第四十七話 本音のおべっか
ぼーっと差し込む日差しに体を温める。
冬の日差しって、なんか凄く暖かいよね。別に今は冬じゃないが、ひんやりした洞窟の冷気にさらされた体が、急激にぬくもっていく感じが心地よい。
この調子だと、濡れた分もある程度誤魔化せそうだ。その間に休憩もできるし、一石二鳥である。
と、そんな話で済んだらよかったんだけどねえ。
ちらり、と横を見ると、つらら一つはさんで雫ちゃんの姿がある。ちょっぴり猫背の彼女は、顔を俯せて落ち込んでいるように見える。少しの距離がある……と思いきや、鍾乳石の裏を回って彼女の右手がしっかりと私の袖を摘まんでいる。縋りつくような指の力には、何か必死なものを感じた。
どうしたらいいかな、と困っていると、根負けしたように雫ちゃんの方から口を開いてくれた。
「どうして……」
「ん?」
「いえ、その。……さっきの、憎からず思っている、って私の事? ですか?」
少しだけ顔を上げて問いかけてくる雫ちゃん。前髪の下で、潤んだ黒い瞳がキラキラ輝きながら私を見つめている。
改めて述べた言葉を追求されて、少し私は気恥ずかしくなった。別に口から出まかせ適当のつもりもないが、こっぱずかしいセリフを問い詰められているような気分になる。
でもまあ、ここは正直に打ち明けちゃうべきでしょう。ええ。
「言ったよ。確かに。間違いなく雫ちゃんの事だね」
「そ、その……それって、恋愛的に、って事です、か?」
「恋愛かどうかまでは我ながらよくわからないけど、うん、気になっているよ、雫ちゃんの事。というか、逆に聞くんだけど、気にならない理由があると思う?」
ここぞとばかりに、私は鬱屈を吐き出すようにぶちまけた。そもそも館ではこわーい侍女長の目があったから言えなかった事を、ここぞとばかりに。
「物静かだけどいつも理智的で、野草の事とか不思議な事を一杯しってて、気配りも出来るしお淑やかだし、静謐なお嬢さんって感じで凄く可愛いよ、雫ちゃんは。しかもその上、私は抱きしめたら折れそうなぐらい華奢で細見なのにしっとりと柔らかいのを知っているんだし。というかそれ以上の事をした訳で。スタイルも流麗でギリシャ彫刻みたいに女体美を体現しているようだし、肌も白くて透き通っているし、その上ベッドの上ではそれが火照って血の赤が透けるようだし……内面も見た目も滅茶滅茶綺麗で、正直私なんぞにはあまりにも勿体ない美女で、それが嫌な顔一つせずに傅いてくれる訳で、これが嬉しくない男が存在すると思う? いいや、ありえないね!!」
「ちょ、ちょ、ちょ……ま……?!」
おっといけない、熱くなる余り雫ちゃんに身を乗り出すようになっていた。こほん、と誤魔化すように咳をして、身を引っ込める。
「ごほん。ごめん、ちょっと暴走した。でも言ってる事に嘘はないので。雫ちゃんは魅力的な人物で、触れ合っていたら気になるに決まっているさ」
「そ、そそ、そう、ですか……」
雫ちゃんは顔を背けているが、それが嫌悪感や拒絶によるものではないのは私でもわかる。耳どころか、首元、腕に至るまでが真っ赤に染まっている。風呂に長湯しすぎてもここまで真っ赤にはならないんじゃないだろうか。
逆に言うと、照れている、という事は、脈あり? そういう事なんだろうか? いまいち実感のないまま、私は袖をつかんだままの雫ちゃんの手を取った。袖をつかむ指を解こうとするのに、彼女は抵抗しなかった。そのまま、解いた指と私の指を絡ませ合う。
「……あっ……」
「まあそんな訳で、そんな女の子が目の前で野獣の爪に引っかかれそうになっていたら、思わず助けちゃうものなの、男って。御納得いただけたでしょうか」
「……はい……」
うつむいたまま、雫ちゃんが何度も頷く。
納得していただけたならこれでよし。この話は終わり!
……なんだけど。
それはそれで、別の問題が生じているよな……。
お互い相手の顔が視れない。顔を背けたまま、しかし間に挟まった鍾乳石が邪魔だ、と言わんばかりに身を寄せる。繋いだままの指に、ぎゅっと力が入った。
そのまま、無音の時間が流れる。遠くでぴたぴた音を立てる水音も、今はとくに煩わしく感じなかった。
たっぷり、しみ込んだ水の黒い染みが半分ぐらいになる時間を経てから、雫ちゃんが口を開いた。
「……ありがとうございます、旦那様。私、そう言って貰えて、素直に嬉しいです」
「ん……」
よかった。少なくとも、こちらの好意を受け入れてはもらえたようだ。ここで恋愛のそれだと、断言できないのがあまりにも情けない話だが。だって、私がそういった感情を抱いているのは雫ちゃんだけではない、宮子ちゃんにも……。
「でも……それが、恋愛のソレじゃなくてよかったです。私には、余りにも……ですから」
「ん?」
「いいえ、だって、さっき言ってた内容で考えたら、宮子ちゃんにもどうせ、そんな風に思っているんでしょう?」
一瞬拒絶されたのかと思ってひやっとしたが、雫ちゃんの顔に浮かんでいるのはあくまで照れ笑いだ。
少なくとも嫌われてるというか、100%お仕事の関係、という訳ではないらしい。ただ、シチュエーションを考えろ、という事だろうか。しっとりしてきた雰囲気を誤魔化そうとするかのように、敢えて宮子ちゃんの話を出してくる彼女の意図をくみ取って、私はわざとらしく苦笑を浮かべて頷いた。
「そりゃあ勿論」
「やっぱり。旦那様、魅力的な相手に誰にでも粉をかけるの、やめた方がいいですよ。いつか刺されますからね」
「大丈夫、大丈夫。私なんぞの周りに、そんな人物はいないよ。雫ちゃんと宮子ちゃんという天使を除いてね」
あえてキザな感じに訴えてみると、目に見えて雫ちゃんがゲンナリとした。なんで。
「旦那様。そういう気取ったの、死ぬほど似合わないです」
「酷いっ」
「ああ、でも宮子さんなら効くかもしれませんね。いい感じの雰囲気で、しっとりした中で「君は僕の天使さ……」なんていったら、大分ぐらついちゃうかも。ああでも、難しいかしら。宮子さん、ああ見えて臆病でへたれだから。しっとりしてきた所で逃げちゃうかも」
何やら同僚に酷い事を言っている雫ちゃんである。意外……でもないか。割と、結構ずばずば物を言う所あるしね。
でも宮子ちゃんがロマンチスト、というのは同意見。そしてそれでいうなら、雫ちゃんは割とリアリストだね。
そんな風に、二人してこの窮状を忘れて、しばし歓談していた時の事だ。
ぱらら、と頭上から土が降ってきて、私たち二人は口を閉じた。
見上げた先、太陽の日差しが遮られている。
何かが、上に居る?
「旦那様……っ」
「しっ。静かに」
立ち上がった私に雫ちゃんが縋り付いてくる。
彼女の腰を抱き寄せながら、私は頭上の穴から覗く影に集中した。
まさか、あの獣が私達を見つけ出したのか?
今の状態で襲われたら一巻の終わりだ。
二人して息を潜め、慎重に相手の様子を伺う。
すると……。
「誰か、そこにいるんですか?」
聞こえてきたのは、人の声だった。
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