第2話 ライブチケットってそんなに高いの?

そして時は流れ、あの水難事故から数週間後の金曜日がやってきた。


​「ふう、今日も一日ご苦労さん! 明日は会社休みだし、さっさと飲みに行くか!」


​週の終わり特有の解放感に包まれ、俺は足取りも軽く、隣の席で書類をまとめている同僚の赤坂に声を掛けた。


​「赤坂、いつもの居酒屋行くぞ?」


​だが、赤坂は珍しく顔の前で両手を合わせて謝ってきた。


​「すまん丹羽!  今日はどうしても外せない用事があるんだ!  また来週誘ってくれ!」


​「お、おう。良いって良いって。 じゃあまた来週な」


​少し拍子抜けしたが、詮索するのも野暮だ。興味本位で、軽い調子で尋ねてみた。


​「にしても……因みに用事って何だ?  言いたくなかったら別に構わないけど?」


​赤坂は目を輝かせ、声をひそめるようにして教えてくれた。


​「ああ。 今日はな、PM8:00から刹那ちゃんのライブチケットの先行予約があるんだよ。 良い席が取りたいから、八時に即座に予約を完了させたいんだ!」


​なるほど、熱心なファンらしい理由だ。


​「成る程な。 頑張れよ。 しかしお前、先週は『刹那ちゃんには好きな人がいるって分かって凹んでた』じゃないか。立ち直りが早いな」


​先週、カウンターに突っ伏して廃人化していた男とは思えない、清々しいほどの情熱だ。


​「それはそれ。これはこれだよ丹羽。 俺は由井刹那の熱狂的なファンだからな。 彼女に彼氏が居たとしても、俺の応援する気持ちとは関係ないね。 この熱意、お前には分かんねーだろーな!」


​胸を張って言い切る赤坂に、俺は正直に答えるしかなかった。


​「うん。 サッパリ分からん」


​「だろーな! じゃあ俺、家に帰って準備があるから。 またな!」


​「お~っ。 またな」


​俺は赤坂と会社の玄関先で別れ、一人いつもの居酒屋へと向かうことにした。


​居酒屋に到着し、いつもの定位置であるカウンター席に腰を下ろす。


​「大将、いつものブドウ酎ハイと、若鶏の唐揚げ一つ。 あと今日は……アジフライも追加で頼むわ。夕食も兼ねるから、奮発だ!」


​注文を終えてグラスを傾けながら待つこと数分。


​注文した品が目の前に並んだ。 定番の唐揚げは、いつ見てもこんがりと揚がっていてジューシーそうだ。 そして、初挑戦のアジフライも、衣がサクサクとして食欲をそそる良い香りを漂わせている。


​まずは信頼と実績の唐揚げを一口。


予想通りのジューシーな食感。 肉汁がジュワッと口の中に広がり、安定した旨さに舌鼓を打つ。 そして、それをブドウ酎ハイで流し込む。


​「くぅ~、染みるぜ!」


​お次はアジフライだ。 レモンを軽く絞り、ソースを少しだけかけて、大きく一口齧る。


​「……う~ん!  これは美味い!」


​衣はサクサク。中の肉厚の鯵がホクホクとしていてたまらない。 魚好きの俺にとっては最高の組み合わせだ。


​(次からはアジフライも定番にしよう)


​俺は心に固く誓い、再び酎ハイを一口飲む。


​(やっぱりブドウ酎ハイは旨い)


​俺が脳内で非常に稚拙で下手くそな食レポを繰り広げながら食事を楽しんでいると、居酒屋内のテレビから明るいCMソングと共にアナウンスが流れた。


​『本日PM8:00より。 由井刹那、武道館ライブチケット先行予約を開始します……』


​「ああ、赤坂が言ってたのはこれか」


​成る程、テレビCMになるくらいだ。 物凄い人気なのだろう。 赤坂が無事に良い席のチケットを取れることを願いながら、唐揚げをもう一つ頬張った。


​俺が独り食事を楽しんでいると、近くのテーブルに座っていた三人組の男性客(見た目20代前半くらい)の会話が耳に入ってきた。


「刹那ちゃんのライブチケットのCM流れてたな。あのチケットはなかなか取れないんだよな。 電話しても繋がらないことがほとんどだから」


​「ほう。 そんなに人気なんだ」


​俺は思わず心の声が漏れてしまいそうになった。


​「そうそう。俺も前回のライブチケットの販売の時に電話したんだけど、本っ当繋がらなかったんだ。2〜3時間粘ったけどダメだったから諦めたわ」


​えーっ! そこまでなのか!?


​2〜3時間も電話をかけ続けるなんて、俺には到底無理だ。 そんな時間があれば、竿を持って海に向かう。


「凄いよな、刹那ちゃんの人気。 一般チケットが15,000円なのに対して、プレミアムチケットの値段なんて30,000円だからな。 それでもすぐにSOLD OUTするんだから。 チケットのダフ屋も出てくる始末だよ」


​(……30,000円あったら、俺ならチケットじゃなくて最新のカーボンロッドを買うな)


​俺と彼らの価値観は、まるで交わらない別世界のようだ。


​「刹那ちゃんのあの『私、好きな人がいるんです』発言が有っても、人気が落ちない むしろファンが倍増しているのは素直にスゲーなと思うな」


​「そうだな。普通なら『好きな人がいるんです』って言ったらファンは離れていくもんだろ?  それが逆に増えるんだからな。 確かに俺もびっくりしたけど、彼女のあの素直さにますます好きになった口だから」


「だよなだよな!  あの彼女の姿を見て嫌いになる奴なんていないさ!」


​……そうなのか?


​俺にはやっぱり分からなかった。 彼女の人間性よりも、彼女の存在を自分から遠ざけるようなファンたちの熱狂的なまでの純粋さが理解を超えていた。


​(まぁ、俺が言えることはただ一つ。 チケット争奪戦 頑張れ赤坂。 だけだな)


​一連の会話を聞き終え、俺は静かに酎ハイを飲み干した。


​「しかし刹那ちゃんが好きな男は大変だな」


​「それな」


​何が大変なんだ?


「決まってんだろ。 絶対ファンに殴られるな。『俺たちの刹那ちゃんを取りやがった!』ってな」


​「俺も殴るかもしれんな。 マジで」


​……怖っ!


​アイドルを好きになる男の業の深さというか、狂気じみた情熱に俺は思わず背筋が寒くなった。


​(刹那ちゃんの彼氏に謹んで合掌。 お気の毒に……)


​そうこうしているうちに、三人は話し終え立ち上がった。


​「じゃあそろそろ帰るか」


「お、もうそんな時間か」


​男性達はお会計を済ませて店を出ていった。


​俺も腕時計を見ると、PM9:00を指していた。 ぼちぼち帰るか。


​俺はバッグから財布を取り出してレジに向かい、飲食代を支払って居酒屋を後にした。


​俺の住むアパートは、会社から電車で30分離れた場所にある。


​「車があるのに何故電車通勤?」


​そう思うだろう?  それには明確な理由がある。


​会社の近くには駐車場が無いのだ。 いや、正確に言えば無いわけではないが、駐車場を探すにしても会社からはあまりにも遠すぎる。 だから仕方なく電車通勤をしているという訳なのだ。


​(ああ、不便だ)


​居酒屋は会社の近くにあるため、俺は居酒屋を出て最寄りの駅に向かい30分かけて電車に揺られてアパートの最寄りの駅に到着した。


「30分もかけるなら、会社の近くにアパート借りればいいんじゃ?」


​そう思ったそこの貴方!  それは無理な相談なのだ!


​なにせ、会社の近くの物件は家賃が物凄く高い!


高いのだ!  平均一月約10万円は、俺には手が出せない。 そこから光熱費・食費・交際費等々を払うと、俺の給料なんてあっという間に無くなってしまう。


​……自分で言ってて悲しくなってくる。


​ちなみに、今住んでいるアパートの家賃は35,000円だ。


​地方から出てきた俺にはちょうど良い家賃だが、こんな時地元に実家がある奴らが羨ましくなるぜ。 だって、家賃要らないんだよ!?  それだけで年間42万円の貯金ができる!


​……て、そんなこと言っても始まらないし。 大人しく家に帰ろう。


​アパートから最寄りの駅に着き、そこから数分歩いてやっと自分のアパートにたどり着いた。


​俺の部屋はアパートの二階、角部屋の205号室だ。


​ふと、アパートの駐車場に目をやると……ん?


​俺の愛車(軽自動車)の隣に、見たことのない車が停まっている。車体が艶めかしい光沢を放っている。 高級そうな車だ。 明らかに場違いな存在感を放っていた。


​(良いなぁ、高級車……。LEXUSかぁ……。 1度でいいから乗ってみたいよなぁ)


​そう思いつつ、本当はまじまじとこのLEXUSを見たかったのだが、不審者と思われるのも失礼かなと思い、後ろ髪を引かれる思いで車から離れた。


​俺はアパート横に付いている階段(ちゃんと一段一段、丁寧に14段あるから安心して欲しい)を上がり、自分の部屋の前を見た。


​……?


​誰か、俺の部屋の前にいる。


​目を凝らして見ると……女性だ。


​女性が俺の部屋のドアにもたれ掛かるようにして、そこに立っている。


​(……目の錯覚か? 疲れてるのか?)


​俺には女性の知り合いなんているはずがないのだ。 


彼女いない歴=年齢の冴えないサラリーマンだぞ?

​しかし、確かにあそこは俺の部屋のドアだ。俺は端から部屋の数を数えてみた。


​「1……2……3……4……5。……やっぱり205号室、俺の部屋の前だ」


​錯覚じゃないらしい。 これはどういう状況だ?  誰かの間違いか、それとも勧誘か?


​こうしていても埒が明かないので、俺は意を決して背後から声を掛けてみた。


​「あの~。俺に何か御用ですか?」


​俺の声に、女性がビクッと反応した。


​そして、ゆっくりと俺の方を振り向く。


凄く綺麗なブロンドの髪色のロングヘアー。 照明の下で輝いて見える。


​そして、その顔立ち。 欠点が見当たらないほどの完璧さ。 まるで女神様と間違えるくらい整っている。 出ている所は出ていて、引っ込んでいる所は引っ込んでいる、まさにパーフェクトなスタイルの女性だった。


​(な、なんだこの美人……!?)


​その女性は、僅かに戸惑いを含んだ声で俺の名前を口にした。


​「……丹羽圭介さん、ですか?」


​「あっ、はい。 そうですが」


​自分の名前を聞かれ、そうだと答えた瞬間だった。


次の瞬間、女性の瞳から大粒の涙が突然溢れ出し、ポロポロと流れ落ち始めた。


​「……やっと見つけました!  御会いしたかったです!」


​そう言うと、彼女は勢いよく俺の服の上から抱きついてきた。


​俺の住むアパートの、安普請のドアの前で突然俺に抱きつき、声を上げて泣きじゃくる美女。


​物凄く慌てる俺。


​……えーっ!?  これは一体どういった状況なんだ!?


​誰か、今の状態を分かりやすく教えてくれ!




ここまで読んでいただきありがとうございます。


滅茶苦茶頑張りました! 今日はこれで限界です! 続きはまた後日。


良かったら コメント レビュー ♡ ☆評価をお願いします。


疲れたぜ……。


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