第6話 学長の圧力
「学長室」は大学本部棟の四階にあります。
茂木さんは学長室のドアをノックして、中からの返答を待つことなくすぐにドアを開けました。
「林奈央さんをお連れしました」
学長室の中は、意外と普通の会議室でした。白い長方形のテーブルが二つ並べてあって、パイプ椅子が十脚ほどあります。
テーブルの壁側の中央に位置する椅子に学長は座っていました。六十代と思われる、頭皮比率七割ぐらいのおじさんです。
「ん、林さん、わざわざすまんね。で、ミステリー現象研究会の存在意義は何なんだい?」
私はいきなりの質問に目まいがしました。
茂木さんに促されて、学長の正面に位置する椅子におずおずと座ります。茂木さんは私から二つ椅子を空けて、テーブルの角で見守るように座りました。
「え、はい、えっと」
「存在意義だよ」
学長は人差し指でトントンとテーブルを叩きました。
「か、科学では説明できない不思議な現象が、世の中にはまだまだあります。ナスカの地上絵とか、サクサイワマン巨石建築とか……あと、海外にも日本にも、妖精とか妖怪とか、祟りなんかの伝承が昔からたくさんあって、それを調査研究することで、大昔の人の思想に触れたり、まだまだ人類は万能じゃないんだっていう謙虚さに気づいたり、することができるんです。それが私たちの活動です」
答えになっているのかどうか途中でわからなくなりましたが、先輩方から教えられたことをとにかく私は述べました。
「なるほど。それって、何の役に立つの?」
学長は首をかしげながら言いました。
「じゃあ林さん、当大学の建学の精神三箇条を言ってみて」
私は沈黙しました。そんなの即答できたらそれこそ正真正銘のエスパーです。
学長は三箇条を述べました。
「一、実践的な知識と技術の習得。一、社会への奉仕。一、他社と協力し合える個性の確立。この三つだ。君のところのサークルは、この建学の精神に合致していると言えるかい」
私は議論が得意ではありません。弁の立つ人であれば、取ってつけてでもミステリー現象の研究と建学の精神の関連性を説明してしまえるでしょう。しかし私にその能力はありません。それに、学長の態度、雰囲気からして、私たちの活動を全否定すると初めから決めていることは確かでした。
「学長」
茂木さんが援護してくれました。
「ミステリー現象研究会は当大学の公認のサークルです。少なくとも設立当時に学長だった方は、さきほど林さんがおっしゃったような研究や考察の活動にも一定の意義があると認めてくださったのです」
「ふん、まあな」
学長は失笑して、ため息をつきました。
「ま、そうだとしてもだ、市議会で今真剣に検討されている事柄にまで影響を及ぼすような行為は慎むことだ。何のことかわかるね?」
私はコクリとうなずきました。ショッピングモールとホームセンターの建設について市議会で議論されていることは大貫さんに聞いて知っています。
「君たちがインターネットで公開しているあの動画。あれがちょっとね。まあ、行き過ぎというのかな。あれはその、ちょいっとやればインターネットから削除できるんだろう?」
「はい」
「ではまあ、何だな、削除したほうがいいな、うん。変な騒ぎのもとになるかも知れんから。どうだね?」
納得はできませんでしたが、私は早くこの場から逃げ出したい一心で、
「わかりました。あの動画は削除します」
と、約束してしまいました。
「そうか!わかってもらえてよかった。急に呼び出して悪かったね。はい、もう部室に戻っていいよ。わざわざありがとね」
学長は最後は媚びるような笑顔を見せました。何なんでしょう。
大学本部棟を出たところで、茂木さんが耳打ちしてくれました。
「学長のお友だちに、ショッピングモール建設に関係する事業者の社長や、建設推進派の市議会議員が何人かいてね。この間のテレビの放送を見て、いろいろ言って来たんだって。まあ、情けない話だけど」
ちょっと私の思考回路では追いつけない難しい話に思われました。
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