  私、滅茶苦茶頑張る!  チケットはちゃんと二枚用意しますね!」


​全身で喜びを表す刹那ちゃん。


(……俺、この娘には勝てないかもしれない)


​その後、俺はニコニコ顔の刹那ちゃんの横で改めて赤坂に電話を掛けた。


​『もしもし……』


​赤坂はまだ意気消沈しているようだ。


​「赤坂?  喜べ。 俺の知り合いにって痛い!」


​「知り合い」って言ったのが気に入らなかったのか、刹那ちゃんが俺の腕をグイッとつねってきた。


地味に痛いから止めて下さい。


​『どうした?  大丈夫か?』


​赤坂が電話越しに心配している。


「大丈夫だ。 で、話の続きな。 知り合いにって痛い!  っ。知り合いに、由井刹那さんのチケットを譲ってくれる人がいるんだけど、お前、チケット要るか?」


​『お前の「痛い!」って言葉が物凄く気になるが、是非ともお願いします!  どこでもいい!』


​「じゃあお願いしとくわ。 でも、席に文句つけるなよ」


​『当然!  文句なんてつけないよ!  丹羽、ありがとう!  この恩は必ず返すからな!』


​「期待しないで待ってるよ。 じゃあまたな」


​『ああ。 またな。 本当にありがとうな!』


​そう言って赤坂との通話を終了させた。



「刹那ちゃんや。通話中に腕をつねるの止めてくれるかね?」


​「だって……知り合いじゃないもん。 彼女だもん」


​そう言いながら、また頬をぷ~っと膨らませる刹那ちゃんがなんだかとても可愛かった。





第5話 UPしました! 皆様楽しんで戴けたでしょうか!


もし良かったら コメント レビュー ♡ ☆評価を宜しくお願いします!


今後とも拙作を宜しくお願い致します!



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