第04話:チートスキル『完全言語理解(パーフェクト・リンガル・マスタリー)』

「誰か! このメールが読めるヤツはいないのか!」


週明けの営業第3課に、鬼塚課長の怒声が響き渡った。

課長がタブレットを片手に、泥川主任のデスクに詰め寄っている。


「泥川! お前、外国に留学してただろっ! これ何とかしろ!」

「イ、イエス…しかし課長、これはどう見ても文字化けかと…」


「うるさい! 送信元を見ろ! 『ブータン王国』だぞ!

王室御用達の大口案件かもしれんのだ!」


ブータン? 同期のマドンナ、聖奈さんも困った顔でモニターを覗き込んでいる。


「うーん…。文字コードが特殊みたいで、翻訳サイトにかけても

全部文字化けしちゃいますね…。これ、たぶんゾンカ語です」


「ゾンカだかドンタコスだか知らんが! 商機を逃したらどうするんだ!」


課長のイライラが頂点に達している。

俺は自分の席でこっそりスマホ検索した。「ゾンカ語」。ブータンの公用語。


(読めるわけないだろ……)


しかし、俺の脳内電卓がカチカチと音を立てた。 もし、これが読めたら?


このピンチを救えば、ボーナス査定はSランク。

聖奈さんからも「凡田さん素敵!」と抱きつかれ、そのままゴールイン……。


(借金返済どころか、人生の勝ち組ルート確定じゃん!)


「へへ…じゅるり…」


俺が汚い笑みを浮かべていると、スッと背後に冷たい影が差した。

いつもの黒いスーツ姿。経理部の氷室(ひむろ)先輩が、無表情で立っていた。

先輩は赤い手帳を眺めながら、静かに告げる。


「凡田(ぼんだ)君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。

返済は出来そうなのか?」


「ひ、氷室先輩! 今、まさにそのチャンスが目の前に!」

俺は先輩の袖を掴んで、小声で訴えた。


「あのゾンカ語です! あれさえ読めれば、俺は出世コースに乗って、

借金なんて秒速で返せるんです! 言葉の壁を超える『努力』をしたいんです!」


「……ほう」

氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、

赤い手帳のページをパラパラとめくりはじめた。


「学習意欲があるのは良いことだ。……これだな」

先輩の指が止まったページには、『完全言語理解』と書かれていた。


「『完全言語理解(パーフェクト・リンガル・マスタリー)』。あらゆる言語、

暗号、古代文字を、母国語レベルで直感的に理解(インストール)するスキルだ」


「パーフェクト・リンガル……! カッコいい! それです!」

「ただし」


先輩はページをビリリと破りながら言った。


「効果は、今日の業務終了チャイムまでだ。それと、情報量が多すぎるため、

脳の処理が追いつかない場合がある。用法用量を守ることだ」


「大丈夫です! 俺の脳みそは未使用領域だらけですから!」


先輩は俺に紙片を手渡すと、いつもの定型文を口にした。


「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。

ルールを守って正しく使うようにな」


俺は紙片を受け取り、強く握りしめた。


(勝った! 今日から俺は、グローバル・エリート凡田だ!)


***


「課長。そのメール、俺が見ましょうか?」

俺は颯爽と鬼塚課長の前に進み出た。


「あぁ? 凡田、お前に何ができるんだ」


「まあまあ。……ふむ」

俺はタブレットを覗き込んだ。 スキル発動。


さっきまで意味不明な記号の羅列だった文字列が、

脳内で鮮明な日本語に変換されていく!


(『拝啓。貴社の新製品に深い関心あり。至急1,000足の見積もりを……』)


「なるほど。……これ、ただの発注メールですね」

俺は即座に翻訳し、タブレットに打ち込んで見せた。


「なっ……!?」

鬼塚課長が目を見開く。


「ほ、本当だ! 文脈も完璧だ! 凡田、お前いつの間にゾンカ語を!?」

「ええ、まあ。週末にちょっと『努力』しまして」


俺は髪をかき上げた。


「凡田クン、すごいじゃないか!」

泥川主任が、手のひらを返したように肩を叩いてくる。


「凡田さん! すごいです! 尊敬しちゃいます!」

聖奈さんが、キラキラした瞳で俺を見つめている。


(キタキタキタァァァ! これだよ!)


俺は有頂天だった。全能感が半端ない。

(待てよ? 『あらゆる言語』ってことは……)


俺は自席に戻り、PCに向かった。 狙うは、社内チャットのログだ。

俺への本当の評価が知りたい。


(見える……! 暗号化されたログも、俺にはただの日本語だ!)


俺は泥川主任と鬼塚課長のプライベートチャットを覗き見た。


『泥川:凡田のやつ、調子乗っててウケますねw ミーは引くわー』

『鬼塚:まぐれだろ。どうせ翻訳サイトの受け売りだ。

あいつのボーナス査定は今年も最低ランクでいい』


「……」

(こいつらァァァァ!! ぶっ殺す!!)


あまりに鮮明に読めすぎて、精神的ダメージを負った。 だが、俺は諦めない。


(なら、実力で黙らせてやる!)


その時、鬼塚課長が血相を変えて俺のデスクに走ってきた。


「凡田! 大変だ! 今度はドイツ支社からだ!」

「ドイツ語なら泥川主任が……」


「違う! 現地の古代遺跡から発掘された石板だ! そこにウチの商品の

ルーツらしき記述があるらしい! 解読できれば、世紀の大発見だぞ!」


課長がモニターに映したのは、ドイツ語ですらない、

禍々しい謎の古代文字? が刻まれた石板の写真だった。


「凡田! お前なら読めるんだろ!? やれ!」

フロア中の視線が俺に集まる。


(ふっ……古代文字っていっても、ただの文字なんだから余裕だろ)


俺は自信満々に立ち上がり、モニターの前に立った。 スキルをフル稼働させる。


(見える……! 文字が語り掛けてくるぞ!)


「えー、読みますね」

俺は朗々と読み上げ始めた。


「『……我、深淵より来たりし漆黒の堕天使なり』」

「は?」


鬼塚課長がポカンとする。


「『……堕天使の靴に封印されし黒龍が空を駆ける刻、世界は紅蓮の炎に包まれん』」


「おっ…おい凡田? 何を言ってる大丈夫か?」


俺は止まれなかった。文字が、俺の口を借りて溢れ出してくる!


「『……ククク、愚かな人間どもよ。我が真名はダークネス・オブ・ペイン。孤独と絶望を愛する者……』」


(…これ、謎の古代文字で書かれた、誰かの『黒歴史ノート』じゃねえかっ!?)


だが、スキルは「完全理解」を強制する。 俺は感情を込めて、

その痛々しいポエムを読み上げ続けた。


「『……母上、今日の夕飯はハンバーグがいいな。なんちゃって(笑)』」


「凡田ァァァ!! ふざけてんのか!!」

課長の怒声が飛ぶ。


「違います! 本当にそう書いてあるんです! 信じてください! 」

その時。


—— キーンコーンカーンコーン ——


業務終了のチャイムが鳴った。 フッ……と、脳内の翻訳機能が消え去る。


「あ」

俺は我に返った。


静まり返るオフィス。


俺を見る聖奈さんの、ゴミを見るような目。

泥川主任の「Oh……」という引きつった顔。


俺はただ、オフィスの中心で「中二病ポエム」を熱演した痛い男になっていた。


「凡田……貴様、俺をからかったのか?」


鬼塚課長のこめかみに、青筋が浮かび上がる。


「ち、違います! 本当に謎の古代文字で、 ハンバーグって!」

「言い訳するなァァァ!」


俺が詰め寄られていると、スッと背後に影が差した。


「業務終了時刻だな、凡田君」

氷室先輩が、いつもの赤い手帳を閉じて立っていた。


「ひ、氷室先輩! 誤解なんです! あの石板、本当に……」


「ああ、あれか」

先輩はモニターの石板を一瞥した。


「あれはドイツ支社の日本人社長のアニメオタクの息子が、

夏休みの自由研究で適当な文字で掘った『創作石板』らしい。さっき連絡があった」


「えええええ!?」


「偽言語でも、書かれた『言語(イタい設定)』を完全に理解して翻訳するとは。

スキルの性能は完璧だったようだな」


先輩は憐れむような目で俺を見た。


「『口は災いの元』という言葉を、まずは理解した方がいいな」


「氷室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


俺の絶叫が、営業第3課に響き渡った。 言葉は理解できても、

オフィスの空気だけは最後まで読めなかったのだった。


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【作者あとがき】

お読みいただきありがとうございます! 読めなくていい文字(悪口や黒歴史)まで

読んで自爆! 「知らぬが仏」とはよく言ったものです。


凡田君のメンタル崩壊に笑っていただけたら、

ぜひ★★(星)とフォローで、凡田君への「慰め」をお願いします!

(次回、ついに『収納』のチートスキルであのバイトに挑みます!)

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