第9話9
オレリアは立ったまま、急にサラの頬を何度も撫でていた手を止めた。
サラは座ったまま、そんなオレリアと見詰め合う。
すると、オレリアが急に目を伏せがちにしてスッとサラの頬から手を引いた。
以前のサラの世話役だったオレリアなら絶対にこんな顔はしなかった。
世話役だったオレリアなら、いつものように優しくサラに微笑んでくれていたはずなのに。
そしてオレリは、何事も無かったように、サラの向かいの椅子に静かに座った。
(何なんだ?……今の表情は……)
サラは、やはりそんな風にオレリアに違和感を感じる。
サラの胸の中に、水面の波紋のように不安が広がる。
「では、私も食事いたします」
オレリアはそう言い、何も無かったようにニッコリとサラに微笑んだ。
(私の、気のしずぎか?……)
サラは、そのオレリアが今になって浮かべている笑顔を見て思う。
食事が始まると、サラは久々に、サラ本人が驚いてしまうほど食が進んだ。
気になる事はあるが、やはりオレリアが側にいてくれるとサラの不安定さが解消されてるのは確かだし、サラの胸の辺りが何故か温かく感じる。
サラはチラリと目の前のオレリアを見た。
すると、オレリアも優し気にサラをじっと見詰めていて、サラはドキっとした。
サラは、世話役だったオレリアに優しく見詰められるのは小さな頃から慣れてるはずなのに――
最近のこのドキっとする感覚をどうすれば良いかよくわからない。
そして、最近変なのはオレリアだけで無くサラ自身もだと、違う不安がサラの中に生まれた。
「サラ様。今朝は、食欲があるようですね?」
オレリアが、微笑んで言った。
サラは、オレリアが側にいてくれるから食欲があると何故か素直に言えないまま答えた。
「あっ……ああ……今朝は、何となくだが体調がいいからな……」
けれどサラにとって、オレリアが目の前にいて一緒に食事をとれるのは、今でも夢の様にうれしい事だった。
以前の世話役のオレリアは、サラの食事する姿を近くで椅子に座り見ているだけで、一緒に対等に食事する事は許されなかった。
サラは小さな頃から、オレリアとこうして向かい合い、何に隔たれる事無く食事をしたかった。
なのに、やっとオレリアと一緒に食事が出来るようになった今、
何か違うモノがサラとオレリアを隔てている気がする。
「体調が良いなら、この後サンドイッチなど沢山用意して馬を走らせ遠出し、サラ様のお好きなウサギや小さな山猫を見に行きますか?」
オレリアは、今日久々に取れたサラとの二人の時間の提案をした。
「あっ……いや……部屋で、部屋で、お前と……ゲームするのがいい……チェスかボードゲームか、カードゲーム……」
サラは、オレリアから少し目を逸らし小さな目の声でボソボソ言った。
勿論、サラは乗馬は得意中の得意だし好きだし久々に馬を駆るのもストレス発散出来るだろうし、狩りより野山の小さなかわいい動物を見るのもサラは大好きだ。
でも今日のサラは、出来るだけオレリアにくっついて近くにいたかった。
別々の馬に乗る距離すら虚しく感じる。
そして、野外に行けば周りに沢山の護衛の兵士が付き、オレリアと二人きりにも全然なれない。
「よろしいですよ。今日はサラ様と一日中一緒にゲームをしましょう」
オレリアはそう言い、やはり優しく微笑んだ。
「うん!」
サラは、16歳にしてはまだやはり子供の所がある。
この国の民達や城勤めの者達の前では、大人ぶった冷静な表情をするが、本当は小さな頃からオレリアに大切に大切に世話されて箱入りで大きくなって、余計にそうだった。
そして、オレリアと遊べる事には素直に喜んだが、ふと疑問にも思った。
(オレリアは、私がゲームで遊べるから喜んでるだけだと、それだけだと思ってるのかな?でも私が一番うれしいのは、オレリアと一緒にいられるって事なんだけど……)
ここでサラが正直に「ゲームよりオレリアと一緒にいられる事が一番うれしい」と言えば良いのだが、やはり何故かサラは素直になれない。
そこにオレリアが言った。
「朝食が終わってからお渡ししようと思ったんですが……」
オレリアは、横の空席に何気に置いていた紙袋から何か取り出した。
そして、サラの目の前、テーブルの上に置いた。
サラが小首をかしげてそれを見ると、サラが大好きなカードゲームの最新版が入った箱だった。
このゲームのカードの絵は勿論印刷だが、絵師は国民的人気だ。
そして、彼の描く絵だけで無く、このカードゲーム自体も熱狂的なファンがいてなかなか手に入らない。
しかもそんなカードゲームの最新版であり、なおかつまだ発売日まで日にちもあった。
「サラ様。以前から早く欲しいとおっしゃってましたよね」
オレリアが、クスッと笑った後言った。
「カードの絵師と先日友人として親しくなりまして、発売前に特別にと絵師がくれました」
「えっ?あの気難しいって有名な絵師と親しくなれたのか?」
サラは、キョトンとしてオレリアを見詰めた。
絵師は誰もが崇拝する天才で、その崇拝者には王侯貴族も多く、王侯貴族すら気を遣い頭が上がらないし、望んでも親しくなれない。
そう言えばオレリアは昔から、誰とでもすぐに親しくなる。
「はい。たまたま公務の関係で出会いまして。どうぞ、サラ様に差し上げます。このオレリア、サラ様のお望みの物があれば、どんな物も必ずその願い叶えて差し上げますよ」
「……」
サラは一瞬黙ってしまった。
そしてサラは思った。
なら、もっとサラと一緒にいて欲しいと、サラの側にいて欲しいとオレリアに望めば、オレリアはこのサラの一番叶えたい願いを叶えてくれるのだろうか?
でも、それをオレリアに素直に言えないし、言った所でオレリアの今の忙しさを見たら叶えてもらえる自信がサラには皆無だった。
「どうされました?あまり、嬉しくは無かったですか?」
呆然と考え事をしていたサラに、オレリアは戸惑っているように声をかけた。
「あっ……ううん、そんな事無い……」
サラは我に還り首を左右に振ると、慌ててカードゲームを取ろうと右手を伸ばし箱の上に手を置いた。
すると、スッとオレリアの右手が伸びてきて、少し遠慮気味におずおずと
その箱の上のサラの手の甲の上に重ねられた。
サラは、急に感じたオレリアの肌の温度に、心臓が止まると思うほどキュッとしドキっとした。
そしてサラは疑問に思う。
(私の方からオレリアに抱き締めて欲しいって言ったら私を拒絶するくせに、どうしてオレリアからはこんな風に軽目だけど触ってくるんだ?なら私は、オレリアに何をしたらダメで何をしたら許されるんだ?)
「本当に?サラ様…」
オレリアが、目を眇め静かに聞いてくる。
そして、オレリアの手が上から、サラの手の甲を強く握る。
サラは、ドキドキが更に増し返す言葉に詰まった。
だがそこに、サラがよく聞き慣れた男の声がした。
サラとオレリアのいるバルコニーにある閉じられた掃き出し窓の向こう、部屋側からした。
「おーい!サラ、いるか?」
サラとオレリアは、スッと互いの手を箱の上から引いた。
そして、掃き出し窓が遠慮無く開いた。
「よう!お二人さん!」
室内からやって来てそうサラとオレリアにニマっと笑ったのは、サラの母の弟で、イケメンオヤジ貴族のグローマンだった。
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