1 異世界転移前
今年、2013年が始まったばかりの春の剣道大会。
俺はいつも通り、優勝するはずだった――はずだった。
「勝者、×××選手――――」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
いつもなら俺の名前が呼ばれるはずだったのに。
『ありがとう、奥田さん。とても素晴らしい試合だったよ』
相手が手を差し出す。意味がわからなかった。
今までなら、俺が言うセリフだったのに。
『……いやだ』
頭の中で、ただその言葉だけがこだまする。
相手の×××は首を傾げ、不思議そうな顔で俺を見る。
ああ、その顔もいつもなら俺がするはずだったのに。認めない、認められるはずがない。
『俺は、』
負けてなんか、いない。負けるはずがない。
認めない、認めてたまるか。
『――負けてなんか、ない。』
―――――
「……最悪な悪夢だ。」
とある高校の放課後。部活に励む生徒たちの声が校舎に響く中、自分以外誰もいない教室で暑い日差しに照らされても、俺は机に突っ伏して寝ていたようだ。
「…………」
俺の名前は
高校二年生で剣道部に所属している。いや、所属していた――というべきか。
二ヶ月前、自転車と衝突して片足を骨折し、その後、部活に顔を出さなくなってしまった。
現在は、片足の骨折はもう治っている。
それでも部活に行かない――――いや、行けない。
……今年の春の大会で他校生に負けたことが、いまだに心のどこかを砕いたままだからだ。
「あ、やっぱりいた。」
ガラリと、教室の扉が開く音がし、顔を上げた。声の主を確認するとまた机に突っ伏す。
「……なんだ、
「なによ、"なんだ"って!せっかく優しいあたしが剣道部のプリント持ってきてあげたのに!」
彼女の名は
俺の幼馴染にして同じクラスの剣道部員。
快活で面倒見が良く、こうして放課後になるとよく俺に会いに来るのだった。
「部活、終わったのか」
「まだよ、今から一年の練習試合するの。」
「そうか。」
「見にいく?」
「いや、いいや。……お前、首に赤いあざあるぞ?」
「え、嘘……あとで湿布でも貼ろうかな。」
香織からもらった剣道部のプリントを見ると、静かにため息をつく。
プリントには秋の全国剣道大会について書かれていた。
「……もうすぐ、大会か。」
「うん、そうだよ。」
「…………」
「ねえ、朔夜。もう、剣道部には来ないつもり?みんな、心配してるよ。」
「…………いや、もうすぐやめようかなって思ってる。」
「え、」
一瞬、教室の時計の音だけが響いた。
「な、なんで……」
「辞めるタイミングとか伺ってたんだけど、骨折したからな。辞めるチャンスだからやめる。」
香織は驚きを隠せない様子だった。
「何それ、意味わからないんだけど。
てか、アンタ賞とか取ってるじゃん!それに試合ではいつも勝って――――」
「俺には、剣道の才能はないんだよ。」
「!」
香織はそんな俺の様子を見て、ある事を直感した様子だった。
「まさかだと思うけど、
「…………」
「……あたしは、朔夜には辞めないでほしい。
……アンタ、いつもキラキラしてて、私が何十回鍛錬しても、届かなかったからさ。」
「……うるさい。」
強く歯を食いしばる。わかっているのだ。
自分が負けた事を受け入れないといけないことを。
ただ、自分が負けた事を認めるのは今までの栄光を失うようだと感じたのだ。
今はただ、香織とは関わりたくない。
これ以上踏み込まないで欲しい、余計なことはしないでほしい、俺は声を張り上げた。
「うるさいな、香織!
努力すれば、誰にだって勝てるはずだった……けど、俺は負けたんだよ!」
言葉の途中で、自分の声が裏返るのがわかった。
そして、香織の眉がぴくりと動いた。
一瞬、空気が凍る。
窓の外から聞こえる部活の掛け声さえ、今、この場所から遠くに消えていた。
「ふざけないでよ。」
香織の目は笑っておらず、声は震えていた。
怒っていそうな、泣きそうな、そんな声だった。
「才能あるアンタが!たった一回負けただけで“才能がない”とか言わないでよ……!
それは、ずっと勝てなかった人間の前で言う言葉じゃない!」
香織の
「本当に才能がない人間が、どんな思いで竹刀握ってるか、知らないくせに。」
香織には才能がなかった。それは自他ともに認めていた。
それでも、毎日鍛錬をし続けたのだ。
今の会話で香織は俺に裏切られたような、そんな気持ちになったのだろう。
「たった、一回の負け……?」
だけど、香織の言葉にどす黒いものが湧き上がってくる。
「お前に何が分かるんだよ……!才能があるからって勝手にプレッシャーかけられる俺の気持ちが!」
「!」
「もういい……!」
俺は教室を飛び出す。香織を傷つけたのは分かっている――なのに止まれなかった。
分かっている。自分が悪いのだと。
分かっているにも関わらず、香織を傷つけた。
「はあ……はあ……はあ……」
教室から飛び出した先に辿り着いたのは、学校の裏庭にある倉庫だ。
その倉庫は教師が滅多に訪れない場所で、鍵は植木鉢の下に隠されており、自分以外の生徒も度々使っている場所だった。
「(……教室に鞄置き忘れたから、しばらくは此処にいよう。)」
この場所を訪れたのは、今教室に向かえば、香織が待ち構えているかもしれないと考えたからだ。
倉庫に入ると、いつものように、埃っぽいマットに腰を下ろし、窓の外を見る。窓から見える空はいつもより赤いような気がした。
「(なんか、おかしくないか……?)」
風が止み、鳥の鳴き声や葉のざわめきが無くなっており、強い違和感を覚えた。
携帯を確認すると、今の時刻は16時13分。そして7月の半ばだ。
こんなに日が落ちるのが早かったか……?
そう思った、次の瞬間だった。
辺り一面に轟音が響く。空気がねじれるような低音が、鼓膜を内側から押し潰した。
空が、歪み始める。
「は……、なんだよ、何なんだよ!」
倉庫から出ると、校舎や校庭からは悲鳴が聞こえてくる。
眩い光に包まれ、目を瞑る。
次に見たのは、周りに無数にある紅葉の木だった。
「…………は?」
学校の周りは住宅地だったはずだ。
それなのに、何故学校の周りが紅葉の木に囲まれているのだろうか。
周囲の空気は湿っていて、土と落ち葉の匂いが鼻を刺した。
「…………山の、中?」
何が起きたのかが一切、理解できなかった。
そして、
「金目のものや女は奪い、攫ってしまえ……!!」
馬に乗っている、まるで武士が着ていそうな鎧を身に纏った男達の瞳は、刃のように冷たかった。
次の瞬間には、校庭にいた生徒たちが男達によって
「冗談、だろ……?」
俺の渇いた声は、風によって消えていった。
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