僕の恋人が一年後にエイリアンに攫われる件について
月下花音
第1話:破局理由が宇宙人だった件
AIは言った。「君たちは最高のカップルになる。しかし、必ず別れる」と。その理由を、僕たちはまだ笑い飛ばすことしかできなかった。
◆
僕、砂田ユウキ(27歳、経理部)の人生は、良くも悪くもソウルシンクに支配されていた。
巷で神のアプリと呼ばれる、超高精度マッチングAI。それは、ただ相性のいい相手を提示するだけじゃない。初デートを終えた男女の未来を、冷徹なまでに正確な「破局レポート」として予測してしまう、残酷な神託システムだ。
「ユウキ、またダメだったのか?」
同僚の翔太が、ランチの唐揚げを頬張りながら気の毒そうに言った。僕のスマホ画面には、昨日デートした女性との破局レポートが映し出されている。
【関係継続確率:18%】
【破局までの期間:2ヶ月】
【主な破局理由:価値観の不一致(金銭感覚)】
18%。
その赤い数字を見た瞬間、子供の頃の記憶がフラッシュバックした。
両親の離婚調停。弁護士が母に渡した書類。そこに書かれていた、赤いインクの数字。「養育費支払い確率:20%以下」。
あの日から、僕は数字を信じるようになった。人の言葉は嘘をつく。でも、数字は嘘をつかない。
「……だよな。薄々気づいてたけど」
僕はため息をついた。昨日の彼女、確かにブランド物のバッグをやたらと自慢していた。AIの言う通りだ。
「まあ、去年の失踪ハプニングは例外だろうけどな」
翔太が、何気なく言った。
「失踪?」
「知らないの? ソウルシンクで『破局理由:失踪』って出たカップルがいたんだよ。で、本当に彼女が消えた。警察沙汰になって、結局見つかったけど」
「……マジで?」
「AIの予測精度、99.7%だからな。残り0.3%は『予測不能事象』。社内じゃ冗談で『宇宙人の干渉』って呼ばれてるけど」
翔太は笑いながら言ったが、その目は笑っていなかった。
「……実は、俺、ソウルシンクの社内テストデータにアクセスできるんだ。開発部の友達がいてさ。もし、お前に何かあったら、調べてやるよ」
「何かって……」
「まあ、ないと思うけどな」
翔太は、そう言って席を立った。
僕の背筋に、冷たいものが走った。
「もう、AIに頼るのやめたらどうだ?」
「うるさい。僕は合理的に生きたいんだ」
でも、心のどこかで分かっている。これは、臆病な自分を正当化するための、ただの言い訳だ。傷つくのが怖いだけなのだ。
そんなやり取りを繰り返していたある日の金曜日。アプリが、観測史上最高の数値を叩き出した。
【あなたとの相性:98%】
画面に表示されたのは、「藤宮ハルカ(26歳、イラストレーター)」という女性のプロフィール。趣味、好きな映画、休日の過ごし方、何もかもが僕の理想と一致している。写真の中の彼女は、少し皮肉っぽく笑いながらも、瞳の奥には優しさが滲んでいた。
心臓が、ドクン、と鳴った。
僕たちは、すぐにマッチングした。メッセージのやり取りは、まるで長年の友人のように自然で、楽しくて、週末に会う約束は、あまりにあっけなく決まった。
◆
初デートは、奇跡の連続だった。
待ち合わせに現れたハルカは、写真よりもずっと魅力的で、僕がド緊張で言葉に詰まると、彼女は「大丈夫、私も緊張してるから、おあいこだね」と笑ってくれた。
マイナーな映画の趣味が一致して、会話は途切れることを知らなかった。僕が好きな作家の、一番マイナーな短編の話をしたら、彼女は「あの話の、最後の一行がいいんだよね」と完璧な答えを返してきた。
食事の好みも、笑いのツボも、驚くほど同じ。
公園のベンチで、他愛ない話をしながら並んで夜景を眺めた。沈黙すら、心地よかった。
「……ユウキくんって、面白いね」
ハルカが、不意に言った。
「え?」
「アプリのプロフィールに、『AIの判断を尊重します』なんて書く人、初めて見た。普通、ちょっと引くじゃん?」
「あ、ああ……」
「でも、ユウキくんは、本当に信じてるんでしょ。その、まっすぐなところが、なんか……」
彼女は、はにかむように笑った。
「……いいなって」
その笑顔に、僕の心臓は捕獲された。
でも、その瞬間、ハルカの表情が一瞬だけ曇った気がした。
「(小さく)……AIって、本当に全部わかるのかな」
「え?」
「ううん、なんでもない」
彼女は、また笑顔に戻った。でも、その笑顔の裏に、何かを隠しているような――。
間違いない。彼女こそが、運命の相手だ。AIが弾き出した、98%の答え。
「ハルカさん、俺……」
何かを伝えようとした時、彼女のスマホが鳴った。終電の時間だった。
「……じゃあ、また」
「うん、また」
名残惜しい沈黙。駅の改札で、僕たちはどちらともなく、スマホの『ソウルシンク』を開いた。初デートを終えたカップルにのみ許される、未来予測の儀式。
「「破局レポートを、表示します」」
アプリの合成音声が、同時に再生される。
ゴクリ、と喉が鳴る。頼む。頼むから、最高の未来であってくれ。
画面に、分析結果が表示される。
【相性診断:98%(観測史上最高値)】
【関係継続確率:95%(極めて良好)】
「……やった」
思わず、声が漏れた。ハルカも、嬉しそうに顔を綻ばせている。
しかし、僕たちの視線は、レポートの最後の項目に吸い寄せられ、そして、固まった。
【予測される破局までの期間:365日】
【破局予定日:来年4月7日(サクラ満開の日)】
【主な破局理由:ハルカが、宇宙人に誘拐されるため】
【注:本予測は0.3%の予測不能事象に該当します】
「…………は?」
僕とハルカの声が、綺麗にハモった。
宇宙人?
誘拐?
何度、画面を見返しても、そのふざけた文字列は変わらない。バグか? AIの悪質なジョークか?
沈黙を破ったのは、ハルカの噴き出すような笑い声だった。
「あはははは! なにこれ! 最高! やっぱりこのアプリ、ただの詐欺じゃん!」
腹を抱えて笑うハルカ。一方、僕は、笑えなかった。
だって、これまで『ソウルシンク』の予測は、一度だって外れたことがなかったのだ。
「……いや、でも、万が一ってこともある」
「万が一? 本気で言ってるの?」
ハルカは、涙を拭きながら僕の顔を覗き込む。
「じゃあ、どうするの? 私がエイリアンにキャトルミューティレーションされるから、付き合うのやめる?」
「そ、それは……」
それは、嫌だ。絶対に。
「……決めた」
ハルカは、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「面白いから、付き合ってみようよ、ユウキくん」
「え?」
「そして、一年後、本当に私が宇宙人に攫われるのか、二人で見届けるの。最高のエンターテイメントじゃない?」
彼女は、ポケットから何かを取り出した。百均の、安っぽい銀色のリング。
「これ、百均なんだけど――365日後、私がこれ返せたら、もう一度ここでプロポーズして」
ハルカは、僕の指にそのリングを押し込んだ。
「契約成立、でしょ? パートナー」
目の前の彼女は、相性98%の、完璧な恋人候補。
そして、一年後には、宇宙人に連れ去られるかもしれない、時限付きの恋人。
僕は、その手を取るしかなかった。
「……ああ。契約、成立だ」
◆
365日。
僕は、スマホの数字を見つめた。
宇宙人、だって。
笑うしかない。
でも、笑った先に、何も残らないことに、今の僕はまだ気づいていなかった。
【第1話 終わり】
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