昔々、誰もが知る処に
月城葵
桃から産まれただとっ!
昔々、といっても大して昔じゃない誰もが知る処に。
桃太郎と金太郎がいたんだってさ。
寒い冬空の下。
桃太郎は川へ洗濯に。
金太郎は山へ柴刈りに……。
行ったフリをしたそうな。
◇ ◆ ◇
互いに小屋にいる理由も問わず、気まずい空気の中、金太郎が重い口を開いた。
「おい、桃太郎」
「なんだ、金太郎」
洗濯へ行かなかったことを責めるように目を細める。
「お前、本当に桃から産まれたのか?」
「何を今更……まさか、疑っているのか?」
何を言うのかと思えば、金太郎も馬鹿なことを言うものだと、桃太郎は呆れた。
本当に全くだ。
洗濯の件は何処へいったのか……甚だ疑問である。
「当たり前だろ。桃から人が産まれるか」
「産まれたんだからしょうがないだろ……爺さまも言ってたし」
微塵も自分の出生について疑問に思わない桃太郎。
そんな様子に金太郎は思わず、鼻で笑った。
なぜなら、柴刈りへ行ってない事は誤魔化せたと思ったからだ。
「ふん、婆さんが桃を切ったら、お前が出てきたと?」
「ああ、そうだ。どこがおかしい」
ここが押し時。
金太郎は畳みかけた。
「よくもまぁ、包丁でぶった切ったくせに、赤子の部分は無傷だったと? よく考えてみろ、皮をむくのはわかる。切り分ける時、わざわざ手加減して桃を切り分けるか? ザクザク切るだろ? それで赤子のお前は、なぜ無事なんだ?」
その時、初めて桃太郎の顔が曇った。
確かにと、桃太郎も思い至ったのだ。
「だ、だが……俺の脇汗は桃の香りだし、桃は昔から長寿の……それこそ仙果って呼ばれてるんだぞ」
「それは桃の話だ。お前は、人だろ? つか、お前、桃の匂いがするの?」
当たり前だと片腕を上げ、自信たっぷりに脇を金太郎に見せつけた。
クンクンと嗅ぐ金太郎。
傍から見れば、ただの変態である。
「マジか……マジで桃の匂いだ」
「どうだ。これでわかったろ?」
勝ち誇るように桃太郎が告げた。
「だ、だけど……」
何がわかったのか。
わかったのは、桃の匂いがする脇汗だけだ。
何も解決していないのは明白だが、なぜか二人の形成は逆転した。
「まだ、疑うのか? そんなこと言ったら、お前についての逸話もおかしいだろ」
「何がだ? 俺が熊と相撲で負けたって言うのか?」
桃太郎の口角が上がる。
洗濯の件は誤魔化せたと。
このまま押せば、有耶無耶になるはず。
そう桃太郎は考える。
「何が、まさかり担いだ金太郎~♪ だ」
「おい、俺のヒット曲、バカにするな」
青筋を立て、金太郎が睨んだ。
まさか自分で作った曲だったのかと、少々、桃太郎もバツが悪そうに眉をひそめた。
てっきり、民間で流行ったものだとばかり思っていたからだ。
「す、すまん」
言いたいのはそこじゃないと、桃太郎は頭を振った。
「いや、そうじゃなくて。金太郎といえば、まさかりだ」
「あん? 当たり前だろ。トレードマークみたいなもんだからな」
金太郎が胸を張りこたえた。
まるで自分の筋力を誇示するかのように……。
だが、桃太郎には通用しなかった。
「それ、誰が言い出したんだ?」
「ん? ……そういえば誰だ? 気付いた時には、もう流行っていたような……」
今は、お前の筋肉より、まさかりの話だと。
誰が金太郎と言えば、まさかりだ! と言い出したのか。
そこが重要だと、桃太郎は問い詰める。
しかし、どうやら金太郎も知らないようだ。
それもそうだろう。
流行の発信源を特定しようなど、普通はできない。
まして、この二人だ。
とてもじゃないが辿りつけるわけがない。
お前たちにわかるわけがない。
断じて、あり得ない!!
「おかしいと思うんだ。斧や、まさかりなんて、木こりだったら皆、持っている」
「ああ……。そうだな」
「それをトレードマークにした。なんでだ。たいして目立たないだろ? まるで、まさかりが主人公みたいじゃないか」
よくわからない暴論に、金太郎は深く頷く。
「確かに……」
続く言葉に金太郎は言葉を失った。
「普通、お前を見て印象に残るのは……その裸エプロン同然の恰好だろ? そっちがトレードマークにならなきゃ、おかしい」
「……っ!!」
しばし呆然と立ち尽くした金太郎が、ようやく口を開いた。
「誰かが、俺たちの存在を消そうとしてるのか?」
「ああ、俺の逸話もそうだ。桃から産まれた事実を隠そうといている」
「俺と桃太郎を陥れる。誰かの陰謀……なのか」
桃から産まれた事実に疑問を持ったのは金太郎なのだが、その事に二人は見向きもせず、議論は続く……。
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